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(ライラside)
「チッ…。残念だな、雨かよ…」と、呟き。城の窓から、月も星も厚い雲で覆われている暗い夜空を仰ぎ見た。
ベルブとのデートで昼飯を食べて、博物館に行き、古本屋も回った。早めにディナーを食べた後は、演劇のソワレも観に行った。家に帰りついたのは夜の9時を過ぎた頃だ。ディナーに向かう途中から雲行きは怪しくなってきて、劇場に着いた頃には雨がチラつき始めていた。
デートの締めで、最後にベルブと夜空を見る予定だったんだが…。この雨では、今夜は難しいな…。
それに今日一日、散々ベルブを付き合わせたから、流石のベルブも疲れているんじゃないだろうか。俺はまだまだ元気だけど…。
仕方あるまい。大雨だし、ベルブも少し疲れ気味だし、家で過ごすしかない……と、自分を納得させるように頭の中で考える。しかしその思考とは裏腹に、恨めしそうに窓の外を眺めてしまう。それほどまでに、俺はベルブと空を飛んで夜空を見るというイベントを滅茶苦茶楽しみにしていた。
と、その時……
背後から突然、この腰に腕を回されて…。
ベルブの体が俺の左半身にピッタリと重ねられた。いきなり急接近されて、思わず息を飲む。
「べ、ベルブ…?」
「明日の夜は晴れるらしい。空中デートは明日の楽しみにしよう?」
ベルブはそう言って、俺の首筋に顔を近づけてくる。冷たい鼻先が首に触れて、擽ったい。浅くなる呼吸を喉奥に詰めながら、ブルッと肩を震わせた。
「っ……。そ、そうだな…。明日の夜にしよう…」
ベルブが至近距離で顔を近づけたまま離れないから、奴の吐息を首筋に感じ、強ばった体の緊張感が増していく。
「…ライラ。俺、待て、ちゃんとできたよ?帰るまで我慢した」
ベルブの声が耳元で囁く…。そんなことを言われたら、俺はドキッとして目線を伏せる。耳や顔が熱い…。
「あぁ…、…分かってる……」
「まだダメ?いつまで待てをしてたらいい?」
そんなベルブの低い声が鼓膜を揺らし…。耳の奥で心臓の音がドクドクと激しく高鳴り始める。雨音が打ち付けるガラスの窓枠に当てていた指先が震える。
「帰り着いたんだ。いつまでも待ってろなんて誰も言ってねぇだろうが……」
「ふふ、そっか。なら、まずはお風呂に入る?今日は歩き疲れたと思うから、俺が特別なマッサージを…」
「マッサージって……嫌な予感しかしねぇぞ…」
「酷いなぁ、ライラ。凝り固まってる場所を丁寧に解すよ、隅々まで……ね?」
ベルブは妖しい含み笑いを漏らしながら俺の耳へ湿った吐息を吹きかける。ゾクッと甘い疼きが背筋に流れて、呼吸がみるみるうちに乱れる。
「っ……妙にヤラシイ言い方だな……」
「ん?そんなつもりは無かったんだけどな…」
ベルブは悪戯に笑って、俺から少し体を離した。ベルブは長い髪の毛先を揺らしながら、優雅に右手を上げる。
「お風呂の用意をしようね。食器も片付けておこう。後は洗濯か…」
ベルブのそんな言葉で、少し離れたテーブルに乗っている、飲み終わったコーヒーのマグカップ2つをチラリと見る。
「…いいのか?全部任せちまって…」
「構わないよ。でも、ライラの傍は離れたくないからさ…」
「…ん?」
俺の傍を離れずに、家事をこなすって?
どういう意味だろうか…。魔術で一瞬で終わらせる、みたいなことか…?
「…便利な方法があってね」と、ベルブは呟き、上げていた右手の手首を軽く捻るように動かし、手のひらを上に向ける。そして突然、グッと強く握りしめた。
「べ、ベルブ…!」
俺が慌てた声を上げたのは、その手に血を見たからだ。握りしめたベルブの黒い爪がその手のひらに食い込み、奴の血が滲み始めている。握り拳を作った瞬間にだけ爪が鋭く伸びたのだろうか…。
ゆっくりと指を開いた爪は平生通り短く戻っていたが、確かにさっきは鋭くなった黒い爪が奴の手のひらに刺さっていた。
白い肌に痛々しく赤い液体が溢れた光景を見て、俺は気が気でない…。痛そうだ、なんでこんなことを…
「お前…血が…。何をする気だ…?」
ベルブの右腕に手を伸ばそうとしたが、ベルブは「大丈夫、すぐに治る」と、俺に返して優しく微笑む。そして血が僅かに滴る手のひらを何もない場所へ向けると……地面に落ちた血痕の痕から、突然黒い煙のような影が渦を巻き始めた。
「…な、なんだ…?」
ベルブの血を使った魔術…?
戸惑いながらも漆黒の霧が小さな竜巻のように巻き上がるのを見つめた。ビュウッ、と一際強く疾風を拭きあげたその途端……
黒い靄が弾けるように散って、そこにはベルブが立っていた。
「……は?」
俺の正面にベルブが居て……俺のすぐに隣にもベルブが居る…。
人間の姿のベルブが、2人になった…
ど、ど、どっちも顔が……良い…!
完全に瓜二つだ…。
「分身を創ったんたよ。まぁ、ゴーレムみたいなもの。ゴーレムなら、ライラも知ってるよね?」
「ゴーレム……。聖書に出てくる、命令に忠実な人型の人形……だよな?泥や粘土に秘術を刻んで完成できるって聞いたが…?」
「そうだね。これは俺の命令で動かせる人形。泥なんかじゃなくて、俺の血で作っているから再現率は100%、魔術で操り、命令を与えられる。見分けも付かないでしょう?」
俺のすぐ隣に居た本物の方のベルブがそう言って、既に傷口の塞がり始めた右手でその分身を指さす。
俺はあんぐりと口を開けて、2人のベルブを交互に見つめる。
「ただ……この分身にはすぐに命令を植え付けないと厄介でね。俺をまるっとそのまま再現してるせいで……」と、ベルブは喋るが、それを突然遮ったのは、分身のベルブだ。分身の方が、俺へと突然距離を詰めてくる。
「なっ……」
思わず驚きながら、雨の打ち付ける窓に背中を付けて身を引く。
すると分身のベルブは途端に表情を暗くして、その右手をこちらに伸ばしてくる。
『…ライラ。どうして逃げるの?』
しゃ、喋った…
声も同じ…
「あっ、え……。いや……」
どうしていいか分からず、戸惑いながら本物のベルブの方へ視線を向け、助けを求めた。
すると分身のベルブが、『……そっちの俺の方がいい?ライラ、俺を見てよ…』などと訴え始める。
本当だ…。
コイツはかなり……ベルブだな…。
恐らく、この分身は、本物の方のベルブに妬いて怒ってる…。
「と言うわけでとても面倒だから。命令を…。お前は家事担当。よろしく。ついでだから城全体の掃除も任せておこう、明日が楽だね」と、本物のベルブが中断されていた話を続ける。
『家事担当だと…?俺はライラと……』
分身が本物へ反論をし始めたが、今度は本物のベルブのほうが話を遮った。
ベルブはサッと人差し指を分身に向けて、その瞳がギラリと赤く一層と輝く。すると分身は急に口を噤み、白く長い髪をフワリと靡かせて背を向け、スタスタとキッチンの方へ歩き始めた。
分身に魔術で命令を与えたのか……。
「す、すげぇ…。こんなん、無敵じゃねぇか…強いベルブが増えるんだろ?ゴーレムは "主人に忠実な守護者" として有名な話だ…」
ベルブの方を見つめて興奮混じりに尋ねると、ベルブは困ったように笑う。
「うーん。ゴーレムに、操り人形という点で原理は似てるけど、この分身には簡単な命令を吹き込むことしかできない。それに、命令を失えば俺と同じ思考を持って動き始める。魔力までコピーしてるから、慣れてないと扱うのも危険だよ…」
「そうなのか…。微妙に違うんだな」
「そう。それに広範囲を動けるゴーレムと違って、この分身が活動できるのは、本体の俺が近くに居る時だけ。遠く離れると術は崩れて消失する。あんまり使えない人形でしょう?雑務を押し付ける召使いの代わりぐらいにはなれるかな…」
そうなのか…。
操り人形のように扱えるが、命令が無いと暴走する可能性もあるのか。確かにベルブの能力を持った分身を敵にするようなことがあれば恐ろしいな…。
それに、行動範囲はかなり限られるらしい。本体がそばに居なきゃ、分身だけを外へ買い物に行かせるとかはできないんだな。あるいは遠く離れた場所まで何かを追いかけたり、偵察したりにも使えない。
たしかにこの人形は戦闘へ活かすよりも、ちょっとした家事を任せるに便利な技だろう。
……ただ、聖書で読んだ泥や粘土で作られたゴーレムとは違って、ベルブの血と魔術で動くこの人形は……ベルブそっくりで美しい。泥の塊や未完成の胎児といった、聖書の記述とは全く違う容姿だな…。
ベルブの分身はキッチンに立ち、黙々と皿洗いを始めているようだった。と言っても、手を使って洗うのではなく……魔力を使って楽をしているらしいが…。
「そうだとしても、凄く便利だな。誰にでもできる術なのか?」
「うーん。悪魔なら、こういう事ができるって感覚的に分かってると思うよ。実際に上手く使いこなせるかはその悪魔次第。下級の悪魔には分身は作れても、分身を従わせるのは難しいかもね…」
そんな話をしている間に、分身のベルブはこの部屋から静かに出ていく。どうやらキッチンの片付けを終えて、風呂場へ向かっているようだ。
「さ、彼がお風呂の掃除を終えたら、俺たちはお風呂に入ろうか。お互いに背中を流し合わない?」
そんなベルブの言葉で、ドキッとして頬を赤くする。俺がベルブの綺麗な体に触れて、逆にベルブに体を触れられる姿も頭によぎって、ゴクッと喉仏を上下させる。
この悪魔に風呂場で何もされなかった試しが無い…。
そんなことが分かっているから……緊張と期待で、心臓の音が速くなっていく。一方でベルブは、その赤い宝石のような瞳をキラキラと輝かせながら、熱っぽく、情熱的に俺を見ている。
「わ、わかった…」
ボッと顔が熱くなるのを感じながら、小さく返事をする。期待しているのがバレバレなようで、さらに恥ずかしい。だが、抗えん…。
ベルブに触れられたいし…。俺からベルブにベタベタと触ることは、普段は羞恥心が勝ってできないから…体を洗うという前提があれば……コイツの体を思う存分触ってやれる…かも……。
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