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(悪魔side)
俺はベッドに横になり、胃の中からせり上ってくるような吐き気を飲み込む…。冷や汗が止まらない……。
最悪の体調だ……。
「ベルブ…。大丈夫か……?」
心配そうに俺のそばに座っているライラが頭を撫でてくれて、額の汗を優しく拭ってくれる。
それだけが唯一の救いだった。
「……あぁ。平気だよ…」
なんとか笑顔を作るが、身体中に走る虫酸がそれをすぐに打ち消してしまう。咄嗟に顔を背けながら、腕を顔に当てて覆った。
「……ベルブ。心配だ…。マーレを呼ぼうか…」
「…平気だって……ライラが居てくれたら…苦しさが和らぐ…。少し休めば大丈夫だから……」
あの天使にはせいせいする…。祝福だとか慈悲だとか、そのような言葉で、悪魔に対しても勝手に、分け隔てなく、自分を押し付けてくる。
奴は俺のためによく分からない祝福……加護とやらを押し付けよつとしてきたのだろうが、俺のような存在にとっては逆効果だということが分からないんだろうか……。
奴の聖なる力が俺に強烈な不快感をもたらしている。
魔力も低下して、何日も休みなく動き回った後のように全身が重い…。ベッドに磔にされて動けないくらいだ、指を1本動かすのさえ怠い…。
頭を撫でてくれるライラの手の感触だけが、その苦しさを和らげてくれていた。
「あの天使……祝福だなんて言って、ワザとだろ…」
ライラがポツリと呟く。
「…ワザと?」
「……あぁ。お前を脅すために違いない」
ライラは鋭い眼差しを向けて、俺の手をギュッと握る。
ライラのそんな言葉を受けて、俺はフッ、と力なく鼻を鳴らす。
「そうか…」
天界は、人間界で起きている問題を解決しなければ、魔界に制裁を与えると言っていたが…。それがハッタリではないと見せつけたかった訳か。
しかしそれはライラの予想に過ぎない。
天界の奴らが考えることなど、我々の感覚や物差しで測ろうとすること自体が無駄だ。
「脅しか、加護を与えたかっただけか…そのどちらもか…。天使の考えることなんて分かりたくもないね…」
弱々しくライラの手を握り返す。その時、全身に悪寒が走って、ブルッと身を震わせて肩を丸めた。
「……ベルブ…。こんなに弱るなんて…」
ライラの漏らす言葉が、妙にチクリと胸に刺さる。俺を気遣い、心配してくれているのは分かるが……
ライラにこんな姿を見せるのは、辛いものがある。
「カッコ悪くてごめん……」と、腕で顔を覆ったままポツリと呟く。
するとライラは突然慌てて、俺の額にキスを落とした。
「馬鹿野郎。カッコ悪いだなんて思っちゃいねぇよ…。必死に俺を守ってくれた…カッコよかった。俺はお前のことをマジで心配してるんだよ。こんなことになるなんて…」
ライラは悔やむように表情を歪めながら呟く。
あの天使の力のせいか、精神的にも消耗しているらしい。自信を喪失してしまったかのようなこの気持ちを慰められて情けないのに、安心してしまう。ライラに嫌われたくない……。
その時、ふと、先程のことを思い出す。
ライラは、カイルに少し見とれたような顔をしていたな…。
「……あの天使は男前だったろう」と、鼻を鳴らしながら呟く。
「まぁ、顔は整ってたが。なんか、怖かったよ…。綺麗なだけで……感情が無いような…。こんなこと、天使の力を借りて悪魔祓いをしていた俺が言うのはおかしいだろうが……」
「……そうか。俺の方が好みかな……?」
ジワジワと湧いてくる黒い感情を持て余しながら尋ねると、ライラは俺の方へ身を寄せる。
「当たり前だろうが……。お前のほうが見た目も良いし…中身も……。全部が俺の好みなんだよ……。分かってるだろ…?」
そう言ったライラを盗むように見ると、顔を赤くさせてこちらを見ている……。
可愛いな…。
「…ライラから、カイルの匂いがする」
陽だまりの中で青々とした芽が息吹き、透き通った風が草原を駆けていくかのような、爽やかで穢れの無い香り。
「…ほ、ほんとか…?シャワー浴びてくるよ……ごめん…」
「……浴びなくていい。俺の傍にもっと来て?」
「…でも……」
「そばに居てくれ…」
ギュッとライラの手を握る。弱った瞳でライラを見つめると、ライラは優しく微笑んだ。
「分かった。アイツの匂いが消えるように…お前の匂いを俺に擦りつけておくぜ…」
ライラはクスッと小さく笑ってそう言うと、横になって俺を抱き締めてくる。ライラから一方的に抱き締められるのは……あまり無かったな。
筋肉質な腕の中に閉じ込められて、気持ちが落ち着いてくる…。
「……ライラ……眠くなってきた…」
「あぁ。そばに居るから休め…。安心してくれ……」
「コレ……必要な時に……」
ライラに紫の蝶をモチーフにしたブローチのような物を渡す。
「ベルブ…?これ、なんだ……?ベルブ…?なぁ……ベルブ…」
「……」
「寝ちまったのか……?」
ーーーーー(ライラside)ーーーーー
そんなやり取りをしたのは、もう3日前のことだった。
……ベルブはまだ、ベッドに寝たままだ。
どれだけダメージを食らったらこんなことになるんだ…!
「マーレ…。コイツは本当に平気なのか…?なぁ……」
ベルブが寝ちまってから目を覚まさなかった翌日、俺は居ても立っても居られず、マーレを呼び出した。なぜマーレを呼び出せたかと言うと、ベルブが眠りにつく寸前に渡してくれたこの蝶の形をしたアクセサリーみたいなモノのお陰だった。
そう、3日前のことだ……。ベルブは気を失ったように寝ちまってて。その翌日になってもヤツは目覚めない。息はある。だが反応がない……。そこで慌てた俺はマーレを頼ろうとしたが、魔界との連絡手段が分からず、アタフタした。かなり焦った。
そんなときにあの蝶の飾りのことを思い出し、ベッドのそばに置いてあったソレを手に取った。
マーレの化ける蝶に似てる…。
そんなことに気づいた俺は、馬鹿みたいだが、蝶に向かって呼びかけた。
「マーレ!マーレ!お願いだ…!応えてくれ……」
そうすると不思議なこった。本当に蝶の造り物から返事が返ってきた。こうしてマーレを呼び出すことができた。
マーレは人間界にすぐさま駆けつけてくれて、ベルブの容態を確認してくれた。何があったのかも全て話した。
するとマーレは、ベルブは力が弱まって休息を取る状態に入っているだけだと。1週間もあれば目を覚ますと教えてくれたが、心配なら魔王城に戻ったら良いと提案してくれた。
俺はすぐさまマーレにお願いをして、眠りから覚めないベルブとともに魔界へ移動した。
「ライラ様。休息に入ってまだ3日目ですよ。お伝えしたとおり、1週間程度はかかります。ほら、坊っちゃまの顔をご覧なさい。生きていますし、ただぐっすり眠っているだけでしょう?」
「そりゃ分かってんだが…どうしても……」
「お気持ちはお察しします。ですが、お気を確かに、ライラ様」
毅然としているマーレの姿を見習わなければと思うが、ベルブのことが心配でならない…。しかし確かに、ベルブの寝顔は日に日に顔色が良くなっている。回復して元気になっていっている気配は十分伺えた。
ベルブが目覚めたときにすぐにそばで声をかけてやれるよう、ヤツの傍を離れるのは最低限にした。風呂やトイレに行く時以外はベルブの寝室で過ごし、暇な時間は新聞を読んだり筋トレをしたり、マーレと話したり……。
新聞を読むと、あのカイルという天使が話していた言葉と結びつく事件が載っていた。俺たちが公園に行っていたあの日、カイルに出会う少し前の時間辺りで、どうやら謎の "大きな穴" が、今度は郊外に出現したと大きなニュースになっていたらしいのだ。
俺たちが現場に行った山奥にあった最初の穴は、教皇庁が揉み消していた。
しかし今回は山奥ではなく場所が郊外の街だ、時間帯も正午前…。その目撃者が多かったからだろうか、教皇庁はその新たな穴を隠せなかったらしい。事件は新聞に掲載されたのだ。
現場を目撃した人の話によると、突然地震のような揺れが続いたあと、道路や建物が地面へ吸い込まれるようにして穴が開けられたのだと…。穴の範囲にいた住民や通行人が巻き込まれて何十人も行方不明だ…。
次の穴が出現したわけだが、アダムは上手くやれているだろうか……。
ベルブが目覚めたら、カイルの言っていたとおり、俺たちはこの穴について結局、調べなければいけなくなりそうだ。カイルはトラック事故のことについても言及していた。つまりこの2つは関連しているだろう。
教皇庁との繋がりを断ち切れたと思っていたが……まさか、ベルブと共に巻き込まれることになるとは……。
俺はできるだけあの穴の情報を集めながら、筋トレをしつつ、ベルブが起きるのを待ち続ける。魔界に朝は来ないが、一晩眠ったという感覚で目を覚ます、今日でやっと4日目だ…。
相変わらず隣で寝ているベルブは目を覚ましていないらしい…。
「……早く良くなってくれ」と、呟きながら、ヤツの額にキスを落とす。風呂もシャワーも浴びることができない状況ながら、悪魔の体は汚れないのだろうか……ベルブの体は綺麗なままで、なんの変化もない……。
臭くも無いし……
と思いつつ、ちょっと恥ずかしく思いながらベルブの首筋に鼻を近づける。
いつもと変わらない……コイツ、身体は無臭なんだよな…。
整った顔立ちにかかる白い髪を指で掬って、綺麗な寝顔を眺め続けた。目を覚まさないベルブを見つめながら……寂しくなってきて、ヤツにそっと体を寄せる。
赤い月明かりが寝ても覚めても、この部屋の窓から差し込んでいる。黒を貴重とした暗い寝室の中…ベルブの厚い胸板の方へ、ちょっと強引に体をねじ込んでみた。力のないヤツの片腕を掴み、自分の肩にかける。
「……寂しいぜ…。ベルブ…」
ぽつ、と呟きながら、目を閉じたままのベルブの顔を恨めしく見つめる。早く目を覚ましてくれ……。
そんなことを願いながら、もう一度俺も目を閉じる。優しく髪に指を通しながら、ぎゅっと抱き着いた。
もう一度眠るか、と思ったが……。
やっぱり眠れない……。マーレに朝食を用意してもらって、筋トレでもして気を紛らわそう……。
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