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第二章『お兄ちゃんの代わりにしていいよ』ー4

「ええ、まあ。子どもっぽいですよね、というか女の子みたいかな」  大人っぽい陸郎を前にして恥ずかしくなる。  優雅に比べて陸郎は高校の時から大人っぽく見えていた。三年振りに再開した彼は年齢以上に大人っぽく見え、そして何処か物憂げさが漂っていた。 「いいんじゃないかな、別に。好きなものは好きで」  柔らかく微笑んだ。  その微笑みは昔優雅に向けられていたのとは違うような気がした。微笑んでいるのに物憂げで何処か儚い。 「桜……綺麗だよね。秋は紅葉も綺麗だよ」  そう言って景色に視線を移した陸郎が何処か遠くに行ってしまいそうな気がした。  高校時代の陸郎はこんなんじゃなかったはずだ。確かに無口な印象はあったけど、空を飛んでいた時も家に来ていた時ももっと存在感のある(ひと)だった。  消えてしまいそうな陸郎を僕はどうにか引き戻したいと思った。  気づけば僕はグラスを持ったまま腰を浮かせて陸郎の隣に移っていた。 「松村さん、お兄ちゃんとは別れちゃったみたいだけど、松村さんのほうは未練あるんですよね? だったら代わりに僕とつき合ってみない?」  陸郎だけに聞こえるようにぴったりとくっついて言った。  さすがに驚いたのかぱっと僕の顔を見る。  しかし驚いたのは彼だけではない。言った本人もかなり驚いていた。 (何言っちゃってんの、僕〜っ。いくら松村さんを引き戻したいからって〜)  言ってしまったものはもうなかったことにはできない。焦っているのがバレないように強気に笑ってみせた。 「温くん……それってどういう意味?」   僕の心の内を探るようにじっと目を覗きこまれる。 「だから、松村さんとお兄ちゃんは高校の頃つき合ってたんですよね? あ、親友じゃなくて、恋人ととしてってことですけど」  誤魔化されるといけないのでそうはっきりと言った。 「でも二人は別れてーー」 「俺と優はそういう意味でつき合ってなんかいないよ」  まだ話している途中でやや不機嫌そうな声に遮られた。 「え?」  僕は陸郎の言葉を噛み砕き、これはそのままの意味で捉えたほうがいいのか、それとも本当のことを言いたくないのか。  考えてみたら今は昔より理解あるとはいえ、同性同士の恋愛を誰もが認めるというわけではない。隠したいと思っても仕方がない。  さっき僕が『代わりに僕とつき合ってみない?』と言ったのも揶揄っているのだと思われたのかも。 「あ、あの。僕も『そう』だから。僕もーー男の人が好きなんだ」 『男の人が好き』このことをこれまで口にしたことはなかった。その言葉は更に小声になりもしかしたら少し震えていたかも知れない。

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