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第二章『お兄ちゃんの代わりにしていいよ』ー8

「彼氏……」  その言葉が引っかかりでもしたのか口の中で呟いている。 「……いや、いないよ。俺は誰ともつき合ったことはない」  うーんっと僕は考えた。『彼氏』とオウム返しに呟いたその意味を。  思い当たることは。 「あの……松村さんて男の人が好き……なんですか? それとも女の人も大丈夫な人?」  世の中にはそういう人も確実にいる。僕はたぶん女の人はだめな部類の人間だ。  陸郎はどっちなのだろう。 「…………」  彼はしばらく黙りこんでいた。 (そうだよね。こんなデリケートな話、今日までまともに話をしたこともない、友人のただの弟に話すわけない。普通なら今までの話だってごまかしてもおかしくないし)  自分のこともなんで話してしまったんだろう。確かに陸郎は僕の秘密を知っても誰かに言うような人間ではないと思うが。  この話は終わりにしよう、と口を開きかけた時。 「俺はーー今まで優以外に人を好きになったことがない。だから、わからない」  陸郎はそう答えてくれた。 (わからない……か。男とか女とか関係なくその人が好きってやつか。素敵な言葉だね)  優雅はそんなに想われてるんだと、ちくっと胸が痛んだ。 「じゃあ、試してみませんか?」  なんだかすごく意地悪したくなってきた。 「試す?」 「松村さんが男の人が好きなのか、それとも優雅以外の男はだめなのかーー」  そこは彼女作って普通に女の人も大丈夫か試してみろって言うところだよな、と思いつつ。 (だって仕方がない、僕だって松村さんのこと好きなんだし、もし男のほうがいいってなれば僕にだって可能性が) 「ーー僕で試してみない?」 「温くんそれは……」  くっと陸郎の眉間に皺が寄った。陸郎は真面目そうだしこういう『試す』とかに嫌悪を感じるのだろうか。  しかし僕のほうもここまで自分のことも話して引っこみがつかなくなった。  なるべく深刻にならないような感じで軽い口調で。にっと笑いながら。 「僕も今は誰ともつき合ってないし。松村さんみたいに大人で素敵な人が彼氏の代わりになってくれたら嬉しいなって」  経験豊富そうに見えるように言ってみる。  本当は僕も今まで誰ともつき合ってことがない。高校の頃は部活の先輩関係の知り合いで同じ性癖の人につき合ってみないかと言われたこともある。そういう人間が他にもいるんだと、自分が特別なんじゃないとほっとしたけど。  それだけだった。  僕の心にはやっぱり陸郎がいて、他の人とはつき合えなかった。 (何が試してみない? だ。自分こそ試すことなんてできなかったくせに)  

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