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第六章『涙のバースデイ』ー4

「なんだか揉め始めたからそのまま置いてきた」 「はあ」と大きな溜息を()く。心底疲れた様子だ。 「お疲れ様です」  僕のことなんて放っておいてもいいのに僕の為に好きな男と言い合いをし、その上好きな男とその彼女が一緒にいるのを見るのはさぞ辛いだろう。僕は彼に同情した。 (でもやっぱり少し嬉しい。だって優雅より僕のほうを選んでくれたんだから。昨日は優雅を選んだけど) 「陸郎さん」 「ん?」 「はいご褒美。あーん」  僕は突如そんなことをしたい気持ちになり、自分の皿から手つかずのサンドウィッチを陸郎の口の前に差しだした。  陸郎が応えるとは思ってなかった。「いらない」と言われるか、いいとこ手で受けとるかのどちらかだろうと。  それなのに。   少し考えているような()のあと彼はパクっとサンドウィッチを食む。途中で噛みちぎって咀嚼する。  冗談のつもりで差しだした僕自身が吃驚して固まってしまった。彼が咀嚼しているのを黙って見つめる。  口の中のものを飲みこんだ彼は再び口を開ける。僕をも食べそうな勢いで残りのサンドウィッチに噛みついた。彼の歯が手を離すタイミングを外した僕の指に少し当たった。 「ぅ……っ」  慌ててサンドウィッチを離すと、それは陸郎の口の中にすべて消えていった。  強く噛みつかれたわけでもないのに歯が触れた指が熱を持っているかのように熱く、心臓は煩く鳴り響いている。 「ごちそうさま」  最後にぺろっと舌を出す陸郎に初めて見るような色気を感じ、思わず視線を逸らしてしまった。 (はぁ……『あーん』の破壊力すごすぎるっ)  どきどきはまだ止まらないけど、僕は何事もなかったように残りのサンドウィッチを食べる。全部食べきったころには少し落ち着いてきた。 「優雅は……矢尾さんとは別れてなかったのかな……」  独り言だった。 「さあ……どうだろう」  陸郎に言うつもりじゃなかったけど、聞こえてしまったみたいで、その声で初めて気づいた。彼の声は平坦でどんな気持ちがこめられているのかわからない。 (……陸郎さんはどう思っているんだろう。やっぱり彼女と別れてたほうか嬉しい?)  さすがにそんなことは訊けなかった。 「あの……陸郎さん。僕が強引にした約束だから、用事ができたら気にせずにそっち優先でもいいです。連絡しなくても来なかったら適当にやってますから……その……兄とでも……」  眉間に皺が寄りそうになるのをぐっと押さえてにこっと笑った。そんなこと何でもないというように。  陸郎は僕の表情を読み取ろうとしてるかのように見つめてきた。それからぼそっと言った。 「……でもやっぱり友だちより恋人優先だろ」 「え?」 (なに今の? えーっと冗談? それとも友だちから『恋人ごっこ』に昇格した?)

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