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第九章『『恋人ごっこ』やめました!』ー10
「確かに今日は暇ですがっ。でもそういうことじゃなくて」
さらに言い募ろうとしたが、
「だって!」
少し強い口調で止められた。
「好きなコの誕生日、少しでも早く祝いたいだろ!」
鼻の頭をポリッと掻いて、照れくさそうな顔をしている。
その言葉とその顔にこっちまで照れくさくなってくる。
(ガンガンいく宣言以来、そんなこと口にしなかったのに、ここぞってところで突いてくるなぁ)
「もう、洸くん。そういうのずるいですよ」
毒気を抜かれてしまった。僕の言葉にはさっきまでの勢いはない。
「そう、オレずるいヤツだから」
ウィンクしながらそんなことを言う。普通だったら見ていて恥ずかしい言動だが、さすがにイケメンは違う。何やってもかっこいい。
「もう上がっちゃったし、こんなとこにいるのもったいないから、早くどっか行こ」
後ろから両肩に手を置かれ、軽く押された。
「ですね。確かに今さらだ」
もうすっかり諦めて促されるまま歩きだした。僕が納得したのにほっとしたのか、洸は肩を押していた手を離して隣を歩き始める。
「どこにする? この時間だと居酒屋か、ファミレスかな」
ファミレスかなって言ったところで二人でくすっと笑った。洸も自分たちがバイトをしている店を思い浮かべたのがわかった。さすがに早上がりしているのに行くほど図々しくはない。
「温くんのとこの駅まで行ってもいいな」
「え? いいんですか」
「いいよ、温くんの誕生日だからね。家に近いほうが安心でしょ」
話に夢中で気づかなかった。
暗がりに人が立っているのを。
店の表は大通りに面していて明るい。裏口側は細い道しかなく街灯もまばらだ。その上こちら側には窓もない壁なので、扉付近にしか灯りがない。
その人影は、スタッフや業者しか入らない裏側の敷地に入り込んでいた。一番近い街灯の灯りを背にしていて顔もよくわからない。
歩きながら、あれ? っと思った。
(誰かいる)
洸も気づいて不審に思ったのか、咄嗟に僕を背に隠した。
「温くん……」
人影は僕の名を呼んだ。
(この声……)
それは聞き覚えのある声だった。
洸の後ろから少し顔を覗かせ、その人影をじっと見た。
――そのシルエットにも見覚えが。
「温くん」
彼はもう一度僕の名を呼びながら、近づいてくる。
間違いなかった。
(陸郎さん! なんで……!)
咄嗟に声が出なかった。その代わり身体は洸の後ろからすり抜けていく。でも、洸が素早く位置を変えて僕の前に出た。
「なんの用ですか」
「三瀬さんっ陸郎さんですっ」
まだ意識しないと『洸』と呼べない。慌てていて『三瀬』と呼んでしまった。
洸が顔だけ僕に向ける。きゅっと眉間に皺を寄せている。
彼が最初からその人影が『陸郎』であると分かっていたことに、僕は気づいてしまった。
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