71 / 82
第九章『『恋人ごっこ』やめました!』ー11
「温くんに話があるんだ」
その声はもう間近まで迫っていた。
そこまで近ければ顔も見えた。相変わらずの無表情だ。
「なんの話だよ」
「きみには関係ない」
静かだけどどこか圧のある声だ。
「関係あるよ、オレたちこれから温くんの誕生日を祝うんだから。邪魔されたくない」
やや声を荒げる。大きく腕を広げて、僕をそこから出させず、また陸郎にも踏み込まれないようにしている。いつもは軽いノリの洸も今は余裕がない様子だ。僕以上にピリピリとした緊張感が伝わってくる。
直球の威嚇に一瞬目を逸らしたが、再び僕らを真正面から見た。
「俺も温くんの誕生日を祝いに来た」
相変わらずの無表情。
「陸郎さん……」
すぐに気持ちが追いつかない。気にしてここまで来てくれたのは嬉しい。でも僕を振ったのに……とも思う。喜んでいいのか怒っていいのか、自分自身にも分からなかった。
しかし、洸ははっきりと怒りを現した。
「今さら、なに言ってんだ。あんたにコイツの誕生日祝う資格あんのかよ」
「…………」
陸郎は無言で僕を見た。なんでこいつが知ってるんだ、と責められたような気がした。
「三瀬さん……あの……声が大きいです」
いくら人通りのあまりないとはいえ、絶対通らないとはいえない。それにスタッフが裏口から急に外に出てくるかもしれない。揉めているところを見られるのは非常に気まずい。
「あの……三瀬さん」
通せんぼしている洸の腕に触れた。
「僕、陸郎さんと話がしたいです」
「温くん! なんで!」
反論しようとして、僕の顔を見た。強い意志が伝わったのだろう。その後は続けず、腕を下ろした。
「三瀬さん、ごめんなさい」
洸の横をすり抜けて陸郎に歩み寄る。
「陸郎さん」
「温くん……」
お互い顔を見合わせ名前を呼ぶだけ。
もうずっとこんなふうに間近で彼の顔を見てなかった。それだけで胸がいっぱいになった。
そんな僕らの横を洸が足早に通り過ぎて行く。二、三歩先で立ち止まって振り返る。
「温くん! 誕生日おめでとう!」
そう言って手を振った彼の顔は、陸郎より先に言ってやった、という達成感のようなものがあった。
彼が走り去って行くのは僕らは黙って見送った。
* *
話があると言っていたのに。
「とりあえず帰ろうか」
その一言を言ったきりだった。電車に乗って一駅。地元の駅に着く。いつも一緒に帰る時の道筋を通り、とうとう陸郎の家の方向との別れ道に差しかかる。
そこまでずっと無言だった。
『誕生日を祝いに来た』という言葉に、少しは僕のことを気にしていてくれていたんだと、嬉しく思っていたのに。
でも、そんな気持ちもだんだんと萎んでいく。
「あの……じゃあ……さようなら……?」
そこで立ち止まったままの彼に、どうしていいかわからず、僕は別れの挨拶を言った。
ともだちにシェアしよう!

