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最終章『そして、春――愚か者どもの愚かな真実』ー2

「温、まずはお兄ちゃんに『おめでとう』だろ?」  自分だってずっと僕のことを避けていたくせに。 (ひょっとして、陸郎さんと上手くいった余裕ってヤツですかー?)  久しぶりに見た優雅は、大学に入ってから派手な髪色だったのが、黒になっていた。 (いつ黒に戻したんだ? あのコトがあってから?)  思わずじっと見つめてしまう。少し年はとったけど、高校の頃の優雅と変わらない印象だ。もしかしたら陸郎が望んだのかもしれない、そう思ったら心臓が変な音を立てた。 「温?」  優雅に名前を呼ばれてはっとする。訝しげな顔をしていた。 「あーお兄ちゃん、ご卒業おめでとうございます」 「おもくそ棒読みだな!」  嫌味を言われて、べーっと舌を出す。そんなやり取りは、昔の兄弟に戻ったかのようだ。 「それ、おれにか?」  僕の持っていた桃の枝を指差す。 「そんなわけないでしょ」 「即答だな! まぁいいや――じゃあ、おれ先帰るから」 「えっ?!」  優雅の言葉を聞いて僕は思わず大声を上げてしまった。口を押さえて周りを見渡したが、それ以上にざわついていて誰も気にしていない。  ふっと小さく息を吐く。 「お兄ちゃん、もう帰るの?」 「そうだけど、なにか?」  さっきからずっと黙って僕らのやりとりを見ている陸郎の顔に、ちらちらと視線を走らせた。  てっきりこの後、二人きりで卒業祝いでもするのかと思っていた。 「じゃあ、な。陸」  陸郎の肩をぽんと叩き、正門に向かって歩いていく。  僕はその後ろ姿を呆然と眺めている。すると、数歩進んだところで優雅が引き返してきた。陸郎に話があるかと思えば僕の耳元に顔を寄せる。 「おれ、陸郎のことはそういう意味で好きだって分かったけど」 『そういう意味』  つまり『恋愛』としての『好き』ということだ。  わざわざ牽制にでもしにきたかと思ってむっとする。 「だけど……やっぱりおれにはムリだ」 「え?」 「好きだけど、おれの今までの常識を覆すことはできない――おれはやっぱり女の子と恋愛して、結婚するような、誰もが祝福してくれる道を選ぶよ」  そう言った優雅の顔は少し悲しげだった。  音量からして陸郎にも聞こえているはずだと陸郎を見ると、彼は静かに目を伏せていた。優雅の言葉を受け止めているかのようだ。 「おれも温くらい柔軟だったらなー」  親の期待を一身に受けてきて、実際高校の時までそれを裏切らなかった優雅。僕のことを羨ましいと思うことなんてないと思っていた。 (僕が羨ましい……?)  そんな優雅の本音を初めて聞いた。  いったい二人の間はどうなったのか、まるで分からない。  つん、と僕の頰を指先でつついてから離れていく。 「温! 今日はおれの卒業祝いだからな。夕飯までには帰って来いよ〜!」  今度は誰もが聞こえるような声で言い、手を振りながら今度こそ正門の向こうへ消えていった。  僕ら二人だけが残された。  

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