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最終章『そして、春――愚か者どもの愚かな真実』ー4

「俺とは見に来てくれないのかな」 「え……」  桜から陸郎の顔に視線を移す。僕を見つめて苦く笑っていた。今度は逆に陸郎のほうが視線を逸らす。くいっと顎を上げ、真上の木々を仰ぎ見、それから森の奥へと目線を移動させる。 「もう少し歩こうか」 「はい……」  今度は隣に並んで歩いた。それは、陸郎が僕に歩調を合わせたからだ。 (さっきの……どういう意味だったんだろう)  ホール周辺の喧騒とは裏腹に『恋人たちの森』は静かだった。それでも時折人の気配を感じるのは、僕たちと同じで別れを惜しむ恋人たちがいるからだろうか。 (僕たちと同じ……? いやいや、別れを惜しむかどうかはまだ分からないけど。惜しむ間もなく大決別の可能性もなくはないし) 『話をしよう』と言いつつ、陸郎はまったく話を切り出さない。もやもやが募るばかりだ。 「もう一度きみと歩きたかったんだ。俺たちが本当の『恋人』になった時に」  その言葉を聞いてカチンとなった。さっきから思わせぶりな言葉ばかり。もううだうだ考えるのはやめた。 「あの、陸郎さん?! 僕に話ってなんですか? 僕も話あるんですけどっ。なんで今まで連絡くれなかったんですかっ。あのあと、優雅とはどうなったんですかっ――僕たちはこれからどうなるんですかっっ」  一気に言い放った。周りに聞こえるのを憚って、言葉は怒りに満ちているけど音量はどうにか抑えた。  陸郎は面食らったような顔をしたが、その後少し口角を上げた。 (なんで笑う?!) 「ごめん――ちゃんと話すよ」  彼はきょろっと周りを見渡す。 「あそこに座ろうか」  恋人たちの森には木々に隠れて所々にベンチがある。何のためにか? こうやって恋人たちが話をするためにだろうか。  ちゃんと話をすると言ってくれたので、少しだけ怒りは収まった。陸郎が先に座った横に少し間を空けて、僕も腰を下ろした。この距離感が今の僕らの距離感だ。  僕が座ってから隣でもぞっと動くような気配を感じたが、僕の緊張が伝わったのか座っている位置を変えることはしなかった。 「あの晩……俺は迷った。優を追いかけるか、あそこに留まるか」  そう、陸郎は切り出した。 「それできみを見た。きみは追いかけるような仕草をした」 「それは!」  僕は口を開いて、でもそれ以上は言えずに閉じた。  あの時、陸郎には迷う素振りも見せてほしくなかった。本当は迷わず僕を選んでほしかった。陸郎は当然そうすると思ったんだ。それなのに、彼は迷った。だから試したんだ。僕が道を示すことで、優雅を追いかけるか、それとも。  結局陸郎は優雅を選んだ。 「わかってる……温が、本当はあの場に留まってほしかったことは」  

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