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第8話 本田崇人④

 母にとって僕の人生は『普通』で在ることが前提だ。  有名大学を卒業して、安定した職業に就き、結婚して実家の近くに戸建てを買って子供を育て、親の介護をする人生。  母は言う。世の中の大多数の人がそうしてる、この『普通』人生を生きてこそ、幸せなのだと。  日に日に膨らむ性の対象への違和感。母の理想とは正反対の方向へ逸れてゆく自分。母が思い描く理想の家族像の中に、僕が僕らしく自由に生きる道は存在しないと随分前から僕は気づいていた。 『普通』でいることを強く求められればられるほど、そうで在る事が一番難しいと、僕自身が嫌と言うほど感じていたのに――  それなのに、なぜ、本心を吐露したのだろう。僕は一体、母に何と言って欲しかったのか。何を求めてカミングアウトしてしまったのか。多分、心の何処で母は――母だけは絶対に僕の味方をしてくれると純粋に信じていた。  でも、違った。違ったんだ。  母もひとりの人間だった。血の繋がりこそあれ、僕とは価値観や思考が違う、全く別の人間なのだと決定的なまでにこんな形で深く知らされてしまったのだ。  ********    翌日、僕は一日中部屋に篭っていた。あんなに勢いよく啖呵を切ってカミングアウトをしたくせに、母を見るのが怖かった。怖くて怖くてたまらなかった。  母と山本の顔が交互に浮んでは消え、その度に胸がキュッと締め付けられて息をするのも苦しい。不安に苛まれながら、寝ては起きてを繰り返して、ただただ時間が経つのを待つしかなかった。しばらくして家の中がえらく静かなことに気づいて、そっと部屋を出てリビングへ行ってみた。誰かがいる気配は無く、家族の全員が出かけて留守にしていた。声をかけてこない父と妹には、恐らく僕の体調が悪いとでも言っているのだろう。傷心の僕をそっと放って置いてくれていた。  過保護過ぎる母がいつ僕の部屋をノックしに来てもおかしくはないのに、一晩経っても干渉してこないなんて。もしかしたら母なりに僕を理解しようと葛藤してくれている?疲れて憔悴しきった崇人の胸の内に、ほんの僅かな希望が湧いた。この時まで、僕はまだ心のどこかで母を信じていた。息子の自分を切り捨てるはずはないと、一縷の望みにかけていた。  思春期と言われる年齢の、僕の気持ち全てを理解して欲しい訳じゃない。ただ、母の口から聞きたかっただけだ。「大丈夫」と。ただ、一言だけ。  月曜日の朝が来てしまった。暗く鬱々とした気持ちが払拭できるはずもない。それでも学校へ行かなければならない僕は緊張しながらリビングへ降りた。結局、ほぼ丸二日間、母とは顔を合わせていない。  僕が降りてきたことに気づくと、母はゆっくり振り返って「おはよう」と僕へ満面の笑みを浮かべて明るく挨拶をしてきた。  不思議な違和感が静かに二人の間に流れた。同時に、母の仮面の様な笑顔を見て、僕は全てを悟った。  こんなにも絶望した朝を僕は知らない。母は僕を見ているようで、僕の存在を視界に入れてはいなかった。僕への溢れて止まない嫌悪を隠しきれぬまま、過剰なまでに『普通』を装っていた。  (――もう、以前の親子には戻れない)  母と僕の間には決して消えて無くならない壁が立ちはだかった。僕は罪人の烙印を押されて、裸のまま母の目の前へ放り出された気分だった。親からの強烈な否定を目の当たりにして、自分の体が砂となってサラサラ解けて消えていったあの瞬間を、僕は今も鮮明に覚えている。  ********  前代未聞のサッカー部のリンチ事件のせいで、しばらくの間、学校中がその話題で持ちきりだった。  事の発端は、リンチを受けた帰国子女の一年生が先輩たちのやり方に意見した事から始まった。本人曰く、文句ではなく間違っていることに対して異議を唱えただけだと言っているらしいが、男子校の運動部は縦社会だ。海外の感覚で何気なく自分の意見を主張したつもりが、部活の先頭に立つ棚岡たちの癪に触ったらしい。本来ならキャプテンである山本がこうなる前に問題を把握して解決しなければならないはずだった。けれど、山本はキャプテンにも関わらず、最近の部活内で何故か発言権や決定権がなかった。それどころか、いつの間にか実質的なキャプテンは棚岡にすり替わっていて、サッカー部の中で気づくと山本は浮いた存在となっていたのだった。  あんなに周りから好かれて慕われていた山本に何があったのか――結局、崇人には分からずじまいだった。  まだ中学生ということで、事件を起こした全員が5日間の自宅謹慎と反省文の提出でこの問題は解決ということになった。僕は一年生を守った形となったため、処分を受けることは無かった。  サッカー部の彼らから後日、謝罪の手紙を受け取った。同級生からの反省の意を込めた手紙という不可解なもので、どれも似たり寄ったりの定型分のような謝罪がつらつらと書かれていた。書かされている感が丸出しの何の意味も無い手紙だ。その中には当然、山本からの分も混じっていた。手紙に、彼の本心が書かれているはずもない。本文は先生がチェックしているはずだ。何故こんなものを寄越してくるのか理解に苦しんだ。けれど、後になって僕の母が生徒間で顔を合わせての直接の謝罪を、断固拒否していたのがわかった。特に山本とは距離を置かせて絶対に関わらせない様にと、学校側に強く申し入れていたのだった。  愕然としながらも、これで何ひとつ山本の口から真実を語られることのないまま、僕と山本の関係は唐突に終わりを迎えるほかなかった。  事実が明るみになるにつれて、僕はますます周りから孤立した。リンチの現場に赴いて一年生を守った。と言えば一見聞こえは良いけれど、元々が軟弱で地味な存在である僕は、「なぜ本田はあの場所にいたんだ?」とクラスメイトから疑惑の目を向けられることになった。周りは僕について有る事無い事、噂を立てた。そのうちに『得体の知れないキレたらヤバい奴』と勝手にレッテルを貼られて、クラスでは腫れ物扱いされるようになってしまった。  僕は自分の存在を消すことにした。もう全てがどうでも良くなっていた。否定するのも面倒くさい。とにかく疲れて、感情を表に出す事自体が億劫になっていた。  学校で問題を起こした僕に、母はもう何も言わなかった。あんなに悲鳴を上げて怒り狂っていたのに、僕の『正体』がわかった途端、借りてきた猫のように大人しくなってしまった。  ただ、母は表立って騒がない代わりに、有無を言わさぬ圧力を僕にかけ始めた。  あんなに必死で勉強して入学を勝ち取った、この中高一貫校を離れて、突然の高校受験を余儀なくされた。志望校は母が勝手に決めた共学校だった。その上、高校入学にあたっての健康診断と称して、精神科の受診までさせられた。思春期特有の悩みとしてカウンセラーに根掘り葉掘り質問された時間は、拷問にも等しかったのを覚えている。  あの日以来、僕は家の中で『病人』になってしまった。母から見た息子は病気なのだ。   「良い学校と信じて貴方をあの男子校へ無理に通わせていたこと、本当に申し訳なく思ってる。共学が心配だなんて思わず、たかちゃんの行きたかった学校に通わせるべきだったとお母さん、後悔しているの。たかちゃんが大人になる過程で悩み事が沢山あるの、分かっているわ。病院の先生が言うにはね、思春期には《そういう時期》があったりするものらしいの。安心してね。治るものなのよ。貴方のその病気は」    病気は治るもの――    そう告げてきた母の声色は少しだけ裏返り、指先が小刻みに震えていた。新しい高校の入学式の後、家に着くなり母は今にも泣き出しそうな顔をしながらそう話しかけてきた。  言葉が出てこなかった。  もう、無理だ。僕の口からはこれ以上は何も言えない。意見や反論どころか、説得すらも出来ない。とにかく僕の口から否定的な言葉を、母へ向かって言ってはいけないのだと理解した。母の中で、僕の性自認は『病気』である事が確定してしまっていた。彼女の意に沿わない言葉を口にすればするほど、病気が進行してしまっていると捉えられるだけだった。  辛い。ただ、ひたすらに母と居るのが辛い。  帰るべき場所で居場所であるべき実家は、僕にとって地獄ともいえる空間となった。母が普通に振る舞えば振る舞うほど、いつでも、どんな時でも母の手中に自分が掌握されている――そんな気配が纏わりついていた。次第にそれは家の中だけでなく、学校に行っている間でも感じるようになっていた。どこかで監視され、自分のふとした思考を読まれているんじゃないかと。時折感じる同性への昂りが卑しいものと蔑まれ、糾弾される。そんな恐怖が常に付き纏う。  もう、僕は嘘で塗り固めた人生を歩むしか道は無い。母の言う『普通』でさえ居れば、この恐怖と重圧から逃れられる。母だけじゃない。誰からも自分を否定されずに済むじゃ無いか。サッカー部の倉庫で、涙を溜めた山本の姿が鮮明に脳裏に浮かんだ。  もう、二度と会うことはない、僕の初恋の人。  恐らく僕は、君を忘れようにも忘れられないだろう。だから、忘れた振りをして生きてゆくよ。君のことなんて、大嫌いになる。君が今、どうしてるかなんて気にもかけない。魂の抜けた、中身が空洞の人形みたいな『本田崇人』として僕はこれから過ごしてゆく。理想や希望なんて、もう1ミリだって持ちやしない。  僕を理解して愛してくれる人――これからの人生にそんな人は絶対に現れない。例え僕に心から愛する人が現れたとしても、その人に本物の僕を受け入れてもらえる事は、有り得ないだろう。        

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