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第12話 不思議なクリスマスパーティー

 『昨夜はありがとう。ご家族の方が無事でありますように。落ち着いたら連絡してもらえると嬉しいな』  崇人は簡潔にリョウへメッセージを打った。  昨夜は正直、離れ難い気持ちの方が強かったけれど理由が理由だけにどうしようもなかった。『落ち着いたら』なんて余裕ぶってはみたけれど、本当は直ぐにでも彼からの返信が欲しい。貰えた暁には、その場から飛んで会いに行きたいぐらいだ。  今年のクリスマスイブは土曜日。リョウは飲食業界で働いているのだから、当日は絶対に忙しいのはわかっているけれど、イベントにかこつけて少しだけでも良いから会えないだろうかと、どうしても期待してしまう自分がいる。  今までクリスマスなんて自分にはどこか他人事のように思っていたけれど、意中の人が出来たとたんにこんな気持ちが湧いて来るのだから、我ながらチョロい。  休日出勤を余儀なくされた、閑散とした生徒のいない静かな学校。崇人は職員室のデスクの上に置いたスマホを事あるごとに気にしながら、パソコンを叩いて仕事をしていた。四六時中、リョウからの返事を期待して待っているなんて、我ながら乙女だな。と、思わず独り勝手に笑みが溢れた。そんな事を考えて浮かれながらも、複雑で困惑する気持ちは常にどこかにあるのに。  リョウの事をもっと色々知りたいし、あわよくば自分へも関心を持って欲しい。でも、それには僕の本心を曝け出さなければ前に進めない。また山本の時の様に、勘違いして歯止めが効かなくなるのが怖い。  大人になっても変わらない。僕はずっと自分自身に臆病で、恋愛が何かなんて、まるでわかっていないままだ。それなのにやっぱり諦めきれず、『特別な誰か』を欲しがってしまうのは、孤独の寂しさから来るものなのか何なのか。ずっと答えは見つけられずにいる。  ********* 「フゥ!お前、大丈夫か?」  病院に駆けつけたリョウは病室のベッドに腰掛けるフゥの姿を見て目を丸くした。  交通事故に遭ったと聞いていたのに、右腕に大きな絆創膏を貼っていただけで元気そうにピンピンしていた。 「リョウ〜〜〜!こんな時間にごめんなさいね。緊急連絡先にあなたの電話番号を書いたから、看護師さんが心配して連絡取ってくれたのね。見ての通り、アタシは元気よ!安心して。幸か不幸か、幸いにも擦り傷程度で済んだの」  フゥは負傷した腕をさすりながら申し訳なさそうに謝った。視線をあげると、ベッド越しに見たことの無い男がフゥに寄り添って立っていた。誰だ?とリョウは困惑した。それもそのはず、その男はえらい伊達男で独特の雰囲気のある人物だった。東洋人ではあるが、どこかエキゾチックな顔立ちをしていて、清潔でまっ白な歯を見せながら笑顔でリョウに握手を求めてきた。 「お会いするのは初めてですね。フゥのボーイフレンドのアレックス・タオです。リョウさんの事は彼から色々聞いています。こんな形ですが、お会いできて光栄です」  流暢な日本語でスラスラと自己紹介をしてきた。彫りの深い目元に、すっと伸びた高い鼻梁。短く刈り上げられた黒髪のツーブロックヘアを整髪料で撫で付けたヘアースタイル。筋骨隆々のエリート欧米人のような体躯をしている。そして何よりも背筋をピンと伸ばして胸を張った自信に満ち溢れているその姿は、彼が只者ではないと暗に示していた。リョウとはまた違ったタイプの男前だ。 (こいつがフゥの言ってた彼氏かよ……いやいや、意外が過ぎるだろ!外国人だなんて聞いてないぞ!)  フゥのタイプは二丁目にいそうな、いかにもゲイらしいと言ったら語弊があるかもしれないが、フゥ自身と似た雰囲気の男達だったので、いつもの好みとあまりにかけ離れた容姿の彼氏が突然現れた事にリョウは思わず面食らった。こんな形で思いもよらない人物に対面するとは全く頭になかったので、いつも冷静沈着なリョウでさえ思わず言葉を失いかけた。 「あ、ああ……。お噂はかねがね。初めまして。ところで、何だって事故に遭ったんだよ?」 「それがねぇ、今日はお店が凄く混んでてんやわんやだったの。何とか乗り切れたのは良かったものの、疲れて注意力が散漫だったみたいなのよね……帰り道で右折してきた車を避けて端に寄ろうとしたら、自転車で転けたのよ」 「は?交通事故じゃなかったのかよ?」 「転けた弾みで頭打っちゃってねぇ。車にはぶつかっていないんだけど、対向車のドライバーさんが焦っちゃって。すぐ救急車呼ばれて運ばれて来たって訳なのよ」 「そうか。でも頭打ってるんだろ?痛みとか気分悪いとか、体調は大丈夫なのか?」 「大丈夫よ〜!この豊満なナイスバディがアタシ自身を守ってくれたわ。それに、アレックスがすぐ来てくれたからもう痛みなんて吹っ飛んじゃった♡」  そう言うと、フゥはアレックスに寄りかかって嬉しそうに彼の手を握った。 「今夜は私がフゥに付き添わせてください。フゥに何かあったらと思うと……oh my gosh……!気が気じゃないです」   アレックスは胸に手を当てて、大袈裟に首を横に振った。熱々の二人の姿を見て、リョウは何だか拍子抜けした。頭を打っているので念のため検査入院をする必要があるから、今夜は病院で過ごすという。 「何かあったら直ぐに連絡しろよ!」とリョウが言い残すと、アレックスが「私の連絡先です」と名刺を渡して来た。とにかくフゥが無事で良かった。ほっとしながら病院を出た。帰り道を歩きながらダウンのポケットに差し込んだ、貰った名刺を取り出して目を通す。 『Golden Trade Co.Ltd 東京支社 太平洋アジア統括本部 代表取締役 Alex. E. Tao』  リョウは頭の中で会社名を反芻した。  貿易会社?零細企業なのか?聞いた事のない社名だった。それにしてもえらいもったいぶった肩書きしてんな。  あの男。一見、人当たりの良い人物を装ってはいるけれど、絶対に一般人じゃない。醸し出す雰囲気がどこか鋭利な刃物のようで、全く隙が無かった。  それに何よりも、まるで『笑顔のお手本』とでも言うような、自信満々に口角を上げて大袈裟に微笑む姿は、胡散臭さこの上無いとリョウは感じていた。 「ったく、大丈夫かよアイツ……」  久しぶりの恋愛に浮かれた姿のフゥを思い出して、お節介にも心配になってしまう。  時計に目をやると、深夜1時半を過ぎていた。なんだか今日は色んな事がありすぎて目まぐるしかった。崇人はもう眠っているだろうから、明日連絡しよう。疲れているはずなのに、鬱々としていたここ最近の気持ちが嘘のように晴れていた。  誰かに心を揺さぶられるなんて、誠志郎さんと出会って以来、初めてだ。この感情にまだはっきりと名前は付けられないけれど、自分の中の小さな変化に、誠志郎さんを失ってから止まっていた時間が動き出したような気がしてならなかった。 『リョウ、お前は本当に自分に不器用な奴だよ。いつかその余裕綽々なポーカーフェイスを見事に崩してくれる誰かにめぐり逢えたら、お前はどうなるんだろうなぁ。案外、嫉妬深ぇ腰抜け野郎になるかもしれねぇな』  いつだったか誠志郎さんが笑いながら俺に言った言葉をふと思い出した。  俺は自分の感情に鈍感で、他人に対して勝手にこうだと決めつけて自己完結しようとする。相手をよく知る前に個人プレーに走り出すその癖を止めろと何度も注意された。自分ではそんな風に接しているつもりはなかったから、そう言われて納得いかなかったけれど、確かに人間関係を構築するのを意識的に避けてきたせいで、今更ながら崇人にどう向き合えっていけば良いのかわからない自分がいる。  誠志郎さん亡き今、俺が本音で話せて信頼できる人間は二人だけ。フゥと新堂しかいない。親兄弟でさえ断ち切って来たのだから尚更だ。崇人へ芽生えた自分の中の新しい感情に戸惑いながらも、悪くない気分だった。帰り道でほくそ笑みながらそう思うと、リョウはあくびを掻きながら自宅のドアの鍵を回した。  ********  ――仕事が終わるのが24時近くなると思うけど、それでも良ければ。その日は貸切営業してるからこの店で待っていて欲しい。21時には入れるから。身内の店だから気軽に来てもらって大丈夫。  la table F  東京都新宿区新宿1-××-×  西グランドビル2F  070-××××-××××  何度かやり取りした後、リョウから店のURLと共にこんなメッセージが送られてきた。  恥ずかしさと葛藤しながらも、思い切って24日に会えないか聞いてみて本当に良かった。クリスマスイブに会いたいなんて、かなりベタすぎるアプローチかなと、覚悟してメッセージを送った割には一日中そわそわしながら返事を待っていた。リョウからの返信を見て嬉しさのあまり、思わず「わ!」と声が上がった。忙しいのに無理させてないかと一瞬不安にも思ったけれど、今はまた会える嬉しさの方が勝る。  クリスマスプレゼントは何にしよう。  崇人は年甲斐もなく幼い子供のようにはしゃぎながら、カレンダーに大きくペンで印をつけた。イブへの期待に今から胸の内が嬉しさと甘い緊張でトクトクと脈打った。  ********    シンプルな看板の前から漂う、鼻をくすぐる美味しそうな匂い。緊張でお腹はあまり空いていないはずなのに、思わず腹の虫がぐううと鳴ってしまう。リョウから送られてきたURLを頼りに訪れた店は、繁華街から少し外れた場所で、飲食店が点々と立ち並ぶビルの2階にあった。   『la table F』――ここだよな。  深夜営業をしていると言っていたから、てっきり明るく賑わうBarみたいな所だと思っていた。店からは柔らかい灯りが洩れて、優しい雰囲気を纏っている白を基調とする、こじんまりとした素敵なレストランだった。緊張でガチガチになりながら来たこともあって、予想とは違った店の外観に思わず目を見張ってしまう。  温かみのあるダークブラウンの木製のドアをゆっくりと開いて、崇人は恐る恐る店内を覗いた。 「あらー!いらっしゃいませー♡」  ドアを開けると同時に少し甲高くて、甘ったるい口調の声が崇人の耳をつんざいた。  キラキラしたホリデーシーズンの装飾が施された店内にはクリスマスソングが控えめに流れ、見た目からして美味しそうなオードブルが手付かずのままずらりと並べられていた。 「あの……」 「お待ちしてたわよー。あなたが噂の崇人くんね!初めまして。この店のオーナー兼シェフのフゥよ♡リョウから話は聞いてるわ。さ、入って入って!」  恰幅の良い、とにかく元気なフゥが興味津々に目を輝かせながら崇人を出迎えた。  思いっきりオネェ丸出しのフゥの登場に、崇人はまたしても驚いて言葉を失った。状況に考えが追いつかないままカウンター席に案内され、言われた通りに大人しく座る。  店にはフゥの他にやたらオーラのある男前の外国人がカウンターのコーナーに座っていた。ニコニコと満面の笑みで「Hi!」と白い歯を見せて陽気に挨拶をしてきた。キッチンにはエプロンをかけて料理を作る、溌剌とした大学生くらいの若い男の子が笑顔で会釈をしてくれた。 「みんなであなたの事を今か今かと待ってたのよ〜♡今日は気の知れたメンバーだけだから、気楽に過ごして頂戴ね♡」    崇人のハーフコートを受け取りながら、優しく声をかけてくれた。「自己紹介していきましょうよ!」フゥは誰よりも盛り上がってキャッキャッとはしゃいでいた。 (この人たちは、リョウの友達……?)  孤高の雰囲気を醸し出していたせいか、リョウの周りにこんな賑やかな面々がいるなんて何だか不思議な感じがしてならなかった。  全くと言っていい程、僕はリョウのことを知らない。けれど、少なからずリョウと僕は『誰にも理解されない自分にしかわからない痛み』を持ってる人だと出会った時から感じるものがあったのは確かだ。でも、それは僕が勝手に思い込んでただけで、勘違いに過ぎなかったんだ。彼の周りはこんなにも明るくて温かい。  リョウのせいではないのに、崇人の中に一抹の寂しさのようなものがチクリと一瞬、胸を刺した。  しばらくすると再び店のドアが開いた。上等なスーツをビシッと着込み、髪の毛をオールバックに撫で付けた神経質そうな顔つきのメガネをかけた男が入店してきた。 「こんばんは。遅くなってしまって申し訳ない。――あれ?僕が最後かと思ったけど、何だ。肝心の『良次郎(りょうじろう)』がいないじゃないか」  一見、冷酷そうな雰囲気を醸し出していたその人は、意外なほど柔らかく顔をくしゃりと崩して微笑みながらそう言うと、崇人の隣に腰掛けた。 「そうなのよ!あの子ったらいつ終わるのかしら。片付けなんてさっさと武井に押し付けて来たらいいのに!」  その人はフゥの発言を聞いて、コートを脱ぎながら穏やかな低い声で笑った。崇人の方へスツールを回して体を向けると、目を細めてまたニコリと微笑んだ。 「初めまして。新堂悠一(しんどうゆういち)です。良次郎とは高校の同級生なんだ。と言っても、親しくなったのは社会人になってからだけどね」  きちんと切り揃えられた爪に、傷や汚れひとつない美しい手を差し出して崇人へ握手を求めた。自己紹介をすっかり忘れていた崇人は皆を見回しながら慌ててしゃべりだす。 「皆さん初めまして。本田崇人です。僕は今日のこと、実は何も知らなくて……。リョウからこちらのお店で待つようにとだけ言われていたので、ちょっとびっくりしています。あの、でも、皆さんにお会いできて嬉しいです!」  はにかみながら崇人は照れ臭さそうに微笑んだ。 「えぇ!ちょっと待って!今日は仲間内でクリスマスパーティーだってリョウはあなたに伝えていなかったってこと?まぁ、あの子ったら!言葉が足りないにも程があるわ!それじゃ、びっくりしたでしょ。急にこんな訳の分からない濃ゆいメンバーに囲まれて!あらやだ。ごめんなさいね〜」  フゥは大袈裟なくらいのリアクションで驚いて叫んだ。 「まぁ、アイツはそういうとこあるよな」  新堂は右眉を吊り上げて困ったように苦笑いしながら答えた。 「リョウを待っていたら朝になっちゃうわ!気を取り直して、さぁ。先に乾杯しましょ!」  アレックスおすすめのとっておきよ!と、フゥはよく冷えたシャンパンの栓を勢いよく開けてグラスに注いだ。シュワッときめ細かい泡がたって、綺麗なゴールドの色が上品にグラスの中で揺らいだ。

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