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第29話 本心と理性と感情と【R18】
「――リョウ」
無意識のうちに名前を口にしていた。予期せぬリョウの来訪に、崇人はまるで時が止まったように体を強張らせて固まってしまった。
「崇人、話がある」
今まで見せたことのない真剣な表情だった。はっきりそう告げると、リョウは崇人の手を無理に引っ張って席を立たせた。
「フゥ、色々悪いな。ちょっと崇人連れて帰る」
返事も待たずにそう言い放つと、食事も投げ出して二人で足早に店を出て行った。背後から「仲良く話し合うのよ!」とフゥの叫ぶ声が聞こえた。
強い力で握りしめられた手。
無言のまま、リョウの家まで引きずられるようにして連れて行かれた。これから何の話をされるのか怖い気持ちと同時に、久しぶりに触れたリョウの手から伝わる体温が、崇人の体を火照らせる。そんな不謹慎な事を感じてる余裕なんて実際ないだろうと思いつつも、邪な気持ちが複雑な感情と混ざりながらどうにも湧いてきてしまう。
玄関で無造作に靴を脱ぎ捨てて部屋に入ると、リョウは無言のまま崇人の胸を軽く押してベッドに座らせた。それからスツールを運んで来て、目の前に静かに腰掛けた。相変わらず押し黙ったままのリョウは一体何がしたいのか分からなかった。この気まずい張り詰めた空気の中、彼の長い沈黙が不安と緊張をさらに倍増させる。崇人は目眩がしてきて、吐き気すら覚えた。
(怖い・・・何か言ってくれよ・・・)
目の前にいる至近距離で対峙したリョウは、悩んでいるようにも困惑しているようにも見える複雑な表情をしていて、話を切り出すまでにだいぶ時間がかかった。
「・・・ごめん」
彼の口からやっとの思いで言葉が捻り出された。
「俺は自分の気持ちをちゃんと言葉にしてこなかった。・・・ごめん、崇人」
少しだけ頭を下げて、節目がちにリョウは謝った。
「全てを理解してくれてると思ってた訳じゃないけど、言わなくても分かってくれてるはずだって、頭のどこかで勝手に思い込んでた」
唇をギュッと噛み締めながら、瞳が揺れていた。言葉にするのが辛そうにも躊躇しているようにも見えた。
「俺は言葉が足りないって、自分でも分かってる。周りからもよく言われる。それに、勝手に直ぐ決めつける。それが悪い癖なのは分かってる。でも、努力するよ。気持ちが伝わるように、なるべく言葉にする。だから――」
リョウは言葉に詰まった。まごつく口元を押さえて、必死に次の言葉を捻り出そうとしている。
「――だから?」
はやる気持ちを抑えられず、震える声で僕は聞いた。怖いもの見たさにも似た緊張と不安の中に、微かな期待が胸の奥底にじんわりと広がり始めた。
「――だから、上手く言えないけど・・・俺と一緒に居てくれよ。好きなんだ、崇人の事が」
聞いてるこちら側が思わず泣きそうになってしまうほど、切なくて優しい声だった。じっと見つめるリョウの熱い眼差しの中に、特別な感情を初めて言葉にした不安が見え隠れしていた。
僕は、いつも掴みどころが無くて飄々としている彼しか知らない。
でも今、目の前に居るのは間違いなく「らしく」無い事をしているリョウ本人だ。そんな姿を目の当たりにして、素直に嬉しいと感じて心が震えた。
「好きだ」とはっきり口にしてくれた。ずっとずっと、リョウからそう言われたかった。好きな人から、ただ一言だけ。その言葉を言ってもらえるのを、僕は本当にずっとずっと待っていたんだ。
崇人の目から涙が次から次へと溢れて、頬を伝って太ももの上にパタパタと落ちて服を濡らした。リョウはギョッとして立ち上がると、表情も変えず声も出さずに泣く崇人の流れる涙を、恐る恐る手のひらで拭った。その手にそっと、崇人は自分の手を重ねた。
「リョウ・・・僕も、僕もリョウが好きだ」
涙で潤む瞳で精一杯見つめながら、崇人は声を震わせてそう言った。
「僕は・・・側に居ていいの?」
「居てよ。俺の隣には、崇人がいて欲しい」
リョウは即答しながら重ねられた手を取ると、きつく握り返した。
「リョウの事が好きすぎて、ずっと苦しいんだ」
「俺もだよ」
「僕の想いが強すぎて、君は嫌になるかもしれない」
「俺も同じだよ」
何を言ってもリョウは動じなかった。視線を逸らさず、真っ直ぐに僕を見つめて力強く答えてくれた。
「会えない間、辛かった。毎日、崇人の事ばかり考えてた」
握りしめた手にそっと唇に当てた。目を瞑って、リョウは愛おしそうにその手をなぞった。肌に触れた、覚えのある唇の柔さに、崇人はビクッと身体を震わせる。
なぞられた部分がどうしようもなく熱い。溶けて無くなりそうなほどに。
うっすら瞼を開き、顔をあげて向けられた視線はいつも以上に色っぽく、昂る感情と欲望が混ぜ合わさって崇人の全てが呑み込まれてしまいそうな錯覚に陥った。その熱視線に痺れて、崇人はリョウに抱きついて感情を爆発させた。
「僕だって会いたかった!話がしたかったし、君に触れたくて仕方がなかった!もう、二度と会えないんじゃないかって思って・・・」
想いが溢れて止まない崇人を、リョウはそっと抱き寄せた。
「・・・ごめん。俺、本当に伝えるの下手だよな。不安にさせて、ごめんな」
そう言うと、崇人の頭を愛おしそうに撫でた。サラサラと指の隙間からこぼれ落ちてゆく、柔らかい薄茶色をした髪の毛。始めて出会った時も、こうして髪を掻き上げて崇人の顔を見たんだった。滑らかできめ細かい肌に、熱を帯びて濡れた瞳。形のよい小さな唇。あの時と変わらず、今も崇人に心惹かれて感情が掻き乱される。
今までで一番、丁寧で優しいキスをした。慈しむようにそっと抱きしめながら触れた唇は、粘膜が溶け合って蕩けてしまいそうだ。重なる部分が二人の想いをより強く熱を帯びて結びつける。
「崇人・・・続き、していい?」
離れがたいキスの息継ぎの合間に、リョウは遠慮がちに聞いてきた。崇人は上目遣いの熱視線でじっと見つめてから、自ら勢いよく唇を再び重ねた。舌と舌がより深く絡み合って、唾液が混ざり合う。唇の端から唾液の糸が細く垂れてツーッと崇人の首筋に流れた。
「――っ、遠慮なんて、しないで・・・」
息も絶え絶えに、崇人は興奮を抑えきれずに答えた。セックスの最中に度々見せる、あの固く目を瞑って何も見ないようにする素振りはなかった。むしろリョウが欲しくて欲しくて堪らないと、全身から声を出して発しているようだった。
「好き・・・大好きだよ・・リョウ」
「俺も」
気持ちが溢れて止まらない。お互いがお互いに夢中になりすぎて、感情が追いつかない。
本能のままに服をバサバサと脱ぎ捨てて、二人でベッドに雪崩れ込んだ。興奮と緊張と昂る欲望。その全てが混ざりあって頬を赤らめながら、素直に自分を欲してくる崇人が愛おしくて堪らない。好きな人から同じ熱量で好かれる喜びと嬉しさを知ってしまったら、もうこの気持ちを抑える事なんて出来ない。胸が張り裂けそうなほど苦しいのに、じんわりと温かくて甘い。初めての不思議な感覚だった。けど、嫌じゃない。戸惑いもない。目の前の崇人の事だけしか、今はもう考えられない。
「好きだよ、崇人」
崇人の前髪をゆっくり掻き上げながら、愛しさを噛み締めるような表情でじっくりと顔を眺めながら伝えた。少し低くて気怠いその色っぽい声で「好きだ」と耳打ちされると、全身に電流が走ったようにビクビクと反応してしまう。覆い被さるリョウから見下ろされる熱視線と相まって、身体がいつも以上に火照って暑い。
「崇人、崇人・・・」
何度も名前を呼ばれながら、リョウの手が、唇が、崇人の敏感な部分に触れる。まだ数える程度しか彼とベッドを共にしていないのに、自分でも知りえぬ『特別な場所』をリョウは既に知っている。
触れられる度に、震えるほどの快感が絶え間なく押し寄せてきて、直ぐに蕩けて恥ずかしいくらいにグズグズにさせられてしまう。熱い吐息と一緒に、耳元で羞恥にあえぐ今の僕の姿を囁きながら、リョウの綺麗な指で後ろの孔を広げながら挿し入れられて、掻き混ぜられる。乳首が興奮でより赤く色づいてプクッと膨れると、抱き合う彼の肌に擦れる度にジンジンする感覚がどうにもこそばゆくて、いやらしくて、恥ずかしい。
好きな人になら、リョウになら、何をされてもいい。羞恥よりも触れられる喜びが勝る。
離れたくない。離さないで。僕だって離れない。
吸い付き合う唇の粘膜は痺れてもう感覚が消えていた。お互いの舌が深く絡まる唾液の味はもう、どちらのものか分からない。孔の入り口を擦ってなぞって、ツンツンと触れるリョウのいきりたったペニスは、早く僕の中へ入りたくて血管を浮き上がらせながら筋張って、いつも以上に大きく膨らんで硬く勃起していた。鈴口から溢れる興奮と期待に満ちた透明な液が、秘所に触れてヌメッと垂れて糸を引く。その様子が更に僕の胎の奥を熱く疼かせて止まない。
今はただ、リョウだけを感じていたい。全ての事を忘れて記憶に蓋をする。五感だけを研ぎ澄ませて、全身でリョウを享受する事だけに集中するんだ。好きな人に愛されているとわかるセックスが、こんなにも気持ちが悦いなんて知らなかった。
――僕がずっと欲しかった、憧れてやまなかったこの情熱と昂る感情。絶対に乗り越えられないと諦めていた高い壁を飛びこえて、リョウは真っ直ぐに僕の元へとやって来てくれた。
お互いに想い合いながら激しく愛し合うこの行為は、今日が最初で最後だったとしても、僕はずっと忘れない。ずっと記憶に、心に秘めておくよ。
ありがとう、リョウ。好きだよ。君が大好きだよ。――そして、さようなら。
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