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第4話

家にいたくなくて、何も考えずに湊と一緒に出てしまった。 先ほどの事もありどんな顔をして話をすればいいのか。 ひんやりとした空気が肌に纏わりついて頬を濡らすように思えた 「湊、さっきは…」 「謝らないで」 「え?」 「それを聞いたら僕は君を許さなきゃいけないでしょ。 さっきも言ったけど、僕は大丈夫だから」 「…でも」 「お願いだから謝らないで」 店先の明かりが、立ち止まった湊を照らした。 何かを飲み込むように目を伏せ、それから顔を上げた湊の瞳がまっすぐ俺を射抜いた。 「謝られてしまったら、僕はあの人の代用品だと認める事になるじゃないか…」 俺を見つめる湊の瞳が微かに潤んでいるように見えた。 その姿を見た瞬間、喉が何者かに掴まれたように詰まって、言葉が出てこない。 「…ちが…」 ようやく絞り出した言葉と同時に、コツ、コツ、とヒールの音が響いた。 その音とともに冷たい夜気が俺たちの頬を撫でる。 湊が振り向くよりも早く、声が落ちた。 「誰が誰の代用品だ?」 「……」 ――(ゆかり)さん。 湊の母親だ。 その声には柔らかさなど微塵なく、怒りよりも冷たさがあった。 いつもと変わらない口調のはずなのに、背筋が凍る。 「湊、もう一度言ってみろ。……産みの親の前で言ってみろ」 鋭い視線とともに、静かに言い放つ言葉が空気を裂く。 湊が一瞬で言葉を失い、俯いた。 紫さんの視線に耐え切れず視線を逸らした湊を一瞥し、俺の方へ顔を向ける。 「蓮、お前が何かをしたのか?」 「母さん、蓮は何も……」 「湊、お前には聞いていない」 黙れ、と言わんばかりの鋭い言葉に湊が口を噤む。 圧倒的な威圧感を持って俺たちを見つめる。 時が止まったような沈黙。 どれくらいそうしていたのだろうか。 車道を走る車の音で、再び時が流れ始めた。 紫さんは何も言わない俺たちを見て、盛大なため息を吐く。 手に下げていたスーパーの袋を湊へ差し出すと、湊がそれを受け取る。 「帰るぞ」 短い一言が、静寂を断ち切る。 俺へ背を向け歩きだす紫さんへ湊が口を開くが、言葉にならず視線だけが揺れた。 「母さん…」 「今はいい。 行くぞ」 拒否権のない言いように湊は紫さんの後を追うようにゆっくりと歩きだす。 数歩進んだところで紫さんが立ち止まり、振り返らずに俺へ言葉を投げかける。 「蓮、お前も少し冷静になれ」 その言葉に何も答えられず、追いかけようとした足は震えて動かない。 俺は立ち尽くしたまま、夜の光に溶けていく二人の背中を見つめる事しか出来なかった。

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