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第5話
乱暴に閉められる玄関の扉の音が自分の気持ちとどこかリンクしているような気がする。
母さんが面倒くさそうに鍵をダイニングテーブルに放り投げた。
その荒々しい音を聞いて父さんが部屋から出てくる。
「なんだ? 穏やかじゃないな」
「どうもこうもない」
盛大なため息を吐きながらソファに腰かける母さんと、ただ黙ってスーパーの袋の中身を整理する僕とを交互に見て、何かに勘付いたのか、父さんが眉を顰めた。
「あそこのバカ息子か」
母さんが怒りを露わにする父さんを手で払う。
「お前が出ると話がややこしくなる」
「俺たちの息子の事だろ」
「湊はもう高校生だ。まもなく我々の手を離れる年だ」
「まだ庇護下にいるべき年頃だ」
「確かにそうだな。だが、この問題は湊自身の問題だろうよ」
母さんが両腕を広げてソファの背凭れに投げ出し天井を仰ぐ。
「まったく。お前の血筋は厄介だ」
当惑していると言わんばかりの言い方だが、人の悪い笑みを浮かべ父さんを見る。
「そういうなよ」
母さんの態度に申し訳なさそうに肩をすくめて言う。
その会話のやりとりを聞いて、僕が完璧に隠していたと思っていた感情がばれていたという事に気付いた。
「とりあえず、私と湊で話をする。お前には後ほど連携するから、仕事を片付けてこい」
母さんの言葉に渋々といった感じで部屋に戻る父さんを見送る。
「さて、湊」
投げ出していた腕を戻し、ソファの前にあるテーブルをコッコッと指で叩いた。
傍に来いというサイン。
彼女の隣に腰を下ろす。
「うん」
「自分で何を言っていたか分かっているのか?」
「……うん」
「私は誰かの代用品を産んだ覚えはないぞ」
「……うん」
「お前はこの世でただ一人の人間だ。唯一無二の存在だ」
「……」
「それを代用品だと? ふざけるな」
「…ごめんなさい」
「お前があいつの事をどう思っているのか薄々気付いてはいたが…そこまでだったとは…迂闊だった」
母さんがうなだれながら目頭を押さえ、何度目か分からないため息を吐いた。
「僕もどうしたらいいのか…」
ようやく絞りだした声が思ったより弱々しい。
母親に自分の心情を伝える事がこんなにも苦しく辛いものだとは思わなかった。
「泣くな」
自分の視界の光が揺らぐ。
そして揺らいでいた光が筋となって頬を伝う。
「…うん」
それを見て、母さんが僕の肩を抱きよせる。
「……湊、神ですら感情に手を加える事が出来ん」
「うん」
「神ですらできない事を親がどうこうできるはずがない」
「……」
「結局、自分の感情に始末をつけるのは自分だけだ。我々は何もしてやれない。だが、お前を傷つけるものは全力で排除する」
分かったな、と真剣な眼差しで言うと、ふ、と笑ってソファから立ち上がり、時間がないから夕飯は冷凍食品にする、と宣言してキッチンへ行ってしまった。
部屋の灯りを消してベッドに沈み込む。
カーテンの隙間から漏れる街の光が、天井に揺れている。
目を閉じても、母さんの声が耳の奥で響いている。
――「私は誰かの代用品を産んだ覚えはない」
不器用な母さんらしい言葉だと思う。
僕を守ろうとしての言葉だ。自分で吐いた言葉で、誰よりも自分が傷ついている。
「僕は代用品じゃない…」
そう呟いたところで、鏡を覗けばあの人の“影”が映っている。
蓮が僕を見るたびに、僕を通してあの人を見ている事が分かってしまう。
――唯一無二の存在。
母さんの言葉は救いだ。
でも、それを素直に受け入れられない自分がいる。
毛布を引き寄せて顔を埋める。
蓮の匂いがするような気がした。
欲しいのは、蓮が僕を僕として見てくれる事。
ただそれだけ。
それを望むたび、僕の大切な人達を傷つけてしまう。
震える蓮を思い出す。
「…ごめんね…」
誰に言うでもない言葉を口にする。
明日はちゃんと笑えるだろうか?
小さく笑おうとしてうまく笑えなかった。
そんな事を考えながら意識を手放した。
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