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第6話

湊たちを見送ってから、どれくらい時間が経ったのか分からない。 軽く夕飯をとり、リビングでぼんやりとしていると、時計の秒針の音だけがやけに大きく聞こえる。 その向こうから、晴臣さんと冬真さんの笑い声が薄く届く。 寝室で談笑しているのだろう。 そのたび、胸の奥を錆びた釘で打たれたような感覚が走る。 あの二人の作った「家族」という檻の中に囚われているような気がした。 俺はいま、どこにいる。俺のいるべき場所は、どこだ。 月の光のように優しく微笑みかける冬真さんは、父親というより母親や姉という存在に近かったのかもしれない。 いつしか、その視線も、彼の存在も、全部、俺だけのものにしたかった。 いろいろな表情が見たい。いろいろな声を聴きたい。そんな欲が俺の中に居座るようになった。 いつも柔らかい表情で、俺を見てくれていた。 そんな彼と初めて湊の家に行ったとき。 ――蓮、湊と仲良くね。 祈りのような呪いをかけたのはあの時だ。 俺を安心させる優しい仮面をかぶり、そっと抱き寄せて言ったのを今でも覚えている。 ――はい、冬真さん。 何も知らない俺は頼られたような気持ちになって胸を張って答え、冬真さんが嬉しそうに笑っていた。 そして湊を見た瞬間―― 湊の言葉が頭の奥で反響する。 ──僕があの人の代用品だと認めることになるじゃないか あいつの言葉を否定できなかった。 それがなによりの証拠だ。俺が一番よく知っている。 もう少しで触れられる距離にあった湊の唇が目に浮かぶ。 触れたら壊れると理解しているのに、あの瞬間、すべてがどうでもよくなった。 ――いっそ壊れてしまえ。すべて崩れ去ってしまえばいい。 そう思って湊の肩に手を置いた。 湊は気丈に振る舞っていたが、怯えた色を湛えながら俺を見ていた。 「僕なら大丈夫だから」 あの言葉の意味は何だった? 俺は怯えている湊の中に誰を見た? 何もかもが歪んで見える。 ああ、この場所はあの人たちの匂いがして、頭を麻痺させる。 重くなった頭を垂れて自室に戻ると、ベッドに倒れ込む。 「……湊」 名前を口にした瞬間、あいつの匂いが漂う。 罪悪感と欲望が俺の中で溶け合っていく。 俺は何を追い求めているのか、分からなくなる。 スマホを取り出し、メッセージツールを開く。 画面には「湊」の文字。 名前を見ただけで、息ができなくなる。 今、あの声を聞いたらダメだ。 意味のない文字を入力しては消すのを繰り返し、結局なにもせずスマホの画面を消した。 そこに映るのは、俺ではない誰かだった。 「俺は誰だ? 俺も誰かの代用品なのか?」 渇いた声が聞こえたが、誰の声かも分からない。 ――湊、俺は―― もう普通には戻れない。お前にどんな顔をしたらいいのか分からない。 朝を迎えるのが怖い。救いを求めるように、あいつの匂いの残る毛布を抱きしめた。

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