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第10話
――ちゃんと僕を見て
逆光の向こうで。湊は俺を見据え、はっきりと口にした。
俺の弱いところを、的確に言い当てる目だ。
見透かされている気がして、指先から体温を奪われていく。
差し出された手を握り返したのは、ほとんど反射的だった。
それを放したくない――ただ、その一心だった。
「俺がお前を見ても何も変わらないか?」
「不変のものなんてないよ。世の中は常に変わり続けている。それは君が望もうと望まないとしても」
「……」
「さっき言ったとおり、僕たちの関係は、これから二人で作っていくんだ」
「……俺は、お前を選ぶ資格があるのか?」
湊の手を取りたい、でも、その手を取ってしまったら世界が音を立てて崩壊する恐怖。
握っていた手を離そうとすると、それを拒むかのように軽く力を入れられる。
「蓮、逃げないで」
もう一度、はっきりと言う湊を見ることが出来ない。
相手は覚悟を持って挑んでいるのに、俺は――。
「どの選択をしたとしても、君の選択は間違っていないよ」
諭すように言う湊に、あの人の影が重なる。
――違う。
この影は湊の中にあるものじゃない。俺の内側に根を張り巣食っているもの。
怖い、変わることがこんなにも恐ろしい。
視界がかすむ。救いであるはずの湊でさえ、色褪せていく。
――俺は何も選ぶ資格がないのでは?
もう、言葉を発さず、世界を見ないで生きていくことが最善なのか。
ぼんやりとそんな考えが支配し始めた頃、遠くで犬の鳴き声が聞こえた。
自転車のブレーキの甲高い音。
子どもたちの元気な声の別れの挨拶。
その音が、深みに嵌っていた俺を現実に戻してくれた。
色褪せていた湊がはっきりと見えた。
今まで向き合っているつもりで、俺は逃げ続けていたのかも知れない。
「湊、ごめんな」
「うん」
「俺、ずっと逃げてた」
「……」
「お前の気持ちも分かってた。それを受け入れる事が怖くて逃げてた」
「……」
「もう、逃げない」
「ちゃんと、お前を見るよ」
握っていた手の温度が、ゆっくりと戻ってくる。
もう、大丈夫だと言うように、そっと手を離すと湊が安心したように笑う。
「うん」
ベンチから腰を上げ、湊を見つめる。
「だから、もう少しだけ時間をくれるか? ちゃんと向き合う準備をしたい」
湊は何も言わない。ただ、小さく頷いてくれた。
ひんやりとした風が俺たちの間を抜けていく。
「……帰るか」
俺なりの覚悟をもって言うと、湊もベンチから腰を上げる。
「うん、帰ろう」
「湊、ありがとうな」
「ううん。僕も久しぶりに本当の君に会えた気がして嬉しかった」
嬉しそうに笑う湊の鼻が少し赤くなっていた。
寒さなのか、それとも違う要因なのか。
俺にはそれを知る事は出来なかった。
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