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第11話
蓮と会ってからどの位時間が経っただろう。
家の用事があったり、文化祭の準備があったりして、連絡を取ることがなかなか出来なかった。
あの時はまだ日中の暑さが残っていたのに、最近では寒さを感じることが多くなってきた。
彼は、ちゃんと向き合う、と言ってくれた。
だから、僕は彼の準備が整うのを待つことに決めた。
普段通りにこちらから連絡をすれば、遅くなっても返信が来ていた。
「ごめん、寝てた」とか。
「風呂入ってた」とか。
短くても、スタンプの一つでも、画面の向こうに蓮がいることが分かれば、それだけで十分だった。
だけど、いつからか既読がつくまでの時間が伸びていった。
返事が一日に一度になり、二日に一度になり、それから数日置きになった。
それでも学校へ行けば蓮の姿を確認することもできたし、顔を見れば、軽く手を振るくらいはしていた。
自分が待つと心に決めておきながら、スマホを手に取るたびにトーク画面を開いては閉じる。
「また会えるかな?」
「元気?」
「この前の話、ちゃんと聞きたい」
どれも送信ボタンを押す前に消した。
代わりに送ったのは、天気の話や、テストの範囲みたいな、当たり障りのない言葉たちだった。
それでも返信があるうちは、まだ良かったのだと思う。
最後に返事が来てから、一週間。
ホーム画面の時計を見るたびに、その日付を頭の中で数え直す癖がついた。
「テストどうだった?」
「うちのクラスで風邪流行ってるよ。そっちは?」
「最近、会ってないね」
送ったメッセージの下には、薄い灰色の時間だけが刻まれていく。
既読の文字は、もうつかなくなっていた。
僕だけが一方的に話しかけているみたいで、見返すたびに居心地が悪くなった。
何度かトークごと消そうとして、結局やめた。
僕が君を追い詰めてしまった?
もう、嫌になった?
大丈夫、彼は時間が欲しいと言っていた。
だから、大丈夫。
そう自分に言い聞かせていたけど、学校でも蓮の姿が少しずつ薄れていった。
最初のうちは「今日は休みなんだ」くらいに思っていた。
二日続いた時は「風邪をこじらせたのかも」と思った。
だけど、一週間を過ぎたあたりから、ただの風邪では説明がつかなくなった。
廊下の先に似た背格好を見つけるたび、反射的に顔を上げる。
視線の先にいるのはいつも別の誰かで、そのたびに、立ち止まった自分だけが置いていかれた。
「そういや、蓮を最近見なくね?」
共通の友人からそう言われ、心臓が小さく跳ねた。
「湊、なんか知ってる?」
「いや……なにも聞いてない」
友人はふーん、と言って、すぐ別の話題を口にする。
いつもの日常なのに、僕だけがいつも取り残された気持ちになる。
蓮の担任に呼び止められたのは、そんな日が続いた頃だった。
「お、仲條 」
帰り支度を終え、教室から出たところを呼び止められた。
廊下に差し込む陽の色は、夕方の色をしている。
「いやぁ、突然だったよな」
「え?」
「ほら、高遠 の引っ越しだよ。俺も突然でな。しばらく登校も難しいって親御さんから連絡もらって。このまま転校ってことになるだろうけど…高遠はいい生徒だったから本当に残念だよなぁ。他の生徒には正式な手続きが済んでから言うから、まだ言うなよ」
夕日を見ながら、どこか寂しそうに言う先生の言葉が、全然頭に入ってこなかった。
転校?
誰が? 蓮が? いつ? なんで?
思考と同時に僕の時間が停止する。
先生が何か言っているけど、何も聞こえない。
「お前、親戚だろ? こっちに来ることがあれば顔を見せてくれって伝えてくれ」
「……はい」
先生に気取られないように、“親戚を気にかけてもらえて嬉しい”と分かる表情を顔に貼り付けて頷いた。
「先生にそう言ってもらえて、蓮もきっと嬉しいと思います」
ポケットに入っている鳴らないスマホを取り出してそう言うと、先生も安心した顔で僕の肩を軽く叩いた。
「帰りに呼び止めてすまなかったな、仲條 。気を付けて帰れよ」
「はい」
ああ、そういうことか。
先生と反対の方向の昇降口に向かう。
うちの両親か
冬真さんたちか
僕はいつだって外側にしかいられない。
内側に入ることができない。
誰の内側にも、入ることができないんだ。
クラスメイトの帰りの挨拶をそこそこに、家へ急いだ。
抜けていく風が、刃のように冷たく感じた。
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