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第14話
湊の言葉を受け、冬真は、腕に食い込んだ指先が白くなっていることに、自分でも気づかないほど力を入れていた。
「なにを……言って……」
かろうじて絞り出した声は、ひどく頼りない。
蓮の視線が、脳裏に浮かぶ。
ふいに向けられる、真っ直ぐな目、
「家族なんだから」と笑って流してきた、距離を間違えた抱きつき方、
それらを一つひとつ「この子は表現の仕方が分からない」「勘違いだ」と言って、片付けてきた。
――気づいていなかったはずがない。
そう認めた瞬間に、頭の中で何かが音を立ててひび割れた。
「蓮は、あなたのことが好きなんですよ」
湊は淡々と言う。その声色の平坦さが、かえって残酷だった。
「 “家族として”とか、 ”保護者として”とかきれいな言葉にすり替えられるものじゃないって、あなたが一番よく分かっていたはずです」
「……やめて」
掠れた声が自分のものだと理解するのに、少し時間がかかった。
ずっと喉の奥に何かが引っ掛かっていて、音を発するのに邪魔をしていた。
その様子を見て湊は頷きもしなかった。
「やめられるなら、とっくにやめています」
事務報告のような声だった。
少しだけ視線を落とし淡々と続ける。
「蓮と連絡が取れなくなって、もう数週間になります」
感情の色はほとんど乗っていない声色で話す。
「最初は体調を崩したのかなと思いました。
三日目くらいから、さすがにおかしいと思って、メッセージ画面を何度も見直しました」
湊の指先が、ゆっくりとテーブルの端をなぞる。
「その後は、通知音が鳴るたびに画面を見ました。
鳴らないのに何度も画面を開いて、彼の痕跡を探しました。
でも、どこにもありませんでした」
一つひとつ、淡々と積み上げていく。
どこにも抑揚がないのに、その羅列が妙に胸に残る。
「馬鹿みたいだと思いますよね。
彼はなぜ僕に連絡をしなくなったのか」
テーブルの端をなぞっていた指を握り締める。
「あの日、僕は彼の中にいるあなたを否定しました。
……僕は蓮が好きだという事をちゃんと言ったんです」
「湊……」
「僕が推測したあなたの思惑から外れて、蓮があなたを選んだ、その結果が今であるなら――」
湊の視線が、ゆっくりと冬真を捉える。
「そのことだけは、はっきりさせておきたいんです」
怒鳴り声も、涙もない。
ただ、行き場のない感情だけがそこに並べられた。
しばらく、音がなかった。
時計の針が進む音だけが、やけに大きく聞こえる。
冬真は、自分の喉が酷く乾いていることに気付いて、唇を舐めた。
何かを言おうとして口を開きかけては、言葉にならない息だけを吐く。
「……そうだね」
ようやく出てきたのは、それだけだった。
自分でも情けないと思うほど、短い返事。
「はっきりさせなきゃいけなかったのに、僕がずっと曖昧なままにしてきた」
一言ずつ噛むように、続ける。
「湊の立場も蓮の気持ちも……そして僕の都合も
どれも手放したくなくて、見ないふりをしてきたんだと思う」
湊は表情を変えない。
ただ、握りしめた手に少しだけ力がこもった。
これ以上何かを言えば、ただの言い訳になる気がして、
冬真は、それきり口を閉ざした。
沈黙が落ちて、新しい言葉はしばらく生まれなかった。
「……今はそれだけ聞ければいいです」
ぽつりと独り言のように言って、湊は息を吐く。
それ以上の言葉は出てこなかった。
時計の針の音だけが、二人のあいだを埋めていた。
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