15 / 16

第14話

 湊の言葉を受け、冬真は、腕に食い込んだ指先が白くなっていることに、自分でも気づかないほど力を入れていた。 「なにを……言って……」  かろうじて絞り出した声は、ひどく頼りない。  蓮の視線が、脳裏に浮かぶ。  ふいに向けられる、真っ直ぐな目、 「家族なんだから」と笑って流してきた、距離を間違えた抱きつき方、  それらを一つひとつ「この子は表現の仕方が分からない」「勘違いだ」と言って、片付けてきた。  ――気づいていなかったはずがない。  そう認めた瞬間に、頭の中で何かが音を立ててひび割れた。 「蓮は、あなたのことが好きなんですよ」  湊は淡々と言う。その声色の平坦さが、かえって残酷だった。 「 “家族として”とか、 ”保護者として”とかきれいな言葉にすり替えられるものじゃないって、あなたが一番よく分かっていたはずです」 「……やめて」  掠れた声が自分のものだと理解するのに、少し時間がかかった。  ずっと喉の奥に何かが引っ掛かっていて、音を発するのに邪魔をしていた。  その様子を見て湊は頷きもしなかった。 「やめられるなら、とっくにやめています」  事務報告のような声だった。  少しだけ視線を落とし淡々と続ける。 「蓮と連絡が取れなくなって、もう数週間になります」  感情の色はほとんど乗っていない声色で話す。 「最初は体調を崩したのかなと思いました。 三日目くらいから、さすがにおかしいと思って、メッセージ画面を何度も見直しました」  湊の指先が、ゆっくりとテーブルの端をなぞる。 「その後は、通知音が鳴るたびに画面を見ました。  鳴らないのに何度も画面を開いて、彼の痕跡を探しました。  でも、どこにもありませんでした」  一つひとつ、淡々と積み上げていく。  どこにも抑揚がないのに、その羅列が妙に胸に残る。 「馬鹿みたいだと思いますよね。  彼はなぜ僕に連絡をしなくなったのか」  テーブルの端をなぞっていた指を握り締める。 「あの日、僕は彼の中にいるあなたを否定しました。  ……僕は蓮が好きだという事をちゃんと言ったんです」 「湊……」 「僕が推測したあなたの思惑から外れて、蓮があなたを選んだ、その結果が今であるなら――」  湊の視線が、ゆっくりと冬真を捉える。 「そのことだけは、はっきりさせておきたいんです」  怒鳴り声も、涙もない。  ただ、行き場のない感情だけがそこに並べられた。  しばらく、音がなかった。  時計の針が進む音だけが、やけに大きく聞こえる。  冬真は、自分の喉が酷く乾いていることに気付いて、唇を舐めた。  何かを言おうとして口を開きかけては、言葉にならない息だけを吐く。 「……そうだね」  ようやく出てきたのは、それだけだった。  自分でも情けないと思うほど、短い返事。 「はっきりさせなきゃいけなかったのに、僕がずっと曖昧なままにしてきた」  一言ずつ噛むように、続ける。 「湊の立場も蓮の気持ちも……そして僕の都合も  どれも手放したくなくて、見ないふりをしてきたんだと思う」  湊は表情を変えない。  ただ、握りしめた手に少しだけ力がこもった。  これ以上何かを言えば、ただの言い訳になる気がして、  冬真は、それきり口を閉ざした。  沈黙が落ちて、新しい言葉はしばらく生まれなかった。 「……今はそれだけ聞ければいいです」  ぽつりと独り言のように言って、湊は息を吐く。  それ以上の言葉は出てこなかった。  時計の針の音だけが、二人のあいだを埋めていた。

ともだちにシェアしよう!