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第25話─蓮─

 湊の震えた声が、耳の奥に残っていた。 「……そうだね。君は僕に謝罪をしなくてはならないね」  静かな声だった。  怒鳴られたわけでもない。  それなのに、胸の奥をえぐられたみたいに痛い。    当然だ。  俺は、湊に謝らなければならない。    ずっと分かっていたはずなのに、こうして言葉にされて初めて、自分がどれだけあいつを傷つけたのかを思い知らされる。 「……ごめん」  同じ言葉しか絞り出すことができなくて、自分でも嫌になる。  そんな軽い一言で済むことじゃないのに。 「……僕は……拒絶されたのだと思ったよ」 「……」  息が詰まる。 「蓮は……あのときの……あの公園でのことを覚えている?」 「……覚えてる」  穏やかな青が鮮やかな赤を包み込む空。  逆光の向こう側で、俺を見据えている湊。 ―逃げないで。 ―僕は幻なんかじゃない、ちゃんとここにいる。 ―あるのは憧れの残滓だ。 ―そんなもの、僕が消し去ってあげる。 「だから、ちゃんと僕を見て」  泣きそうな顔をして、俺の手を握り返した湊。  昨日のことのように覚えている。  あの日、もう逃げないと決めた。  なのに……俺は……っ  あの日の約束を、自ら踏みにじった。  後悔の波に押しつぶされそうになる。 「あの時の言葉……僕はすごく嬉しかった」 「君が初めて『僕』を見ようとしてくれたんだと思った」 「……でも、違ったの?」 「……」  湊の問いに言葉が出てこない。  お互いの呼吸だけが耳についた。 「……ど……どうして、何も言わずにいなくなったの?」  湊の吐息が、言葉が濡れている。  その音を俺は受け止めなければならない。 「……怖かったんだ」 「いつだってそうだった。やっと安心できる場所を失うのが……何より怖かった」 「……」 「結局、お前に酷いことを……」 「……」 「あの後に引っ越しが決まった。でも、それは晴臣さんと俺だけがあの家を離れることだった」 「……」 「……俺は厄介払いをされたのだと思ったよ。  ……冬真さんに対しても、お前に対しても俺は厄介な存在だから、距離を置かされたんだって……」  大きく息を吸う音が聞こえる。 「そんなことない!」  俺の言葉が終わるか終わらないかで湊が、半ば叫ぶように言う。 「僕が君の事を厄介だなんて一度も思ったことはない!」 「知ってる。……でも、周りが俺をそういう存在だと思ったのかと……」 「うちの両親は君たちの引っ越しを事後報告で受けていた。両親が動くことは考えられない」 「……そうだよな」 「……冬真さんか」  忌々しく名前を口にする湊。 「いや……違うんだ……うちの両親が話し合って決めた」  湊の小さく息を飲む音が聞こえる。 「だから……冬真さんを責めないで欲しい」  俺だって彼を酷く責めた。 「……蓮」  短くも長いと感じる沈黙。 「湊、本当にごめん……俺はお前に不誠実だった」  あの家から距離を置いたこの期間で、自分なりに色々と考えた。  だから…… 「今度こそ……」 「……」 「今度こそ、ちゃんとお前を見るよ」 「……うん」 「もう、何があっても逃げない」 「……つ……次はないよ……」  濡れた音が耳を打つ。 「うん」 「……僕だって怖かった」 「……うん」 「君が離れてしまうようなことをしてしまったのだと……」 「……」 「だから……お願い……何かあったら言って……」 「ああ」 「た……たとえ……それが嫌いっていう感情でも……」 「……」 「……僕は……君を受けとめるから……」   「湊……」  乱れた呼吸が耳を打った。 「ああ、約束する」 「今度は……破らないで……お願い」 「……分かった」  俺が答えると、湊の声が崩れた。 「……また、連絡をしてもいいか?」 「……うん」  おそるおそる口にすると、短い返事が返ってくる。   「…ごめん、ありがとう」  口の中が渇いて、声がかすれた。  短い沈黙が流れる。 「……また」  そう言って通話は切れた。  無機質な通話終了音だけが耳に残った。  自分勝手だったかもしれない。  また傷つけたのかもしれない。  それでも…… 「……今度は間違えない」  暗くなったスマホを握り締めながら、誰に言うでもなく呟いた。

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