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第29話─蓮─
目が覚めると、見慣れた天井が視界を覆う。
ああ、戻ってきたんだった。
見回せば懐かしい自分の部屋。
時計を見ると、もう昼になろうかという時間で、そんなに寝ていたのかと少し驚く。
枕元のスマホを見ると、メッセージのマークが付いている。
そっと開いて、短い文字を入力する。
一つ息を吐いてから、リビングに向かった。
リビングには、椅子に腰掛けてスマホを眺める晴臣さんの姿があった。
「おう、起きたか?」
「おはよ……一人?」
「ああ、冬真は用事があって出かけた」
「そうなんだ」
コーヒーメーカーに入っているコーヒーをカップへ入れていると、晴臣さんが声を掛けてくる。
「お前、今日どうすんの?」
「んー。色々と準備とかしたいから、買い物に行くかも」
「そっか、夕飯についてはちゃんと冬真に連絡いれろよ~」
「あんたらの邪魔にならないように、外で食ってくるか」
「殊勝なことを言うイイ息子だなぁ」
「俺はいつでも出来の良い息子だよ」
笑って言えば、晴臣さんが目を見開いて見つめてくるが、すぐに破顔した。
「本当に、出来の良い息子だよ。俺らにはもったいない」
そう言って、晴臣さんは嬉しそうに笑った。
「ようやく気付いた?」
コーヒーを飲みながら、にやりと笑って言ってやる。
「言うようになったなぁ」
まいった、という風に手を挙げてから、頭の後ろで手を組んだ。
「なに?」
「……いや、嬉しくてな。 出かけるなら、気を付けて行けよ」
晴臣さんが、いつになく感慨深そうに俺を見る。
「はいよ」
そう言ってコーヒーを飲み干して返事すると、晴臣さんが小さく笑うのが分かった。
身支度をして家を出た。
****
風が薄く肌を刺す。
薄い雲を透かして、空はぼんやりと茜色に染まっていた。
冷えた指先を温めるように、缶コーヒーを両手の中でころがす。
いつか来た場所。
俺が守れなかった約束をした場所。
あの日からのことが、次々と胸をよぎる。
自転車のベルの音、こども達の笑い声。
ブランコの軋む音。
あの時のままだ。
ベンチに腰を下ろす。
その拍子に、手の中の缶コーヒーが滑り落ちた。
拾おうとして、指先が小さく震えている。
そこでようやく、自分が緊張していることを自覚した。
今朝のメッセージで場所を指定してきたのは湊だった。
―いつもの公園で―
その文字だけで、ちくり、と胸が痛んだ。
缶コーヒーを拾いあげ、背凭れに体を預ける。
公園に設置してある時計を見ると、約束の時間には少し早い。
さっきまで温かかったはずの缶コーヒーが随分ぬるくなっていた。
自転車が通るたび、視界の端に影が入るたびに、公園の入り口に視線が向く。
そのたびに、違うと分かって息を吐いた。
来てはくれると思う。
でも、その先は?
ようやく、会えるチャンスが巡ってきた。
メッセージもしたし、電話で相手と言葉を交わしていたのに、会うことだけができなかった。
陽が傾き、影が伸びる。
風が頬を打ち、小さく身震いをする。
ふと、公園の入り口に目を向けると、人影が見えた。
逆光で輪郭も表情も見えない。
「……湊……」
名前を口にすることだけが精一杯だった。
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