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されど、恋を知る。
「⋯これでいいだろう」
少ない荷物の荷解きを終えると、床に座り込む。
スマホを確認すると既に十八時を過ぎていた。
(夜どうしよ。この辺コンビニからも若干遠いよなー)
小さく伸びをして、天井を見上げる。
家の中は静かで、フローリングの軋む音がやけに耳に残る。
どうしようかと考えている時、コンコン――と控えめなノックの音が響いた。
「⋯はい」
立ち上がり、ドアを開ける。
そこには、エプロン姿の鴛鴦さんが立っていた。
「こんばんは。荷解きは終わりましたか?」
「えっ、はい⋯おかげさまで⋯」
何がおかげさまでなのか、自分でもわからない。
ただ、つい咄嗟に言ってしまった。
鴛鴦さんはそんな俺の返答にふふっと笑う。
「じゃあちょうどいいタイミングだったんですね。夜ご飯、作ったんです。一緒にどうですか?」
「そんな⋯昼もごちそうになったのに。お金も払ってないのに申し訳ないですよ」
「ふふっ、今日の夜は旭さんから新しい人の引っ越し祝いにって夕飯代もらったからいいんですよ」
「え、そうなんですか?」
顔も知らない人に奢られてしまったのか⋯気まずい。
こういうことされると、お返しをしないといけなくなるから、かえって困るんだが。
⋯まぁ、あとから考えるか。
「なので、遠慮しないでください!」
「あっ、はい⋯ははっ。だったらその旭さんにお礼を言わないといけないですね。何時頃に帰ってくるんですか?」
「そろそろだと思いますけど――」
その時だった。
「たっだいま〜〜〜!!!」
玄関のドアが勢いよく開く音と同時に、空気が弾けるような大声が聞こえてきた。
「あっ、今帰ってきたのが旭さんです」
「⋯⋯へー」
⋯⋯陽キャだけは勘弁してくれよ。
あいつらは人じゃない。
だから、関わり方がわからん。
一階から、どたどたと足音が近づいてくる。
「涙〜!お腹減った〜!!ご飯できてるか〜?」
「はいはい!できてますよ!!それより今日は新しい人が来たんですから、まず挨拶してください!」
鴛鴦さんも負けじと大声で返事をする。
(声デケェー⋯どんな人なんだよ。会うの怖っ)
「あっ!今日だっけか!?忘れてた!めんごめんご!!」
「もーやっぱり忘れてた⋯」
鴛鴦さんは不満げな顔をし、肩をすくめる。
「烏羽さん、行きましょ?旭さんが待ってますから」
「は、はい」
階段を下りる。胸がそわそわする。
一体どんな人なのだろうかと、不安が渦巻く。
「おっ!いたいた!」
リビングに入ると、作業服姿の男が立っていた。
背丈は高くない。むしろ男にしては低い方だ。けれど、筋肉質でがっしりとしている。日焼けした肌に、首からタオルをぶら下げている。
「お前が新しいやつか!」
ビシッと俺を指差して、元気よくハキハキと言う。
「あっ、はい⋯烏羽 氷河です。よろしくお願いします」
「おう!よろしく!俺は、斑鳩 旭(いかるが あさひ)!!彼女絶賛募集中のピッチピチの二十八歳だ!」
(しまった。陽キャよりもタチ悪いかもしれない⋯)
これは、仲間内でバーベキューするタイプの陽キャではない。
合コンで一番意気込みがあるのに、一緒に来た友達に本命取られるタイプの、哀しい明るさだ。
(⋯⋯でも、うざいけど不思議と嫌じゃないな)
「さて氷河!」
(あ、前言撤回。初対面から名前呼ぶのヤバすぎだろ)
「涙に聞いたかもしれないが今日の夕飯は俺の奢りだ!!」
「⋯⋯旭さん?そう言いつつ、ただ好きな物を食べたいだけなんじゃないですか?」
「そんなわけないだろ!今日の主役はこいつだぞ?」
「お金もらった時に、''手巻き寿司が良い''って言ったのは誰ですか?」
「俺だ!!!」
ドヤ顔をしながら腕組みをして、斑鳩さんは胸を張る。
「もー⋯二十八にもなって何言ってるんですか」
頭を抱え、鴛鴦さんは小さくため息をつく。
「心配ない!まだ三十じゃないからセーフだ」
「あと二年もしたら三十なんですよ?⋯⋯烏羽さんごめんなさい。そんなわけで今日は手巻き寿司なんです」
「あぁ、全然いいですよ」
(生魚そんな好きじゃないけど、野菜に比べればまだマシか⋯)
「あっ、よかったです」
にこりと鴛鴦さんは笑う。
――少し、また胸が高鳴る。
「⋯なんだ?透はまだ帰ってきてないのか」
斑鳩さんは辺りをキョロキョロ見渡しながら言う。
「透⋯?」
「あぁ、ここに住んでる人です。⋯鶫さんだったらもうすぐ帰ってくるんじゃないですか?」
その時だった。
ガチャリ、とタイミングを見計らったように玄関のドアが開く。
「⋯⋯ただいま帰りました」
細く落ち着いた声だ。
その声の人物が、ゆっくりとリビングへ入ってきた。
――思わず、息を呑む。
触れれば壊れてしまいそうなほど細い体。
透明感のある、淡い髪。
伏し目がちな瞳が、静かにこちらを見据えている。
とんでもなく美しい青年だった。
「ううぉっ」
変な声が出てしまった。
⋯⋯恥ずかしい。
「おー、透!!今日も腹立つほどのイケメンだな!!」
「⋯⋯それは喜べばいいんですか?それとも謙遜すればいいんですか?」
ひどく落ち着いたトーンだ。
感情が全く乗っていないように聞こえる。
まるで''こう来たからこう返す''――そんなふうに学習して反応しているように見える。
「んー⋯?まぁ謙遜じゃないか?肯定するやつなんて大概の人間は腹立つだろ」
「⋯⋯なるほど、謙遜すればいいんですね⋯斑鳩さん。それは、自分にはもったいないお言葉です。ありがとうございます」
にこりと微笑んだ。けれどその笑顔は、どこか硬い。
まるで行動をインプットされたロボットだ。
「ハハハ!それ、全然謙遜じゃねーよ!やっぱお前は面白いなー透!」
(お、面白いか?)
むしろ気味悪いと感じる。
顔がいいだけに、余計にそう思う。
「あっ、そうだ透!こいつが今日から一緒に住む新しいやつだ!!」
(こいつって⋯)
距離感どうなってんだ、ここの人達は⋯
斑鳩さんがそう言うと、目の前の青年はじっと俺を見る。
「⋯⋯⋯初めまして」
「あっ、どうも⋯初めまして」
淡々と、だけどよく通る声だ。
「⋯⋯自分は、鶫 透(つぐみ とおる)と言います⋯⋯二十三歳。職業は役者。誕生日は六月十日の双子座。趣味は人間観察、特技は演技です」
「えっ⋯は、はぁ⋯ご、ご丁寧にどうも」
(やばっ⋯自動音声と相手してるみたいだ)
――機械的に淡々と言う姿は、役者とは思えない。
本人からは一滴も感情が出てないからだ。
そして、信じられないくらい真っ直ぐな目で、鶫さんは俺を見つめている。
(え?待ってるの⋯?)
沈黙が重い。
返事をしないと、終わらないと確信したので仕方なく口を開く。
「⋯⋯えっと、俺は烏羽 氷河です。年は⋯二十六でサラリーマンやってます」
鶫さんの履歴書のような自己紹介に倣い、俺も自己紹介をする。
「⋯⋯誕生日は?」
「は?」
「⋯⋯誕生日はいつですか?」
「えっと⋯四月十五日です」
「⋯⋯星座は?」
「⋯えーと」
なんだこれは。俺は何を聞かれているんだ。
戸惑いオロオロしていると、斑鳩さんが鶫さんの肩をバンッと叩いた。
「おいおい、透!普通の人間はそんなに聞かないぞ!」
「⋯⋯そうなんですね。烏羽さん、申し訳ありませんでした。以後気をつけます」
「あっ、いえ⋯大丈夫です」
⋯以後ってなんだよ。また聞かれるのかよ。
「なぁーそれよか、お腹減ったから食べようぜ!涙〜ご飯もうできてるか〜?」
変わらない笑顔で、斑鳩さんは子どものように言う。
でも、この空気を変えてくれるなら、正直なんでも良かった。
「はい、できてますよ⋯⋯透さん、自己紹介もいいですけど、ご飯にしませんか?」
「⋯⋯それが、今この場での正解ですか?」
「うーん⋯旭さんが、もっと煩くなると思うから多分?」
こてんと首を傾げて、困ったような笑みを浮かべて鴛鴦さんは言う。
「⋯⋯⋯あなたがそう言うなら、従います」
「なんでもいいから早く早く!!俺は今、腹ぺこマンだ!!」
「もー子どもなんだから⋯今日の主役は誰か忘れたんですか?」
「俺ではないことは知ってる!!でも、主役が誰だろうが腹は減るから仕方ないだろ!⋯透もそうだろ!?」
「⋯⋯⋯そうですね。自分もそう思います」
先程と変わらない、無表情で鶫さんは答える。
⋯⋯恐らく、会話の流れを読んで、ただ同調してるだけだろう。
「なぁー!!そうだよなー!!よし、食べよう!さぁ、食べよう!!」
斑鳩さんは元気にそう言うと、ドカッと椅子に座る。
よく見ると、既に机の上には料理がずらりと並んでいた。
皿には、マグロや海老にいくらなどの海鮮類、卵焼きにキュウリ、ツナマヨ、納豆――色とりどりの具材が整然と並んでいる。
「あぁ、透見ろ!これが世に言う天国というやつだぞ!!」
「⋯⋯天国は臨死体験の時に見るものでは?」
「バカ野郎!例えだよ、た・と・え!!」
「⋯⋯なるほど、例え⋯⋯覚えました」
「OKだ、透!お前は俺のおかげでまた人間に一歩近づいたな!」
「⋯⋯感謝します」
(AIに学習させてるみたいだな⋯)
馬鹿にしてるように見えるが、悪意はないのだろう。
「烏羽さんも、どうぞ座ってください」
「あっ⋯はい」
鴛鴦さんに促され、椅子に座る。
「んじゃあ、いただきまーす!!」
我慢出来なかったのか、斑鳩さんはお構い無しに食べ始める。
「もー⋯まぁいいや。さぁさぁ烏羽さんも食べてください!」
「は、はい⋯」
(⋯⋯しかし、何を食べようか)
具材をじっと見る。
(海鮮類は基本無理⋯ツナマヨもツナだけに比べたら、まだマシだけど避けたい。納豆?論外。キュウリもなー⋯野菜の中ではまだ食えるけどなー)
ちらりと斑鳩さんを見る。
マグロ、海老、いくら、サーモン、イカ、ホタテを豪快に海苔の上に乗せると、そのまま大きな口を開けて食べる。
「うまっ!!」
もきゅもきゅと幸せそうに食べている。
今度は鶫さんを見る。
斑鳩さんをじっと見たかと思うと、海苔を手に取り、納豆を乗せると小さな口でもぐもぐと、ゆっくり食べていた。
最後に鴛鴦さんを見る。
海苔にマグロとキュウリ、カイワレを乗せて、食べている。
(⋯この空間でやっぱり俺だけが異端なのか)
――皆、当たり前のように食事を享受している。
俺だけ仲間外れだ。
(とりあえず、何か食べないと⋯)
比較的、この中では食べられる卵焼きを取り、海苔に乗せる。
(ええいままよ!)
一口かじる。ほんのりと甘い。
(⋯⋯すごい、甘ったるくない)
母親の作る卵焼きは、まるでお菓子のように甘かった。
けど、これはどうだ?
優しいのに、くどくない。
ほんのりと出汁の味がして、海苔と合っている。
(⋯これなら、食べられるかも)
今まで俺が食べていたものは、何だったのかと思うほどの衝撃だ。
胸の奥が熱くなる。
(美味い⋯⋯)
気づけば、もう一口かじっていた。
「美味いだろ?」
斑鳩さんが俺を見て、ニッと笑う
「は⋯はい」
反射的にそう答えていた。
「だよなー!涙のご飯は美味いよなー!!」
まるで自分が褒められたかのように、斑鳩さんはふふんと胸を張る。
「⋯⋯斑鳩さんが作ったわけではないのに、なんでそんなに誇らしげなのですか?」
「そんなの、俺の金で涙が作ったんだから嬉しいんだよ!俺の金があったから、この夕飯がここに存在するんだからさ!」
「⋯⋯⋯⋯?よくわかりません。もう一度お願いします」
「えぇ!?今のでわかんなかったのか!?」
(わかんねぇだろ⋯)
俺ですら、意味がわからないんだから。
「ふふっ。つまりですね、透さん。自分のことのように嬉しかったってことですよ」
「⋯⋯自分に向けられた感情ではないのにですか?」
「うーん⋯難しいな⋯⋯そうだな、好ましいと思う人だからじゃないんですかね」
「⋯⋯好ましい。それは愛情ですか?それとも友情ですか?」
「どちらも、だと思いますよ。人間って案外単純ですから。嬉しそうにしてると、自分まで嬉しくなっちゃうんです」
「⋯⋯⋯難しいです」
「そうですね。人間って難しいですよね」
にこりと鴛鴦さんは笑う。
「そうだ、氷河!!」
そんな空気を気にもせずに、斑鳩さんはビシッと俺を指差す。
「お前、ゲームはするか?」
「⋯ゲーム?」
「俺はな、FPSが好きなんだ!」
「えっ、そ、そうなんですか⋯」
(急になんかんだこの人は⋯)
「ブレゾ!知ってるか!!」
「は、はい⋯''BREAK ZONE''⋯ですよね?」
「そうだそうだ!!お前やってるか?」
「な、名前だけしか知らないですよ⋯俺、基本ソシャゲ派ですし」
「ソシャゲー?何やってんだよ」
「えっと、''Re:Ordeal''っていう名前なんですけど⋯」
「リ⋯なんだって?」
「⋯⋯''ReOrdeal''です。斑鳩さん」
――まさかのところから言葉が返ってきた。
「え?⋯鶫さん知ってるんですか?」
「⋯⋯自分は小さな劇団に所属してるのですが、座長がその話をしてるので覚えてます。よく、『ルルカ、激推し。尊い。マジきゃわわ』と言っていました」
「そ、そうなんですか⋯」
覚えなくていいことを覚えてしまったみたいだ⋯
穢れを知らないようなその顔で、俗っぽいことを言われると良心が痛む⋯
「⋯⋯『かつて世界が崩壊しかけた時、神は七人の英雄を創造した。英雄たちの力によって、世界は平和を取り戻した。
――けれど、英雄たちは気づいてしまった。平和な世界に自分たちのような存在はもう必要ないのだと。
一人、また一人と、堕ちていく。世界の均衡が崩れ、終焉が訪れる。神は憂い、世界の裏側から一人の観測者――プレイヤーを遣わせた。プレイヤーは仲間の力を借りて、かつての英雄を救う。』⋯そんな物語だったはずです」
「⋯やってないのに、よく覚えてますね」
「⋯⋯散々聞かされましたので」
なんてことない顔で、鶫さんは淡々と告げる。
まぁ、合ってるんだけどさ。
「へー、最近の若いやつはそういうのが好きなのか。俺にはそういうのは、よくわからん!!」
「若いやつって⋯旭さん僕らとあまり変わらないじゃないですか」
「俺より年下は皆若いんだよ!!涙は二十六、透は二十三、氷河は二十六。ほら見ろ、俺より皆若い!」
「威張って言うことじゃないですよ⋯」
ふぅーと鴛鴦さんはため息をつく。
幾分か歳が近すぎるが⋯
(⋯というか、鴛鴦さん俺と同い年なんだな)
別になんてことないことなのに、なんだか嬉しく思えた。
ただ、彼との共通点を見つけただけなのに――
ひどく、心がくすぐったく感じる。
「⋯というか、旭さん。お刺身取りすぎです!みんなの分のことまで考えて食べてください」
そう指摘された斑鳩さんは、これでもかというぐらいの量の刺身を海苔の上に乗せていた。
「えっ?⋯⋯やばっ、完全に忘れてたわ」
「もう!子どもじゃないんだからやめてください!」
「しょうがないだろ!?一人っ子に分け合う概念はないんだから!!」
「言い訳になってないです!他の人が食べられなくなっちゃうでしょ!」
「いいじゃんかー!!透は生魚そんなに好きじゃないし、氷河も卵焼きばっかり食べてるから食べないんだろ?」
ギクッとなり、手が一瞬止まる。
――気づかれていた。
「それも言い訳になってないです!⋯烏羽さんもしかして旭さんに遠慮してたんですか?⋯あっ!もしかして魚好きじゃないとか?だったらごめんなさい!!」
「い、いえ⋯そんな⋯じ、実は生魚苦手で⋯こっちこそ気を使わせてすみません」
頭を掻きながら、謝る。
「ほらなー!俺は間違ってなかった!だから食べてもいいよなー?」
「たとえ二人が食べなくても、僕は好きなんですから、バクバク食べないの!!⋯⋯烏羽さん、生魚以外にも具材はありますから遠慮なく食べてくださいね?」
「は、はい⋯⋯」
(⋯と言ってもなー)
ちらりと皿の上に乗った具材を見る。
納豆――無理。
キュウリ――避けたい。
カイワレ――存在する意味がわからん。
アボカド――多分いける?
コーン――嫌だ。
あとあるのは、別で盛り付けてあるポテトサラダにレンコンのきんぴら。
(⋯⋯困ったなー)
お手上げだ。
せめて、肉があれば――
「なー涙ー肉ないか、肉!!」
「え?旭さんなんでまた⋯」
「なんか肉も食べたくなった!!ないかー?」
「もーワガママなんだから⋯昨日の肉味噌の残りだったらありますけど」
「じゃあそれ!食べたい!!」
「まったく⋯仕方ないですね」
鴛鴦さんは立ち上がり、キッチンの方へ向かう。
(⋯⋯助かった)
正直、食べられるものがなくて困っていた。
心の中で斑鳩さんに感謝する。
(この人ほんとに二十八歳かと思って、ごめんなさい。貴方は俺の救世主です)
「肉〜♪魚〜♪どっちも食えるなんて幸せだな〜」
当の本人は子どものようにはしゃいでいる。
「透ー!肉が来るぞ肉が!!」
「⋯⋯楽しそうですね、斑鳩さん」
「あったりまえだろ!!俺は魚も肉も好きなんだからな!!好きな物を同時に味わえるなんて、こんな幸せなことそうそうないぞ!!」
「⋯⋯自分には、あまり理解できません」
「はぁー?あっ、そういやお前、肉も食わねぇもんな」
「⋯⋯はい。食べられますが、好んでは食べません」
「だからそんな細っこいんだぞー?もっと食え!!」
「⋯⋯食べ過ぎは逆に良くないのでは?」
「多少の食べ過ぎも人生において大事だ!!俺が許そう!!たとえその後、トイレと格闘してもそれは笑い話になるから大丈夫だ!!」
「⋯⋯なるほど。人生経験ということですね」
(か、噛み合ってるようで噛み合ってない)
この二人⋯ずっと一緒にいさせたら、とんでもないことになりそうだ。
「旭さん!そんなこと教えないでください!!
透さんもそんなの人生経験じゃないから、覚えなくていいですからね!」
ちょうどいいタイミングで、鴛鴦さんがキッチンから戻ってきた。
手には皿を抱え、ぷりぷりと頬を膨らませながら机の上にトンと置く。
「おー!待ってました!!これだよこれ!」
「旭さん、これも全部食べないでくださいよ?烏羽さんも食べてくださいね?」
「は、はい⋯ありがとうございます」
小さく頭を下げる。
――肉味噌のいい香りがする。
ガラにもなく、わくわくしてしまう。
味付けした肉の塊なのに――どうしてこんなに心が踊るのか、わからなかった。
「うまーい!!」
早速、斑鳩さんは豪快に食べている。
俺もそれに倣って、肉味噌を海苔の上に乗せ、口に運んだ。
「⋯美味い」
気づいたらそう言っていた。
――温かい。
体が、胸の奥が、温かい。
心地よくて仕方ない。
こんな気持ちになったのなんて――生まれて初めてじゃないだろうか?
「おっ、笑ったな!!」
「えっ?」
今、笑っていたのか、俺は。
食事で、笑っていたのか。
「お前、ずーっと硬い顔してたもんな!なんだよ、そんな顔も出来んだな!やっぱ食事って偉大だな!!腹じゃなくて心も満たされる!!」
(心が、満たされる――)
俺にとっての食事は、いつだって苦痛だった。
楽しいなんて、思ったことなかった。
生きているから、お腹が空く。だから仕方なく食べていた。
――お腹を満たして、心も満たす。
多分、それが本来の食事ってやつなんだろう。
「それに、やっぱ涙の料理ってのもあるだろ!!ホントにうめーもん!」
「旭さんったら、調子いいんだからもー」
「あ、あの⋯ホントに美味しかった⋯です。俺、こんなに美味しいの初めて食べました」
つい、感想を言ってしまった。
普段の俺なら絶対言わないことだ。
鴛鴦さんはそれを聞くと、一瞬キョトンとした顔をするが、少し照れたように微笑んで――
「よかった、そう言ってくれると本当に嬉しいです!」
そう答えた。
(あっ⋯⋯)
――好き。
烏羽 氷河。二十六歳。
初恋を自覚した瞬間だった。
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