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第4話 まさかの本気
翌日。
昼食後、清流の車にピックアップされた僕は、その二時間後にはとある森の中にいた。
正確には、大人でも楽しめる空中アスレチックのアトラクション施設である。
「うわ、ここ来てみたかったんだよ」
申し込み窓口で清流の渡してくれた軍手を両手に嵌めながら、声がウキウキと弾んでしまうのをどうしても抑えきれない。
友人がSNSにここで遊んだ写真をあげていたのでいいねを押したのだが、あまり運転が得意ではない僕は、公共交通機関で来るには不便なこの施設に結局来れないままでいた。
森の中を百メートル以上滑空できるジップラインが目玉で、同じ敷地内には温泉やバーベキュ一を楽しむ場所があって、そのまま宿泊したい人のためにキャンプ場も併設されている。
「温泉やバーベキューはどうする?」
「うーん、時間が許すなら、温泉は入ってみたいかな。明日仕事じゃなきゃ、バーベキューもしたかったんだけど」
「わかった。じゃあ、バーベキューはまたの機会にしよう。アトラクションのコースは二種類あって、三十メートルと六十メートルが選べるけど、どっちにする?」
「勿論六十メートル!」
「はは、了解」
清流はさっさと申し込むと、僕の分まで支払いを済ませてくれた。
「清流、いくら?」
「付き合って貰ってるから、俺が払う」
「いや、それは悪いし」
「いいから」
男同士で遊ぶのに、奢って貰ったことなんてない僕は面食らう。
清流にとってこれが普通なのか?
まあ、時間的に今夜の夕飯までは一緒だろうから、ガソリン代と食事代で大丈夫かな。
出入り口で男二人が押し問答をしていても変な目で見られるだけなので、ここはさっさとお礼を言って引き下がる。
僕たちはその日、まるで高校時代に戻ったように、二人で遊び倒した。
高校時代は二人で遊ぶことなんて一度もなかったのに、ごく自然に。
「……高すぎるだろ、六十メートル」
「ははは、申し込む時は威勢よかったのにな」
恥ずかしすぎる。
僕は高所恐怖症ではないはずだし、ジップラインの高さは大丈夫だったのだが、六十メートルは足がすくんでなかなか動けないでいた。
清流に手を引かれ、背中や肩をぽんぽんと安心するかのように叩かれ、清流に言われるがまま下を見ずに清流の顔だけ見るように意識してはじめて、ロープや吊り橋の上で足を一歩ずつ出すことができたのだ。
てか、お金を払ってまで命綱が必要なところに自ら行く意味とはなんぞや。
終始涙目だったけど、アトラクションからの眺望だけは最高だった。
三百六十度自然で覆われていて、湖も山も空も見渡すことができた。
足はガクブルだったけど。
「あんなに高いとは思わなかったんだよ。清流は本当に大丈夫だったな」
「ああ、高いところはむしろ好きかも」
「くそ、女と来たら吊り橋効果で惚れられるんだろうな」
僕が笑って言うと、清流は「世那は?」と聞いてきた。
女と来たら僕は振られそうだな、と答えると、清流は苦笑する。
答えはわかりきっているのに、苦笑いするような問いはしないで貰いたいと思う。
そのあと僕たちは温泉に入って汗を流すと、再び高速を使って俺の家に向かう。
「すんごく楽しかった! 車出して貰って悪かったな。運転疲れてない?」
高級車だし、運転を替わることはできないけど、もし疲れていたらサービスエリアで休んで貰おうと思って声を掛ける。
清流は目元を和ませて笑いながら、小さく首を振った。
「いや、問題ない。運転も好きだし」
「そっか。僕はペーパーだから、運転が得意なの、羨ましい」
「東京にいると、別になくても移動に困らないしな」
「そう、そうなんだよ」
「世那も久々に身体を使ったから疲れただろ。寝ててもいいぞ」
「うん、ありがとう」
でも、助手席に座っているだけの僕が寝たら流石に申し訳ない。
そう思っていたのに、流れる景色を眺めているうち、気づけば僕はすっかり寝入ってしまった。
***
「ん……」
「世那、おはよう」
「はよ……」
普通に答えて、僕はぱち、と目を開けた。
あれ?
もう朝?
仕事に行かないと……!
「うわ、今何時!?」
慌ててガバっと起き上がる。
そこは見慣れない部屋だった。
極端に物が少なくて一瞬ビジネスホテルかと思ったが、ビジネスホテルの割にはベッドが大きすぎる。
そして、ビジネスホテルにはあり得ない大きさのクローゼットが存在していた。
「まだ二十二時だ。運動したからか、よく寝てたな」
清流は広げていた新聞を畳みながら、ベッド横の北欧風イージーチェアから立ち上がる。
僕の同級生で新聞を紙で読む人、初めて見たかも。
「ええと、ここって……」
「俺の家。世那のマンションはわかるけど部屋番号までは知らないし、鞄を勝手に漁るのも気が引けたんで、うちに連れて来た」
「ごめん、迷惑かけたな」
ベッドから出ようとして、驚いた。
なんで僕、裸なんだ。
「世那の服は洗濯してるから、そこにあるバスローブ使って」
「うん」
バスローブを自宅で使う人間って本当にいるんだ。
そりゃいるか。
そんなことを考えながら、フワフワの手触りを楽しみつつ袖を通す。
僕の服は、いつ乾くのだろうか。
明日は仕事だから今日中に家に帰りたいんだけど、清流の服を借りなきゃ帰れないかもしれない。
ベッドの上でもそもそバスローブを羽織っていると、僕の隣に清流が座りマットレスが軽く沈む。
顔を上げて清流を見ると、じっと何か言いたげな顔をしてこちらを見ていた。
「清流、どした?」
「なぁ世那、俺たち、お見合いしただろ?」
「? うん」
「で、今日はデートした。楽しかったって言ってたよな?」
頷きながら、内心首を捻る。
男同士でも、デートって言うのか?
「うん。あ、そうだ、お金を返さないと」
「そしたら次、結婚する前に確かめるべきことがあるよな」
「……次?」
そもそも男同士じゃ結婚できないけどな、というツッコミ待ちだろうかと思いながら、僕は枕元に置いてあったポーチに気づいて、財布を取ろうと手を伸ばす。
しかし、ポーチを手にする前に、手首をガシッと掴まれた。
「そう。つまり、身体の相性」
「なるほど。……て、んんん?」
こんな冗談を言うやつだったのか。
高校時代つるまなかったから、わからなかった。
「いやいや、ちょっと待って。まるで清流が、僕と本当のカップルになる気でいるみたいに聞こえる」
あはははは、と笑って誤魔化しながら僕の手首を掴む清流の手を引き剝がそうとする。
同じ男なのに、全然、剝がれない。
「最初から、俺は本気だ」
「ほ、本気って……つまり清流は、僕と結婚……は日本じゃ無理だから、付き合いたいってこと?」
衝撃を受けながらも、なんとか平静を装い会話を繋げた。
「ああ。生涯のパートナーになりたい」
そういえば、同性愛の人たちは相手のことをパートナーって呼ぶんだっけ?
僕は今まで関わったことのない世界を垣間見た気がした。
「えーっと、清流はゲイなの?」
「いや、バイだ。世那が好きなんだ……ずっと、前から」
え、ずっと前からって……高校時代からってこと?
「僕のこと、めちゃくちゃ睨んでなかったっけ?」
ピアス盛りだくさんの金髪ヤンキーから、親の仇のような鋭い眼光を向けられましたけど!?
視力もいいはずだし、実は目が悪くて……なんて少女漫画のようなベタな展開はないだろう。
告白されたにもかかわらず、納得いかない。
僕の唇は自然ととんがる。
清流は微笑みながらそんな僕の唇をつんつんと人差し指でつついて、素直に謝った。
「確かに睨んでたかもな、悪かった。あの頃は何にイラついているのか、自分自身でもわからなかったんだ。厳格で頭でっかちな父親に育てられた俺は、中学の半ばからわかりやすくグレて反抗期に入ってて……」
清流はそこから、少しだけ当時の話をしてくれた。
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