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第5話 当時の話

当時の清流は自分の行きたい高校へは行かせて貰えず、ボンボンたちが通う高校へ強制的に入れさせられた。 その頃が一番、精神的に不安定な時期だったらしい。 親の思い通りにはならないという反発心で髪を金に染め、ピアスを開け、授業には出ず、不真面目な態度を貫いた。 夜遅くまで街を徘徊し、女とセックスをして、人生に面白みを感じていない似たような奴とつるんで、なんの力もないのに大人になった気になっていたという。 「まあ、ガキだったんだよ。だから高校時代の俺にとって、同級生というのはとても目障りな存在だった」 親の掌の上で転がされていることも気づかず、自我をもたず、ただ「青春」という言葉に囚われて、狭い箱の中へ自ら入って行く奴ら。 会話をするのも億劫で、基本的には一人で過ごした。 声を掛ける度胸もないのに、チラチラとこちらを見てくる視線もうざかった。 そんな同級生……クラスメイトの中でも、一際癪に障る奴がいた。 それが、天海世那だった。 「え、僕!?」 「はは、そう」 誰にでも優しく、誰とでも気軽に話して、いつも賑やかで元気で楽しそうに場を盛り上げる、クラスの会話の中心人物。 自分の放つ「話し掛けるなオーラ」をものともせず、自分の噂を知らないわけでもないのに、物怖じせずに平気な顔で話し掛けてくる、単なるクラスメイト。 けれどもそれは、生徒会の役員であるとか、学級委員だからこその必要最低限の会話だった。 まるで面倒見の良い兄が出来の悪い弟をたしなめながら、晩御飯の要望を聞くかのような話題。 「世那は、他のクラスメイトとは馬鹿を言い合って笑っていても、俺とは不要な会話を一切しなかったよな」 「うん、まぁそりゃね」 当時清流には、必要以上に近付かないよう気をつけていた。 清流は他人から干渉されることを、極端に嫌う人間に見えたからだ。 清流には清流の世界があって、それに触れてはいけないことをなんとなく感じていた。 「世那は成績はたいしたことないのに、そうした人の心の機微を汲み取ることは得意だったよな」 「成績はたいしたことない、は余計だよ……!」 「世那は俺に、興味を持たなかった。俺が嫌がらない必要最低限の会話をして、話しかけづらいからといって、仲間外れにもしなかった」 世那は、俺よりよっぽど、大人だった。 そう言われて、当時の僕が清流に認められているような、自尊心をくすぐるような喜びがじわじわと胸に広がっていく。 兄や姉に比べて、能力も才能もなければ、自分というものもなかった僕。 よく言えば自由だけれども、悪く言えば期待されていない自分に、劣等感しか抱けなかったのに。 「当時の俺は青くて、世那のことを『気に食わない奴』だから気になるのだと勘違いしていたんだよ。本当は、逆だったのに」 「逆?」 「世那のことを『世那』と呼びすてにして慕う奴等が、隣にいる奴等が羨ましくてさ」 マジか。 当時の僕たちは、何度清流から「うるせえ」「騒ぐな」「邪魔だ」と言われ、睨まれたことか。 「他のやつらと、こうやってふざけてただろ?」 清流はぎゅう、と俺を抱き締める。 体育祭で、文化祭で、スポーツ大会で、普段の休み時間でも、確かに友人たちと抱き合ったり肩を組んだりすることは多かった。 清流に睨まれるたび、騒いで悪かったな、と思って静かにしようとした。 でも、男友達なんてそうしたふざけ合いやじゃれ合いは当たり前なのに、何をそんなに怒っているのだろうかと不思議に思うこともあった。 「他のやつらが世那に触るのが、嫌だったんだ」 「そっか」 当時はその理由も本人がわからなかったのだから、怒鳴ることしかできなかったということか。 「三年の夏休みだったかな、自分の感情に気付いたのは」 会いたい、今どうしているのか、という思いが重なって。 そんなわけがない、友達ですらない男に興味なんてない、という思いと葛藤して。 我慢できずに世那の近況をSNSでチェックするようになってやっと、自分自身の本当の感情を認めることができた。 「だから親から大学に入れって、馬鹿なことはやめて進学しろって言われた時、不良をやめてまともな社会人になる代わりに、俺が将来男を伴侶にしても文句を言うなって条件出した」 「……は?」 自分の目ん玉が飛び出てないかと思うくらい、驚いた。 普通の親、いやむしろ体裁を気にしそうな頭の固い親が、そんな条件を飲むか? 「その時ちょうど、起訴はされなかったが警察にお世話になっていた直後だったから。ヤクザになるよりマシだって、しぶしぶだったけど頷かせたよ」 うわあ、外堀から埋めるタイプ……! ヤクザになるかまともな社会人になるか選べと言われたら、そりゃ親ならまともな社会人になることを望むだろう。 え、ちょっと清流の親が可哀想。 「でも、大学は別だったよね?」 「ああ。どこの大学に行くとかの話題をする仲でもなかったし、気になっても聞けずにいた。でも、世那のお義父さんの会社に勤めるだろうってことは予想ついた」 確かに、と僕は頷く。 ボンボンの多い学校だったから、僕がとある建築会社の息子だということは皆知っていた。そうした話題は自慢するでもなく、普通に交わされていたから。 僕が知らないだけでマウント取り合戦はあったのかもしれないが、同級生は皆、似たりよったりだ。 「大学に入っても、いるはずのない世那の姿を探してたよ。賑やかなグループがいると自然とそちらに視線が向いて、その中心が世那でないことに気づいて、当たり前なのにがっかりした」 「……そっか」 思いもよらないところで思いもよらない人に自分が長年思われていたことを知って、どことなく浮足立った気持ちになる。 大学に入ってから清流のことなんて、一ミリも思い出したことはなかった。 なのに、清流の中で僕は繰り返し思い出される存在だったわけで。 あの、一匹狼だった清流の。 なんだかそれが無性に、嬉しい。 価値がある、と言って貰えたみたいで。 「最初、世那の会社に入社することを考えたが、それは親父から止められた」 「まあ、そうだろうね」 僕は頷いた。 会社の業績が芳しくなかったからだろう。 「だから、いつか世那が、世那の会社が危機に瀕した時、助けることができるようになっておこうと思って」 にっこり笑う清流に、やっぱり外堀を埋めるタイプだ、と僕は確信する。 父は、会社と従業員を愛する立派な経営者だ。 家族は二の次で、会社のために家族が犠牲になるのは当然という、むしろ家族を駒のように扱うような側面がある。 それに兄も姉も反発したが、そんな気概もない僕はのほほんと父親の言う通りにした。 「途中でさ、僕が結婚するかもとは思わなかったの?」 僕が尋ねると清流はスマホを手にし、僕のSNSサイトを開く。 「世那のSNSは、わかりやすい。彼女がいる時は基本、彼女との匂わせ写真を一カ月に三回ほど掲載する。そして彼女と別れると、その彼女との写真を遡って消す」 「えっ……気付かなかった」 無意識の行動を分析され、少し恥ずかしくなる。 「世那は馬鹿みたいに顔がいい。だから、女が群がるのは当たり前だ」 僕はコクリと頷く。 顔面偏差値に全フリしてますから。 それしか取り柄がありませんから。 「ただ、世那は天然よりで、どちらかといえばとろくさいだろ? 俺からすれば外見とのギャップが堪らなく可愛い。が、外見のイメージや社長令息という肩書で付き合い出した女には受け入れられないだろうな」 「褒めるか貶すかどっちかにしてよ」 ついでに僕が振られる理由まで分析しないで欲しい。 「世那の魅力に気づく女がいなくて助かった。で、そろそろ俺も限界だったし、世那の会社の業績的にも限界だったし、見合いをセッティングして貰った」 「僕の父も清流のお父さんも、二人とも了承済みの上の、見合いだったってこと?」 「ああ」 外堀埋められすぎてて怖い。 「見合いするにあたってお義父さんの出した俺への条件は二つ。世那が嫌がる場合は無理に話を纏めないことと、世那との仲がどう落ち着こうが、会社の経営を五年以内に立て直すこと」 「え……」 それは、あまり清流にとって、良い条件とはいえない。 だって、僕が拒否する可能性のほうが圧倒的に高い。 僕にさっさと振られたにしても、その後五年は僕の会社のために頑張らなくてはならないってことだ。 いや、僕に振られたらその後は手を抜くことだって、できなくはないか。 だったら直ぐに結論は出せないなと思いながら、おずおずと清流を見上げる。 「どうしてそんな不利な条件飲んだの?」 清流は僕の頬に手を当て、「本当に不利だと思うか?」と尋ねた。 「世那の性格上、俺がこの条件を言えば、少なくとも五年は俺に付き合ってくれようとするだろ? ということは、俺は五年かけて、世那を口説けばいいってことだ」 「それは……」 二の句が継げない。 もしかしたら清流は、僕の家族よりも僕の性格を知っているのかもしれない、と恐れ戦いた。

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