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第一章:火花と氷8

 昼休み。担任に頼まれた配布物をまとめていた俺の前に、またしても騒がしい足音が迫ってきた。 「委員長ー! 今日こそ笑わせてやるからな!」  C組からやってきた榎本虎太郎が、B組のドアを勢いよく開け放つ。金髪の頭と場違いなテンションで、一瞬にしてクラスの空気をかき乱した。 「榎本、またか……」 「まただ! ほら見ろ、今日は“特製だぞ”」  彼の手にあるのは購買のコロッケパン。だがパンの上には、ケチャップで妙な文字が描かれていた。 「なになに……“規律第一”?」 「ジャーン! 委員長の座右の銘だ!」  榎本のセリフに、教室が一瞬で爆笑に包まれる。 「ぷっ、マジで似合いすぎ!」 「さすが真面目委員長~!」 「……くだらない」  不快感を示すべく、俺は眉間にしわを寄せた。 「おいおい。せっかくオメガの俺が、アルファの委員長を楽しませてやろうってんだぞ?」  榎本が大げさに肩を竦める。クラスが「おぉ」と茶化すようにどよめいた。  オメガがアルファを“笑わせるために群れに乱入”するなど、普通はありえない。大抵のオメガは自分の身を守るために、場の空気を読む側に回る。 「虎太郎、お前……オメガのくせに怖くねぇの?」 「は? なんで? 委員長が俺に手ぇ出すわけねーだろ?」  さらりと言ってのける榎本に、周囲はまた爆笑する。  無邪気な榎本の笑顔。近づいてくる距離。鼻先にふわりと漂うオメガ特有の柔らかな匂いに、一瞬だけ喉が鳴りそうになる。 (――馬鹿な。理性を失うなど、ありえない) 「たしかに! 委員長、絶対理性派だもんな!」 「虎太郎、安心しすぎじゃね?」 「……」  俺は無言で視線を落とした。言葉に詰まったのは、図星だったから。俺は誰よりも規律を重んじる。衝動や本能に飲まれることは、絶対に許されない。  榎本はそんな俺の内心を知ってか知らずか、悪びれもせずパンを片手に近づいてきた。 「ほら、一口くらい食えよ。委員長の“規律第一パン”だぞ?」 「断る」 「ちぇっ。なぁ、マジでいつか笑わせてみせるからな。アルファだろうが委員長だろうが、そんなもん関係ねぇ」  挑発的に言い放つその視線は、妙にまっすぐだった。 (――どうしてコイツは、こんなにも臆さないんだ)  アルファとしての威圧だけじゃなく、俺が必死に築いてきた“仮面”も榎本には全く通じない。その異常さに胸の奥で――何か、初めての感情が小さく音を立てた。

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