11 / 55
第一章:火花と氷10
翌日の昼休み。教室に戻ると、すでに妙なざわつきが広がっていた。中心にいるのは案の定、榎本だった。
「よーし、集まれ集まれ! これから第一回《委員長そっくり選手権》を開催するぞ!」
「はぁ!?」
「なんだそれ!」
俺が荷物を机に置いた瞬間、クラス中の視線が一斉に俺へと突き刺さる。榎本は教壇に立ち、両手を広げて宣言した。
「ここの委員長は冷静沈着、眉間にシワを寄せて規律だの校則だの言いまくる男だ! 果たして誰が一番似てるか、今ここで決めてやろうじゃねぇか!」
教室が爆笑に包まれ、次々と手が挙がる。
「俺やる!」
「じゃあ俺も!」
「負けねぇぞー!」
自薦した生徒たちが前に出て、次々と“俺の真似”を披露していく。
「……榎本、シャツをしまえ」
「廊下を走るな。規律を守れ」
「学級委員長として断固反対だ」
わざと眉をひそめ、俺の口調を真似するたびに、クラスはどっと笑いに包まれた。机を叩いて笑うヤツ、涙を拭うヤツまで出る始末。
「ちょっ、似すぎ! 腹痛ぇ!」
「マジで委員長が二人いるみたい!」
俺は額に手を当て、深いため息を吐いた。
(……くだらない。こんな無意味な遊びに、なぜこれほど夢中になれるんだ)
だが、最後に榎本が教壇に立った瞬間――空気が一変した。
「じゃ、トリはこの俺様だな!」
榎本は胸を張り、きゅっと眉を寄せて、俺の声色を真似した。
「『……榎本、カレーパンを食うときは静かにしろ』」
さらに机に腕を組んで座り、わざとらしく無表情を作ってみせる。大爆笑が起こったが、同時に俺は思わず目を見張った。
(む……妙に俺っぽい)
からかい半分のはずなのに、榎本の動作や目線の鋭さが妙に的を射ている。真似されているだけなのに――心臓を、指先で不意に突かれたような感覚がした。
「どーだ委員長、俺そっくりだろ?」
榎本はにかっと笑い、教室全体から拍手と笑い声が飛ぶ。
「優勝! 榎本優勝だろ!」
「いや似すぎて笑えねぇ!」
教室が騒ぎに包まれる中、俺はただ無言で榎本を睨んでいた。その視線を受けて、榎本の笑顔がほんの少し柔らかくなる。
「……やっと笑いそうな顔したな」
小声でそう囁かれた瞬間、胸の奥に熱が灯った。
放課後。生徒が次々と帰り支度をするざわめきの中、俺は教室の黒板に明日の連絡事項を書き終えていた。
チョークを置き、スクールバッグを肩にかけて廊下に出ると、壁にもたれて待っている男がいた。
「よっ、委員長」
金髪の榎本虎太郎。昼の騒動の主犯が、にやにや笑って俺の進路を塞ぐ。
「はあぁ、まだ何か用か」
「用ってわけじゃねーけどさ。お前、怒ってんだろ?」
「怒ってはいない。ただ、くだらなさすぎて呆れているだけだ」
歩みを進めようとした俺の腕を、榎本がひょいと掴んだ。
「マジで怒ってねぇ? 俺、ちょっとはマジだったんだぜ」
「何を言っている」
榎本は笑いを引っ込め、珍しく真剣な目を向けてきた。
「だってさ……委員長って、いつも顔に感情ねぇだろ。怒りもしねぇし、笑いもしねぇ。だからさ、笑わせてみたかったんだよ。俺が真似したら、少しくらい崩れるかなって」
胸の奥を、不意に突かれた気がした。ふざけているようで本気。軽口を叩いているようで、妙にまっすぐな声。
「くだらない。俺は笑う必要などない」
そう返したのに、自分の声が揺れていることに気づいて、苛立ちが募る。
「必要あるだろ」
榎本は俺の目を直視し、肩を竦めて笑った。
「だって笑ってる方が、人間らしいじゃん。委員長は人形じゃなくて、生きてる人間なんだろ?」
その言葉が胸に残り、俺の動きを止める。それでも意を決して榎本の手を振り払い、廊下を歩き出す。
だが、背後から追い打ちのように声が飛んできた。
「いつか本気で笑わせてやるからな、委員長!」
振り返らなかった。もし振り返っていたら――きっと、何かが変わってしまいそうだったから。
ともだちにシェアしよう!

