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第一章:火花と氷10

 翌日の昼休み。教室に戻ると、すでに妙なざわつきが広がっていた。中心にいるのは案の定、榎本だった。 「よーし、集まれ集まれ! これから第一回《委員長そっくり選手権》を開催するぞ!」 「はぁ!?」 「なんだそれ!」  俺が荷物を机に置いた瞬間、クラス中の視線が一斉に俺へと突き刺さる。榎本は教壇に立ち、両手を広げて宣言した。 「ここの委員長は冷静沈着、眉間にシワを寄せて規律だの校則だの言いまくる男だ! 果たして誰が一番似てるか、今ここで決めてやろうじゃねぇか!」  教室が爆笑に包まれ、次々と手が挙がる。 「俺やる!」 「じゃあ俺も!」 「負けねぇぞー!」  自薦した生徒たちが前に出て、次々と“俺の真似”を披露していく。 「……榎本、シャツをしまえ」 「廊下を走るな。規律を守れ」 「学級委員長として断固反対だ」  わざと眉をひそめ、俺の口調を真似するたびに、クラスはどっと笑いに包まれた。机を叩いて笑うヤツ、涙を拭うヤツまで出る始末。 「ちょっ、似すぎ! 腹痛ぇ!」 「マジで委員長が二人いるみたい!」  俺は額に手を当て、深いため息を吐いた。 (……くだらない。こんな無意味な遊びに、なぜこれほど夢中になれるんだ)  だが、最後に榎本が教壇に立った瞬間――空気が一変した。 「じゃ、トリはこの俺様だな!」  榎本は胸を張り、きゅっと眉を寄せて、俺の声色を真似した。 「『……榎本、カレーパンを食うときは静かにしろ』」  さらに机に腕を組んで座り、わざとらしく無表情を作ってみせる。大爆笑が起こったが、同時に俺は思わず目を見張った。 (む……妙に俺っぽい)  からかい半分のはずなのに、榎本の動作や目線の鋭さが妙に的を射ている。真似されているだけなのに――心臓を、指先で不意に突かれたような感覚がした。 「どーだ委員長、俺そっくりだろ?」  榎本はにかっと笑い、教室全体から拍手と笑い声が飛ぶ。 「優勝! 榎本優勝だろ!」 「いや似すぎて笑えねぇ!」  教室が騒ぎに包まれる中、俺はただ無言で榎本を睨んでいた。その視線を受けて、榎本の笑顔がほんの少し柔らかくなる。 「……やっと笑いそうな顔したな」  小声でそう囁かれた瞬間、胸の奥に熱が灯った。  放課後。生徒が次々と帰り支度をするざわめきの中、俺は教室の黒板に明日の連絡事項を書き終えていた。  チョークを置き、スクールバッグを肩にかけて廊下に出ると、壁にもたれて待っている男がいた。 「よっ、委員長」  金髪の榎本虎太郎。昼の騒動の主犯が、にやにや笑って俺の進路を塞ぐ。 「はあぁ、まだ何か用か」 「用ってわけじゃねーけどさ。お前、怒ってんだろ?」 「怒ってはいない。ただ、くだらなさすぎて呆れているだけだ」  歩みを進めようとした俺の腕を、榎本がひょいと掴んだ。 「マジで怒ってねぇ? 俺、ちょっとはマジだったんだぜ」 「何を言っている」  榎本は笑いを引っ込め、珍しく真剣な目を向けてきた。 「だってさ……委員長って、いつも顔に感情ねぇだろ。怒りもしねぇし、笑いもしねぇ。だからさ、笑わせてみたかったんだよ。俺が真似したら、少しくらい崩れるかなって」  胸の奥を、不意に突かれた気がした。ふざけているようで本気。軽口を叩いているようで、妙にまっすぐな声。 「くだらない。俺は笑う必要などない」  そう返したのに、自分の声が揺れていることに気づいて、苛立ちが募る。 「必要あるだろ」  榎本は俺の目を直視し、肩を竦めて笑った。 「だって笑ってる方が、人間らしいじゃん。委員長は人形じゃなくて、生きてる人間なんだろ?」  その言葉が胸に残り、俺の動きを止める。それでも意を決して榎本の手を振り払い、廊下を歩き出す。  だが、背後から追い打ちのように声が飛んできた。 「いつか本気で笑わせてやるからな、委員長!」  振り返らなかった。もし振り返っていたら――きっと、何かが変わってしまいそうだったから。

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