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第一章:火花と氷11
勉強机の上に教科書を広げ、ノートを取る手を止める。視線の先では、規則正しく並んだ文字列が、急にぼやけて見えた。
(……くだらない。あいつの言葉なんて)
わざとらしい笑い声、悪びれずに肩を並べてくる距離感。昼間の「委員長そっくり選手権」だって、本来なら不快感しかないはずだった。だが――。
『委員長だって人形じゃなくて、生きてる人間なんだろ?』
その言葉が耳から離れない。無表情で誰にも心を許さず、規律と努力で自分を塗り固めてきた。それを「人間じゃない」とでも言うかのように突きつけられた瞬間、胸の奥で何かがずきりと痛んだ。
(俺は……笑う必要などない。完璧であることがすべてだ。弱さを見せれば、存在を否定される)
父や家族から向けられた冷たい視線を思い出す。笑うことも泣くことも、自分には許されなかった。
けれど購買のカレーパンを一口かじったときに見せた、榎本のやけに嬉しそうな顔。「いつか本気で笑わせてやる」と言った、妙にまっすぐな声。
その映像が脳裏に浮かんでは消え、ノートの余白を何度も無意味に黒く塗りつぶしていた。
(……くだらない。なのに、なぜ……)
胸の奥に、小さな棘のような違和感が刺さり続けていた。まるで完璧に整えた自分の世界の隙間から、外の空気が無理やり入り込んできているかのように。
朝のホームルームが始まる前。黒板に連絡事項を書き終え、椅子に座ってノートを開いた。周囲はまだ賑やかで、隣の席ではクラスメイトが友人と盛んに喋っている。
俺は視線を落としながら、意識の一部がどうしても隣のクラスの廊下に向く。廊下を通る足音がするたびに、反射的に顔を上げてしまう。
(……何をやっている。俺には関係のない人間だ)
榎本虎太郎。金髪、乱れた服装、無駄に明るい大きな声。どれも俺の嫌う要素でしかないはずなのに。
視界の端に、不意にその姿が映った。廊下を仲間と肩を並べ、やかましいほどの声で笑っている。わざと気取らない仕草。自然体で息苦しさが一切ない。
……気づけば、胸の奥に微かな熱が生まれていた。
「――委員長?」
クラスメイトに呼ばれて、慌ててペンを持ち直す。自分が榎本を目で追っていたことなど、気づかれてはならない。
(くだらない……くだらない。だが――)
視線を戻しても、耳には彼の笑い声が鮮明に残っていた。
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