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第二章:ひび割れる仮面3

 放課後。職員室へ提出する書類を抱えて教室を出た俺は、人気のない廊下を足早に進んでいた。 (昼休みはくだらない茶番だった。榎本のヤツ、なぜ俺を“笑わせる”ことに固執するのか)  冷めた感情を必死に維持しながら歩いていると、背後から足音が駆け寄ってくる。 「おーい、委員長!」  振り向けば、案の定アイツ――榎本虎太郎。昼間の騒動の張本人が、乱れた制服姿のまま駆けてきた。 「……お前か」 「お前か、じゃねーよ! なんで先に帰ろうとしてんだよ」 「俺にはやることがある」 「やることより先に、大事なことが残ってんだろ」  榎本は悪戯っぽく笑い、俺の前に立ちはだかる。 「まだ、委員長を笑わせてねぇ」  呆気にとられる俺をよそに、榎本は鼻息荒く拳を握った。 「今日の“そっくり選手権”、あれはあれで盛りあがったけどよ。お前、全然揺れてなかったじゃん。つまんねーんだよ、あんな仮面みたいな顔!」 「仮面、だと?」 「そうだよ。笑いたいときに笑わねぇで、無理して全部隠してさ。そんなの息苦しくねーのか?」  心臓の奥に、小さな棘が突き刺さったような感覚。榎本はわざと、俺を困らせるために言っているのだとわかっている。だが、その眼差しはからかいだけじゃなく、妙にまっすぐだった。 「委員長ってさ、アルファのくせに匂いが薄いんだよな」  突然、榎本がぽつりと呟いた。その言葉に息をのむ。 「……なぜそれを」 「みんなの匂いって、もっとドバーッと出てるんだ。楽しいときは甘い匂い、怒ってるときはツンとした匂い……でもお前は、いつも無臭に近い。俺、そういうの嗅いだことがなかった」  榎本の口調が、昼間の冗談交じりとは違っていた。俺に理解させようと自分の言葉を使って説明する姿が、妙に心に刺さる。  相変わらず渋い表情を決め込む俺を見ながら榎本はふっと笑い、肩を軽く叩いた。 「委員長はさ、もっと自分を出していいんだ。俺はお前が笑うときの匂い、すっげぇ嗅いでみてぇ」  その無邪気な言葉に、喉の奥がひりつくように熱くなる。気づけば俺は、乱暴に榎本の手を払いのけた。 「くだらないことを言うな」  胸の奥が、じわりと熱を帯びる。何を馬鹿なことを――そう吐き捨てれば済む話なのに、声が僅かかに震えたのを自分でも感じた。

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