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第二章:ひび割れる仮面5
放課後。夕焼けが差し込む廊下で、俺は榎本を待ち伏せしていた。
窓から差し込む橙色の光が床を染め、生徒たちがざわざわと下駄箱へと流れていく中、金髪の頭が人混みの向こうに見えた。
「……榎本」
「ん? おー、委員長。どうした、迎えに来てくれたのか?」
いつも通り軽口を叩きながら近づいてくる榎本を、俺は静かに睨み据えた。
「少し、話がある。屋上に来い」
「お、デートのお誘いか? オレ、そういうの大歓迎だぞ」
「……ふざけるな」
歩きながらも次々と軽口を放ってくる榎本を無視し、俺は無人になった屋上への扉を押し開けた。夕暮れの風が制服を揺らし、遠くから部活の掛け声が響いてくる。
橙と群青が混ざり合う空の下、二人だけの空間がぽっかりと浮かび上がる。
「で? わざわざこんなところで話すってことは、昨日のことか?」
「そうだ」
俺は真正面から彼を見据える。
「なぜ、あのとき俺を庇った」
「え?」
「担任は、委員長である俺に責任を押しつけようとしていた。だが、お前が“全部自分のせいだ”と……。なぜだ」
一瞬だけ、榎本の表情から軽さが消えた。けれどすぐに、いつもの調子で笑う。
「理由なんて簡単だろ? 俺がやりたくてやったんだから、怒られるのは当然じゃん?」
「それだけか」
「……あと、委員長に泥かけたくなかった」
その一言に、心臓がひどく跳ねた。風がふっと吹き抜け、二人の間の空気が少しだけ変わる。
「俺さ、オメガだから匂いでなんとなくわかんだよ。お前、普段は“何も感じてない顔”してるけど、本当はいつもギリギリで我慢してるだろ。……昨日も怒られそうになったとき、めちゃくちゃ焦った匂いしてた」
「……っ」
思わず息を呑む。完璧に隠してきたはずの俺の感情を、榎本は嗅ぎ取っていた――その事実が、予想以上に胸を抉った。
「だから俺がかばった。そんだけだ。別に深い意味はねぇよ」
笑いながら言う榎本の瞳は、不思議とまっすぐだった。ふざけた軽口の奥に、嘘も打算もない視線。オメガであるはずなのに、怯むことなく俺を正面から見据えてくる。
視線をそらしたいのに、どうしてもできなかった。この男のまっすぐさが、否応なしに胸の奥をかき乱す。
「榎本……本当に、理解できない」
口をついて出たのは、その一言だけだった。榎本は「へぇ」と目を細め、夕焼けに染まる空を見上げる。
「ま、理解されなくてもいいけどな。でも俺は、お前のそういう顔、ちょっと好きだぜ」
「……は?」
不意打ちのような言葉に、息が詰まった。榎本は肩を竦めて、いつもの調子に戻る。
「じゃ、委員長に怒られる前に帰るとするか。屋上で二人きりとか、誰かに見られたら噂になるしな~?」
軽口を残して、榎本は階段の方へ歩き出した。
その背中を見送りながら、俺は胸の奥のざわめきをどうすることもできず、ただ風に吹かれて立ち尽くしていた。
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