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第二章:ひび割れる仮面11
佐伯委員長を笑わせるために、わざわざ出向いたB組の教室中が、今日も大盛り上がりしていた。男子校の昼休みなんて、基本バカ騒ぎ。俺に囃し立てられたB組の連中は「モノマネ大会」と称し、順番に教師やクラスメイトの真似をして笑っている。
「じゃあ次は俺の番な!」
俺は勢いよく立ち上がると、黒板に向かって歩いていった。頭に浮かんだのはもちろんクラス一の堅物、委員長こと佐伯。背筋をビシッと伸ばして眉間にシワを寄せて、チョークを持つ真似をする。口を固く結び、気難しい表情を作り込んだら――「似てる!」「委員長だ!」と教室がどっと沸いた。
「“規律を守れ”ってさ、こうやって言うんだよな!」
指を突きつけるポーズまでつけた俺に、みんなは大爆笑。やっぱりウケるなと胸の内でガッツポーズした、そのとき――。
「……うっ」
微かな笑い声が俺の耳に聞こえた。振り返ると、委員長が口元をほんの少し緩めているではないか。
(え……?)
クラス全員が「うわっ、委員長が笑った!?」と大騒ぎする中、俺は妙に固まってしまった。だってあの委員長が、笑った。冷たい顔しか見たことなかったのに、不意にこぼれた笑顔は驚くほど柔らかくて、クソ……なんかカッコよかった。
(……やべぇ、何だこれ。心臓バクバクしてんだけど)
佐伯が笑っただけだぞ? たったそれだけで、どうして俺はこんなにドキッとしてんだ?
「榎本……調子に乗るな」
すぐに佐伯はいつもの冷たい顔に戻って、俺を睨んできた。でもその目が、なんか照れ隠しみたいに見えたのは……俺の気のせいか?
胸の鼓動が全然落ち着かない。バカみたいだ。今まで散々からかって遊んでただけの委員長に――俺、本気で意識しちまってる。
(やべぇ、まだドキドキしてる。すげぇカッコよすぎた――)
さっき、あの委員長が笑った。ほんの一瞬、口元が緩んだだけ。なのに俺の頭の中で、スローモーションみたいに焼き付いて離れない。
笑顔が見たい。もう一回見たい。その欲求に突き動かされて、俺は放課後の教室で佐伯に絡んでしまった。
「なぁ委員長! お前、眉間にシワ寄せるクセあるだろ? ほら、こうやって――」
俺は鏡の真似みたいに佐伯の前で、眉間にシワを寄せてみせる。教室に残っていたクラスメイトがクスクス笑う。
よし、これでまた笑うか――と思ったら。
「……くだらない真似はやめろ」
ピシャリと冷たい声が耳に届いた瞬間、俺の心臓がズキッと痛んだ。それでも慌てて続ける。
「い、いや! 怒るなよ! 俺、ただ……お前のこと……いや、その……」
言葉が詰まる。何て説明したらいい? 本当は「お前の笑顔がもう一度見たい」なんて言えやしない。
結局、ぐだぐだのまま俺は「ごめん」と呟くしかなかった。佐伯は無言で教科書に視線を落とし、もう俺を見てくれなかった。目の前でとられる冷たい態度のせいでやけに遠く感じて、笑わせるどころか――突き放されただけだった。
校舎を出たあと、俺はグラウンドの隅で一人座り込んだ。夕焼けの匂いが漂う空気が、妙に胸にしみる。
(まったく……何やってんだよ、俺。ただふざけてるつもりだったのに。佐伯を笑わせたかっただけなのに。なんで、こんなに落ち込んでんだ)
オメガの俺が、アルファの委員長に本気で気持ちを揺らされてるなんて……。しかも、嫌われたかもしれないって思うだけで、こんなに胸が重くなるとかどうなってんだよ。
(俺……まさか、本気で――いや、そんなわけ……)
でも否定すればするほど、胸の奥がじんわり熱を帯びていく。
自分でも理解できない。ただひとつわかるのは――佐伯のことが頭から離れなくなったということだった。
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