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第二章:ひび割れる仮面16

 月曜の朝、いつもと変わらない通学路。自宅から出るのが5分だけ遅くなったので、アスファルトに落ちている紅葉を踏みしめながら、急いで学校に向かう。教室の扉を開けた瞬間、妙なざわめきが広がっているのがすぐにわかった。妙に浮き足立った空気――その理由は、すぐに見えた。  廊下の奥から、金髪の頭がのっしのっしとこちらへ進んでくる。 「おーっす! みんな元気にしてたか!」  榎本虎太郎。停学を終えて、まるで何事もなかったかのように――いや、むしろさらに存在感を増して戻ってきた。  一瞬、教室が水を打ったように静まり返るが次の瞬間、歓声とも拍手ともつかない声が一斉に湧き上がった。 「虎太郎ー! お前、やっぱ伝説だわ!」 「アルファ相手に全勝とか、どんな怪物だよ!」 「停学明け早々に、そのテンションかよ!」  榎本はその声の渦の中で、豪快に笑いながら仲間の肩をばんばん叩いていく。その場の空気が、彼を中心に一気に塗り替えられていくのがわかった。 (まったく……本当に場を変える男だな)  机に視線を落としながら、心の奥が僅かにざわつく。  そんな俺の内心を知ってか知らずか、榎本がこっちへ向かってくる足音が、はっきりと聞こえた。そしていつものように、俺の机の前に腰を下ろす。 「よっ、委員長。ノートありがとな。すっげぇ助かった」  屈託のない笑顔で、当たり前のように礼を言うその顔。俺は返事をするべきなのに、喉の奥が固まって声が出なかった。  やっと絞り出した言葉は――。 「少しは静かにしろ、規律を乱すな」  我ながらつまらない返しだと思った。けれど榎本は、まるでそれすら計算に入っているように、にやりと笑う。 「そんくらいわかってるって。でもさ……俺がいねぇ間は静かすぎて、退屈だったろ?」  冗談めかして放たれた一言。心臓が不意に跳ねた。俺の内側を見透かされたようで、否応なしに息が詰まる。 「……くだらない」  視線を逸らしながら、短くそう返すしかなかった。榎本の笑い声が背後に残る。それがなぜか妙に心地よく、耳の奥に残り続けていた。

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