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第三章:演じる仮面の下で2
秋の文化祭に向けた学年集会。体育館に集められた一年生たちの前で、学年主任の声が響き渡った。
「今年の一年は、各クラス合同で演劇をやってもらう! 演目は『ロミオとジュリエット』だ!」
学年主任が告げたセリフを聞いて、一気にざわつく。男子校で恋愛劇、それも古典の王道。笑い声と野次が飛び交い、体育館が騒がしくなった。
「マジかよ! ジュリエット役って誰がやんの!? やっぱオメガがいいんじゃね?」
「ロミジュリなんて、絶対ウケ狙いだろ、これ!」
「うちのクラスからは、誰が出されるんだ?」
文化祭の演劇について話が止まらない一年を眺めた学年主任は、苦笑しつつも淡々と続けた。
「配役は、各クラスから推薦や希望を出して決める。演技経験がなくても構わない。とにかく積極的にやってくれ」
その言葉を合図に、各クラスでの話し合いが始まった。
「はいはい、ロミオ役は俺がやる!」
真っ先に手を挙げたのは、目立ちたがり屋の榎本虎太郎。彼が在籍するC組だけじゃなく、榎本と交流のあるB組の面々も、こぞって声をあげた。
「榎本がロミオっていいんじゃね。こういうのは、ノリと勢いだからな!」
「ま~た榎本かよ!」
「いやでも似合うかもな。髪は金髪で顔は派手だし」
「ロミオっていうより、まんま不良だけどな」
あちこちから笑いが起きる中、榎本は胸を張っていた。
「じゃあジュリエット役は、佐伯委員長でどうだ?」
誰かが冷やかし半分で言った瞬間、空気が一気におもしろがりの方向に傾く。
「え、佐伯がジュリエット!?」
「ギャハハ! 似合いすぎだろ、堅物プリンセス!」
「ぜひ見たい!」
「……ふざけるな」
俺は迷うことなく、冷ややかな声で一蹴する。しかし推薦の手は次々と挙がり、いつのまにかクラスの総意のような流れになっていた。
「決まりだな! ロミオ役=榎本、ジュリエット役=佐伯!」
「おーっ!」
拍手と歓声。体育館のあちこちから野次と笑いが飛び交う。周囲の熱狂と、自分だけが取り残されたような冷めた感覚。その温度差が、やけに鮮明だった。
「まったく、くだらない……」
一方、榎本は隣でにかっと笑い、肘で軽く俺の脇腹を突く。
「なぁ委員長。これ、運命じゃね?」
その一言に、表情を崩さずに返した。
「舞台の上で必要なのは演技力だ。私情を持ち込むな」
いつも通りの冷徹な返答に、榎本は肩を竦めてやり過ごしたのだった。
放課後の多目的室に、一年生の演劇メンバーが集められた。講堂でおこなわれる舞台での本番に向けて、まずは台本の読み合わせをする。
「はいはいー、主役のロミオは俺、榎本虎太郎だ! よろしくなー!」
開始早々、榎本は大声で自己紹介をし、仲間たちから笑いが起きる。
「お前、マジでノリよすぎ!」
「絶対ふざける気だろ!」
本人はここぞとばかりに胸を張り、当然のように俺の隣に座り込む。
「……ジュリエット役、佐伯涼です」
静かに名乗った瞬間、部屋がざわめいた。真面目な委員長がジュリエットをやるという、その事実だけで皆が意味深に目配せしながら、榎本と俺を交互に眺める。
さっそく、読み合わせが始まった。
「ああ、美しきジュリエット!」
榎本は片膝をつきながら両手を胸に当てて、妙に芝居がかった大袈裟なポーズで台詞を叫ぶ。
「ぷっ……」
見ていた男子たちから笑い声が漏れた。
「榎本、声がデカすぎる!」
「しかも顔芸がヤバい!」
「何言ってんだ。演劇ってのは、気持ちを込めるもんだろ!」
榎本は得意げに言い返し、さらに俺に向かって大げさに叫んだ。
「ジュリエット――! 俺はお前を愛してるッ!」
その迫力に部屋がどっと沸く。笑いと拍手が混ざる中、俺は眉間にシワを寄せて台本を見つめ、榎本に文句を言った。
「榎本、演出意図を無視した大声は、ただの騒音だ」
「なんだよ! 委員長、ノリ悪ぃな!」
「芝居は感情を制御し、場面の意図を正確に伝える技術だ。台本の解釈を――」
「おいおい、そんなの聞いてたら舞台が終わっちまうって! ロミオは“感じる”んだよ!」
「……根拠のない感情表現は、観客には伝わらない」
「伝わるって! 俺の魂の叫びが!」
榎本はふてぶてしく笑いながらも、ポケットに手を突っ込んで視線を右往左往させる。
そして問題のシーン――ロミオとジュリエットが距離を詰める場面。
「ここ、二人は舞台の真ん中で、じっと見つめ合って……」と演出担当が説明すると、榎本は即座に俺に顔を近づけた。
「……っ」
思わず後ずさると、至近距離で視線がぶつかった。榎本の瞳にほんの一瞬の戸惑いと、言葉にならない熱が浮かんだ気がした。すぐに視線を逸らしたが、その一瞬が胸の奥に焼き付いて離れない。
榎本は慌てて俺から顔を逸らし、バツが悪そうに頭を掻く。
「ちょ、ちょっと休憩な! 暑くてやってらんねぇ!」
教室中が笑い声に包まれる中、俺だけ真顔で台本を開いて読み込む。
(これ……本番まで、まともに形になるのだろうか?)
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