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第三章:演じる仮面の下で4
文化祭まであと1週間。放課後の体育館は、その準備をするために戦場みたいな騒がしさだった。
「そっちの板、もうちょい右ー! いや逆!」
「おいおい、ペンキこぼすなって!」
「衣装係ちょっと来てくれ、布が足りないぞー!」
怒鳴り声と笑い声がごちゃまぜになって、空気が熱気でむんむんしている。そんな中、俺はある人物をロックオンしていた。それは、気になって仕方ない佐伯委員長。
あの日の稽古で、俺は本気の台詞をぶつけてやった。それからというもの、佐伯はあからさまに俺を避けてる気がする。目が合いそうになると、そっぽを向くんだよな。あれ、実はちょっとおもしろい。
「おーい委員長! これ持つの手伝え!」
巨大な合板を抱えながら声をかける。俺一人じゃバランスが取れなくて、正直けっこうヤバい。
「……他の誰かに頼め」
「お前じゃなきゃダメなんだよ。背ぇ高いし力もあるし、ちょうどいいじゃん」
言い訳は完璧だし、周りの目もある。佐伯はしぶしぶ手を貸してくれた。
「せーのっ!」
重っ……。思ったよりずっと重い。板がぐらついた瞬間、佐伯の体が傾いた。咄嗟に、俺は佐伯の腰に手を回して支える。
「おっとっと、危ねぇな。落っこちたら大惨事だぞ」
「余計な接触はするな」
「いやいや、助けただけだろ?」
肩を竦めて、へらっと笑ってみせる。
(――佐伯の耳、ほんのり赤くね?)
それを見た瞬間、なんか胸の奥がざわっとした。
二人で板を運び終えて、体育館の奥に腰を下ろす。汗が流れるのも気持ちいいくらい、空気が熱い。
「はー、やっぱ重労働は二人だと楽だな」
「俺は別に楽ではない」
「またまた。けどさ、こうして一緒にやると案外悪くねぇだろ?」
ふっと笑いかけると、佐伯は何も言わなかった。その沈黙が逆に、妙に胸に残る。
(……ヤベェ、なんか調子狂う)
立ち上がろうとしたそのとき、クラスメイトの声が飛んできた。
「榎本ー! 衣装の採寸、お前の順番だぞ!」
「おーっす! 委員長、付き合ってくれ!」
「は?」
佐伯の腕を引っ張って、強制的に連行する。衣装係が広げたのは、真っ白なロミオ衣装だった。体育館のど真ん中で、みんなの視線が一斉に俺と佐伯に注がれる。
「佐伯委員長、採寸係やってやれよ! 二人でサイズ確認した方が早いって!」
「……冗談だろ」
「よっしゃー! じゃあ委員長、遠慮なく触ってくれていいからな!」
ニヤニヤ笑いながら言ったのに、近づいてきた佐伯の手が、メジャーを伸ばした瞬間、
(ん?……なんだ、この距離感――)
肩幅、胸囲、ウエスト……測られるたびに、心臓が勝手に跳ねる。シャツ越しに佐伯の指が触れた瞬間なんて、特に――
「うっ……」
(やっべ……今、変な音出した? 俺の心臓バクバク高鳴ってる)
「榎本動くな。正確に測れない」
「お、おう!」
いつもならふざけ通す場面なのに、素直に言うことを聞いちまった。周囲の騒がしさなんて、もう耳に入らない。目の前にあるのは、佐伯の真面目な横顔だけ。
近い、近すぎる。しかもすげぇ整ってて、目が離せない……。
「……終わった」
メジャーを巻き取って佐伯が一歩下がった瞬間、俺は大きく息を吐き出した。
「お、おう……サンキュな」
「顔が赤いぞ。熱でもあるのか?」
「なっ……! べ、別に!」
必死に否定したけど、耳まで熱いのが自分でもわかる。
(くそ。なんで俺、委員長相手にドキドキしてんだよ……!)
慌てて上着を羽織って、ごまかすように大声を張り上げた。
「よーし! 採寸が終わったし、次は大道具運ぶぞー!」
本当はこのあと、佐伯の採寸をしなきゃいけないハズだったのに、俺はわざと理由を作って逃げた。しかも胸の奥の高鳴りは全然止まってくれなくて、苦しいくらいだった。
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