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第三章:演じる仮面の下で6
文化祭当日。講堂には生徒や教師だけじゃなく、近くの学校からも人が来ていて、ぎっしりと観客で埋まっていた。ざわつく空気と、期待の視線が舞台に向けられる中、ついに幕が上がる。
物語は順調に進んでいき、いよいよクライマックス――バルコニーのシーン。舞台袖から俺が登場した瞬間、場内の空気がピンと張り詰めたのがわかった。普段の俺のふざけた姿とは全然違う表情をしていたんだと思う。目の前に立つジュリエット――佐伯を見上げながら、胸の奥に熱がじわじわと込み上げる。
「おお、美しき太陽よ……。月の光など霞んでしまう……」
声を張ると、講堂のざわめきが一気に静まり返った。佐伯は緊張しながらも、ジュリエットとして柔らかく微笑んで見せる。その笑顔がまるで、本当に俺に向けられているみたいで、心臓がドクンと大きく跳ねた。
(くそっ……演技だってわかってんのに、ドキドキが止まんねぇ……)
台詞が進んでいく。やがて二人で手を取り合う場面――佐伯の手はやけに冷たくて、小さく震えていた。
「……ロミオ、もし本当にあなたが運命の人なら……」
いつもの佐伯じゃ考えられないような、微かな震え声。観客には台本通りの儚いジュリエットに見えてるだろう。でも俺にはそれが演技だけじゃないって、なぜかわかった。
(委員長……本気で動揺してる? 俺とこうして触れて……)
抑えきれなくなった衝動が、口を衝いて出る。
「たとえ誰に拒まれようと、俺はあんたを選ぶ!」
台本にはない言い切り。場内が一瞬息をのんだのがわかる。佐伯が驚いたように目を見開いて、バッチリ視線が合った。その刹那――アイツの頬が真っ赤に染まった。
その反応に観客がざわつき、拍手がどんどん広がっていく。幕が下りるまで、俺は佐伯から目を逸らすことができなかった。
拍手と歓声が鳴り止まないまま、幕が下りる。
佐伯は大きく息を吸い込んでいて、俺も胸の鼓動がバクバクと落ち着かなかった。照明の熱と観客の熱気で、頭がぼんやりする。
「やっべぇ、最高だったな!」
汗を拭いながら、思わず笑みがこぼれる。普段の軽い笑いじゃない。舞台の高揚感がそのまま顔に出ていた。
舞台袖では、教師や生徒が「お疲れ!」と声をかけてくれる。そのとき、客席の方から「アンコール!」の声が上がった。最初は一人だったのが、あっという間に大きなうねりになっていく。
「……アンコール、だと?」
佐伯が目を見開いて俺を見る。
「マジで? 演劇でアンコールとかあるのかよ!」
俺は笑いながらもワクワクが止まらず、佐伯の肩を軽く叩いた。教師が小声で「少しだけ、即興で返してあげなさい」と言った。
観客の勢いに押される形で、俺たちはもう一度舞台へと戻ることになった。
「えー……即興ですが、最後にもう一度、ロミオとジュリエットを」
アナウンスに観客が沸き立つ。舞台中央、佐伯と向かい合う。今度は完全なアドリブだ。
「ジュリエット……!」
思わず声を張る。マントの裾を翻しながら跪き、まっすぐに佐伯を見上げる。
「ロミオ……私は――」
佐伯の声が一瞬掠れた。台本通りなら、ここは悲劇の幕切れ。でも、観客の空気は“幸せな結末”を求めている。その空気を肌で感じた俺は、迷わず佐伯の手を取った。
「生きてりゃいいじゃねぇか! ジュリエット、お前となら、どんな運命だってぶっ壊してやる!」
――即興の俺の本音。佐伯は一瞬、驚いたように固まる。でも俺の目をまっすぐ見たあと、ふっと瞼を伏せて手をぎゅっと握り返してきた。
「……ロミオ。あなたという人は、本当に……」
その声が、やけに優しかった。客席から大歓声が起こる。
幕が閉じる直前、俺の笑顔と、頬を赤く染めた佐伯の横顔が照明に照らされて、焼きつくような光景になっていた――。
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