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第四章:離れて気づくもの6
翌朝――校門をくぐってきた佐伯を見た瞬間、思わず足が止まった。
制服の襟はいつも通りぴしっと整ってて、髪も一糸乱れなし。昨夜、つらそうに体を震わせながら、体重を預けるように俺の肩に寄りかかってきた姿なんて、まるで最初からなかったみたいだ。
しかもガラス細工みたいに完璧な仮面を、またしれっと被ってやがる。
(……マジで、なんなんだよ。佐伯のヤツ!)
胸の奥がちりちりと熱を帯びる。どうにも無視できなくて、気づいたら声をかけていた。
「よ、委員長」
廊下の途中で振り返った佐伯の視線が、ぴたりと俺を射抜いた。あからさまに冷たい目。まるで昨夜のことを俺の記憶ごと切り捨てるような目だった。
「榎本……昨日の件は忘れろ」
「は?」
「お前が知る必要はない。これ以上、余計な口出しもするな」
淡々とした口調に、頭の奥で何かがブチッと切れた気がした。昨日、自ら乱闘騒ぎに首を突っ込んだ後、ムダに重い体を必死に支えて、佐伯の家まで送り届けたのに――それを「なかったこと」にされるのは、腹の底からムカついた。
「おいおい……それで済むと思ってんのか?」
「何を――」
「俺を守るために、無理して倒れたよな。あんな顔、俺はもう二度と見たくねぇんだよ!」
声が低くなってるのが自分でもわかった。怒りだけじゃねぇ。胸の奥に、妙なざわめきが大きく渦を巻いていた。
俺の怒号に、佐伯の瞳が僅かに揺らぐ。その瞬間、目の前の仮面が一瞬だけ軋む音が鳴った気がした。
「……あれは、ただの体調不良だ」
「ウソつけ。お前、ずっと無理してたんだろ」
俺たちの言い合いに、周りの生徒が何事かと振り返る。だけど、もう止まれなかった。今までなら、面倒くせぇって笑って流してたかもしれない。でももう、あの夜を知ってしまった――体が弱いくせに無理して強がる、佐伯の姿を見てしまったから。
「なぁ委員長。なんでそこまで仮面被ってんだよ。強がって、誰にも本当の顔見せねぇで……それでいいのか?」
「……っ」
佐伯が息を詰める。その目にほんの一瞬、怯えのようなものが過った気がした。そこを見逃すほど、俺は鈍くない。
「俺はもう知っちまったんだ。お前の弱さや苦しそうな顔も。だから……ぜってぇ目ぇ逸らさねぇからな」
口から出た言葉は、自分でも驚くほどまっすぐだった。ふざけもごまかしもなく、ただ本心だけが滲み出る。
佐伯は小さく息を吐き、何かを言いかけて首を横に振る。
「やはりお前は、俺のことを理解していない。俺は……俺の立場は、そんな甘いものではない」
またそれだ。“立場”ってやつに全部押し込めて、自分の気持ちも弱さも見せない。その言葉が、やけに遠く感じて、悔しくて――気づけば、俺は挑発するみたいに笑ってた。
「じゃあ、その“立場”ってやつごと、俺がぶっ壊してやるよ」
その瞬間、廊下の空気が一瞬ぴんと張り詰めた。周囲のざわめきが遠のき、佐伯の瞳だけがはっきりと見える。アイツの心臓がドクンと大きく跳ねたのが――なぜか俺にも伝わってきた。
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