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第五章:壊したい未来、守りたい人10
「昨日の放課後、廊下で榎本が言ったんだって」
「榎本、頭おかしいんじゃねーの?」
「いや、すげぇわ。アイツ本気だぞ」
榎本の爆弾宣言の次の日、俺の周りは完全にお祭り騒ぎと化していた。
「委員長! マジで榎本と付き合ってんの!?」
「いつから!? どこで告られた!?」
「ていうか委員長ってアルファだろ? 榎本はオメガなのに……やっば!」
好奇心と冷やかしと、少しの羨望が入り混じった視線が朝っぱらから俺に注がれる。まともに正面を向けなくて、俺はただ黙って席に着くしかなかった。
「おいおい、委員長をいじめんなよ」
榎本がカラッとした声で割って入る。
「俺が好きで押しかけてるだけだ! 文句があるなら俺に言え!」
「ははっ、榎本らしい!」
「でも……本気でオメガとアルファが? しかも男子校で?」
「いやー、でも見てみろよ。委員長、めっちゃ顔が真っ赤だぞ」
俺は机に額をつけ、羞恥で耳まで熱を持つ。榎本はそんな俺を守るように立ち続け、何度も「俺がやったことだから」と言い張っていた。しかも廊下や他クラスにまで、話は一瞬で広まった。
「え、佐伯と榎本? マジ?」
「アルファとオメガの組み合わせじゃん。すげーな。その内、榎本のヤツってば妊娠するんじゃね?」
「でも逆にリアルすぎて、ちょっと引く……」
ざわつく声。羨望と好奇心だけでなく、冷ややかな空気も混じりはじめる。
(……やはり、こうなるか)
佐伯家の後継として、俺は常に「完璧なアルファ」として振る舞わされてきた。それがオメガである榎本と結びついたと噂されれば、世間の目は厳しい。
「委員長、大丈夫か?」
榎本が隣に腰を下ろし、低く囁いた。
「俺のせいで……つらい思いしてねぇか?」
その真剣な眼差しに、胸が少しだけ熱くなる。だが答えようとした声は、ざわつく周囲の声にかき消された。
「……は? 佐伯がオメガに入れ込んでる?」
「おいおい、あの委員長様が? プライドのカタマリだったくせに」
「これで“完璧なアルファ”の看板も地に落ちたな」
数日が経ち、榎本との交際宣言は瞬く間に広まり、噂話は尾ひれをつけて膨らんでいく。中でも、俺に日頃から反感を持っていた数人のアルファは、あからさまに冷笑を隠さなかった。
「へぇ、佐伯って例の金髪オメガに“守られてる”んだろ? 榎本に助けられたとか、聞いたことあるぜ」
「アルファのくせに、マジでだせぇ」
挑発混じりの囁き。いつもの俺なら「無視」で切り捨てる。だが、榎本が隣にいることで状況は違った。
「あぁ? 誰がダセェって?」
榎本が俺の前に一歩出て、肩で笑う。
「お前ら、委員長に言いたいことがあるなら、まずは俺を倒してからにしろよ」
「なっ……お前えは黙ってろ、オメガの分際で!」
「オメガだからって、引くわけねぇんだよ」
周囲の空気がピリつく。冷ややかな笑い声、挑発的な視線。まるで俺が今まで築いてきた「優等生」としての評価が、一気に剥がれ落ちていくようだった。
(――そうか。俺はずっと、敵を作らないように振る舞ってきたつもりだった。だが実際は、“隙を見せない優等生”を疎ましく思っていた連中が、こんなにもいたのか……)
「委員長」
榎本が低く、俺だけに聞こえる声で囁いた。
「気にすんな。俺は……絶対にお前をバカにさせねぇから」
その言葉に胸が揺れる。だけど同時に彼を巻き込んでしまった罪悪感が、喉を詰まらせた。
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