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第五章:壊したい未来、守りたい人13

 休み時間にB組に顔を出し、佐伯の姿を見た瞬間、胸が詰まった。いつもの完璧な委員長が、ほんの少しだけ肩を落として席に座っている。 「……どうした、委員長。らしくねぇ顔してんぞ」  軽く冗談めかして声をかけたのに、返ってきたのは笑いじゃなかった。佐伯は小さく息を吸って、静かに言った。 「……父と話をした。榎本のことを選ぶと」 「マジか――」  告げられたセリフに、心臓が大きく跳ねた。 「ああ、はっきり言い切ったんだ」  暗い表情で告げられたセリフ――しかも、そのあと続いた言葉が胸の奥に冷たい針を刺す。俺は黙ったまま、佐伯の言葉を待った。 「俺が口走った言葉に、父はひどく動揺していた。母のことを思い出したんだろう。あの人は……オメガの秘書を深く愛していたから」  その言葉が耳に入った瞬間、思考が止まった。あの冷たい人が? 誰かを――しかもオメガを愛していた? 「……そんなことが……」  声が勝手に震えた。そして、同時に胸の奥に重い痛みが広がる。完璧でなければならなかった佐伯が、どんな環境で息をしてきたのか。その一端を、やっと理解した気がした。 (……ずっと一人で、戦ってきたんだな)  黙って隣に立つと、佐伯の拳がわずかに震えていた。それを見た瞬間、堪えきれなくなる。 「……委員長」 「なんだ」 「お前が俺を選ぶって言ってくれた。それだけで、もう十分だよ」  自分でも信じられないほど真面目な声が出た。佐伯は驚いたように目を見開いて――それから、ふっと笑った。その笑みが、あまりにもやわらかくて、眩しかった。窓から差す陽の光が彼の頬を撫でて、世界が一瞬止まった気がした。 (……笑った。あの佐伯が……)  思わず言葉が弾けた。 「な、な、なんで笑った!? いや、嬉しいけどさ、そんな顔ずるいだろ!? てか、今……最強にかっこよかったぞ!?」  情けないほどテンパった声が教室に響く。それなのに佐伯は目を瞬かせて、今度は本当に笑った。それは息を呑むほど綺麗で――まるで氷が解ける音がした。 「榎本、そんなに驚くことか?」 「驚くに決まってんだろ!? 普通に笑ったんだぞ!?」 「くだらない」  笑いながら「くだらない」と言われた瞬間、もう駄目だった。胸が熱くて、息がすげぇ苦しい。 (あぁ、俺……本気でコイツが好きだ)  そう思った瞬間、肩にひやりとした手が触れた。その感触だけで、理性が吹っ飛ぶ。 「榎本、落ち着け」 「い、いや、そんなん無理だって!」  佐伯が小さく息を吐く。その顔は、どこまでも優しくて。その瞳に見つめられて、もう動けなかった。 「……お前が騒ぐと、俺まで落ち着かなくなる」  低い声が、耳の奥をくすぐる。世界の音がすうっと遠のき、空気の粒がゆっくり溶けていく。  ――気づけば、唇が触れていた。驚くほど短くて、それでいて永遠みたいに長いキス。離れたあと、佐伯の睫毛がちょっとだけ震えていた。 「お、おいおい……委員長、ここ教室……」 「すまない。だが……不安定なお前を放っておけなくて」  その一言で、胸がいっぱいになる。涙が滲んで、視界がぼやけた。 「……信じていいのかよ」 「信じろ。俺も、お前に抗えなかった」  堪えきれずに笑いながら、俺は彼の胸に飛び込んだ。鼓動がぶつかって、ゆっくりと溶け合う。 「うおおおおっ……やっべぇ、幸せすぎる……!」  自分の声が情けないくらい響くのに、佐伯は笑いも怒りもしなかった。ただ静かに、俺の頭を抱いた。 (……こんな日が来るなんて)  胸の奥がすげぇあたたかくて、息が詰まる。 「……榎本」 「ん?」 「お前といると、俺は“委員長”でいられなくなる」 「それ、悪いことか?」  問い返すと佐伯はふっと笑った。まるで長い鎖を解いたような顔で。 「いや。すごく楽なんだ」  その言葉が、夕陽よりもまぶしかった。俺は笑って言った。 「じゃあ、“佐伯涼”でいろよ。俺が隣で見ててやる」  彼の頬に触れる。その手を、佐伯がそっと握り返した。 「あぁ。もう隠さない」  指先を絡める。橙の光に包まれた教室で、二人の影がひとつになった。

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