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第五章:壊したい未来、守りたい人15
今日は宿題を見るために、初めて榎本家を訪れた。冬の夜気は透き通って、窓を開けるたびに白い息が淡く消えた。進路資料と参考書、そして冷めかけたココアのカップ。榎本の部屋の灯りは柔らかく、外の冷たさを忘れさせるほどにあたたかかった。
「なぁ、委員長」
隣で背もたれに寄りかかっていた榎本が、ぽつりと口を開く。
「お前ってさ、将来なにになりたいんだ?」
俺は少しだけ目を細め、ページを閉じた。
「……正直、まだわからない。ただ誰かに命令されるんじゃなくて、自分で選びたい」
その言葉に榎本はしばらく黙ったあと、小さく笑った。
「それ、委員長らしいな。俺もさ、昔は“何者かにならなきゃ”って焦ってたけど、今は違う」
「どう違うんだ?」
「誰かのために動く方が、ずっと生きてる気がするんだ。……たとえば、お前の隣とか」
不意に視線がぶつかる。榎本の目はいつもの茶化しが消えて、まっすぐだった。その誠実さに、俺の胸の奥がきゅっと締めつけられる。
「俺は家のこともあるし、すぐに全部を自由にはできない」
「わかってる。でもさ自由って“許される”もんじゃなくて、“掴む”もんだろ?」
榎本の声は優しくて、しっかりした芯があった。
「俺は、お前の選ぶ人生に口出しする気はねぇ。でも、“一緒に歩く”って選択肢は、絶対に消させない」
「それは、強引な発言だな」
「お前に言われたくねぇよ」
二人の間に笑いがこぼれた。しかしながらその笑いは、これまでの“おどけたもの”ではなく、未来を見据える穏やかなものだった。きっと俺の父に許しを得たことで、榎本の中の何かが変わったのだろう。
俺は机の上の資料を、そっと一枚手に取る。
「ここ……お前が行きたい大学だろ」
榎本が少し照れたように頷く。
「おう。演劇とか心理学とか、そういうの学べるとこ。人の“心の揺れ”をちゃんと知りたいと思ってさ」
俺は静かにその大学名を見つめたあと、資料を自分のファイルに挟み込んだ。
「……それなら、俺もここを受ける」
「は?」
「どうせ勉強するなら、お前と一緒がいい」
榎本の目が丸くなり、次の瞬間、破顔した。
「マジかよ。委員長、そりゃもう毎日デート気分じゃねぇか」
「そう思いたいなら、勝手に思ってろ……」
照れ隠しの言葉が宙に溶けて、ふたりは小さく笑い合う。
「なぁ委員長。他にも聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「あれ以来、俺に手を出さないのはどうしてなんだ?」
「つっ!」
ズバリと訊ねられて体が固まった。榎本はそんな俺に顔を寄せて、まじまじと見つめる。
「涼さ、俺の体に不満があるから、手を出さないのかなって」
「ちょっ、何を言って――」
ガン見されているのを意識するだけで、自然と目が泳ぐ。頬がぶわっと熱くなるのがわかった。
「俺、もっともっと大胸筋を鍛えて揉みごたえを良くするし、涼の大きいのを挟めるように頑張るから!」
「そんなもん、頑張らなくてもいい!」
「だって、これじゃあムラムラしないだろ?」
言いながら俺の両手首を掴み、ジャージに押しつけて強引に触れさせる。手のひらに感じる榎本の胸の感触にムラッとして、思わず突起を摘まんでしまった。
「んっ!」
榎本がビクンと大きく体を震わせたおかげで両手が解放されたものの、そこから手を外すことができない。彼から放たれたオメガのフェロモンの作用もそうだけど。
「虎太郎のバカ……俺が我慢してるっていうのに」
我慢と言いながらも榎本の腰を抱き寄せ、ジャージ越しに胸の突起を指先で執拗に弾いてやった。
「り、涼ぉ……が、まんって? ううっ」
「俺としては、初めてはちゃんとした場所でって考えていたんだ。榎本の家の人が帰ってきたら、どうするつもりなんだ」
「それは…うっ、実は――」
甘い吐息を漏らしつつ事実を告げた榎本の言葉に、俺の動きがピタリと止まる。
「……お前、謀ったのか?」
「だってぇ、涼ってば俺に全然手を出してくれないし、番になったのにイチャイチャすることもなくて、もうガマンの限界だったんだ。だから家族が親戚の家に泊る日を狙って、ここに呼んだ感じ……」
つまり榎本家にいるのは、俺たちだけということになる。白い目で真っ赤に染まる顔を凝視してやると、今度は榎本が目を泳がせた。
「オメガとしてちゃんと避妊具も用意済みだし、涼が来る前にシャワーも浴びて体もキレイにしてるしさ」
「……」
「それに、ただヤりたいだけじゃないんだ! 不安なんだよ、俺が……。だって涼はカッコいいし、頭が良くて何でもできちゃうし、ほかのオメガも最近、お前に視線を注いでるのがわかるんだよ」
「何を言って――」
呆れた声をあげた俺の手を引っ張り、強引にベッドに押し倒した。荒っぽいその行為に目をつぶって衝撃を受け止めていると、途端に重たい榎本の体重が全身に圧し掛かる。
「番になってもアルファに捨てられたら、オメガはそれまでなんだ。アルファは性質上、ほかのヤツとも番うことができる。俺はお前に捨てられたくねぇ」
「だから、体でなんとかしようと考えたわけか」
「悪いかよ!」
感極まって涙声になっているのを聞かないフリをして、榎本の頭を撫でてやった。
「これ以上俺を魅了して、どうしたいんだ。四六時中襲われることになるぞ?」
「へっ?」
顔を上げた榎本。頬は涙に濡れて、情けない表情を晒している。いつも強がって軽口を叩いているヤツとは思えないくらいに、弱っている顔だった。
「虎太郎、襲われたいんだろ? だったら俺の上から退け」
「あ、はい……」
ギクシャクした動きで俺の上から退いたのを見、迷うことなくベッドの上に押し倒した。間髪おかずにジャージのチャックを下し、ズボンの中に手を突っ込んでやる。
「ひっ!」
「あーあ。上も下もぐちゃぐちゃじゃないか。これは俺が何とかするしかないな」
涙に濡れた顔と下半身の濡れ具合を指摘したら、恥ずかしそうに大きな手で顔を隠す。こういう仕草をされると、かわいすぎてブレーキが効かなくなるというのに。
一旦落ち着かなければと考え、上半身を起こして制服のネクタイのノットを引っ張り、手早く外す。榎本も起き出して、自らジャージを脱ぎだした。
「ねぇ涼……」
「なんだ?」
「俺、初めてだし変な声を出したりして、興ざめさせたらゴメン」
肩を落として告げられたセリフに、苦笑いを浮かべた俺は、榎本の肩に手を置いて軽く押し戻す。ベッドに再び横たわる彼の体は、緊張で固くなっているのがわかった。目に映る白い肌が、部屋の薄暗い灯りに照らされて、妙に艶めかしく見える。
「興ざめなんかしない。むしろ、楽しみだ」
笑いながら、自分の制服のワイシャツを素早く脱ぎ捨てた。榎本の視線が、俺の胸元を這うように動くのが感じ取れる。恥ずかしがり屋のくせに、好奇心は強いらしい。
榎本のズボンを完全に引き下ろし、下着ごと剥ぎ取る。露わになった彼の下半身は、すでに熱く腫れ上がり、先端から透明な液が滴っていた。俺はそれを優しく手で包み込み、ゆっくりと上下に動かした。
「あっ……ん、涼ぉ……」
榎本の声が甘く震える。大きな手で口元を押さえようとする仕草が、かわいくてたまらない。俺はさらに手を速め、彼の反応を楽しむ。体が何度もびくびくと跳ね、息が荒くなる。
「感じてるんだな。いいぞ、遠慮せずにもっと声を出せ」
俺の言葉に、榎本は顔を赤らめて首を振る。でも、抑えきれない喘ぎが漏れ出す。俺はスラックスを脱ぎ、硬くなったものを彼の太ももに押しつけた。熱い肌の感触が、俺の興奮を煽る。
榎本が用意していた避妊具を枕の下から取り出し、俺に渡す。それを装着して榎本の脚を大きく広げ、指を彼の入り口に這わせる。すでに湿り気を帯びていて、指がすんなり入る。ゆっくりと丁寧にナカをほぐしながら、俺は彼の首筋に唇を寄せ、軽く噛んだ。
「ひゃあっ! あ、待って……変な感じ……くうっ!」
「大丈夫だ、リラックスしろ」
指を二本に増やし、慎重に動かす。榎本の体が徐々に慣れてくるのがわかる。
「あぁ、すげぇ……気持ちいぃ」
俺の指の動きに合わせて腰を振り、口から甘い吐息を何度も漏らした。俺は自分のモノを彼の入り口に当て、ゆっくりと挿入する。
「んぐっ……いっ、痛っ……」
榎本の顔がつらそうに歪む。俺は動きを止めて、彼の頬を撫でる。
「大丈夫か? 無理なら止めるぞ」
「いや……続けて。俺、お前とひとつになりたいんだ」
求められるその言葉に、胸が熱くなった。俺は榎本の唇を塞ぎ、キスを深めながら徐々に腰を進めた。キツい締め付けが、俺を感じさせて狂わせる。ようやく根元まで入ると、榎本の体が震えた。
「ああ……涼の熱い……」
俺はゆっくりと動き始める。榎本の声が、痛みから徐々に快楽に変わっていく。腰を大きく振り、奥を突くたびに、彼の喘ぎが部屋に響き渡った。
「涼……もっと……あっ、いい!」
汗まみれの体が絡み合い、部屋に湿った音が響く。俺は榎本のモノを手で刺激しながら、ピストンを速めた。絶頂が近づくのを感じ、俺は彼の耳元で囁く。
「一緒にイけよ、虎太郎」
榎本の体がびくんと跳ね、白いものが俺の腹に飛び散る。俺も限界を迎え、中に熱を放った。番の証として、首筋に牙を立てる。榎本の甘い匂いが、部屋いっぱいに広がった。
息を荒げて体を重ね、俺たちはしばらく動けなかった。初めての夜は、予想以上に甘くて激しかった。外では、夜の風が枝を揺らした。春は、もう指先に触れるところまで来ている。
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