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(二)夜伽の命

 皇帝付きの小姓がイルハリムのもとを訪れたのは、日が傾いて夕刻に差し掛かろうという時刻だった。 「イルハリム宦官長。皇帝陛下より、後宮の手配が一段落した時点で報告に上がるようにとのご命令です」 「承知しました。すぐに参りますと、お伝えを」  イルハリムの方も、そろそろ報告をと考えていたところだったので、ちょうど良い頃合いだった。出納簿も九割方は書き上がっている。残りは口頭でも差し支えないだろう。  あとの手配は次官のデメルに任せて、イルハリムは書類の束を手に皇帝の元へと向かった。  この国──二百年以上の歴史を持つウルグ帝国は、東西南北の四州から成る広大な国だ。そのほぼ中心にあたる地に、皇帝が住まう帝都がある。  帝都は、各国の人々が行き交う巨大な商業都市であり、獅子帝と称される現皇帝ラシッドの直轄地でもある。小高い丘の上に建つ宮殿は、代々の皇帝が周辺諸国を平らげて築き上げた富と権威の象徴でもあった。金と銀、精緻な模様を描いたタイルと色硝子で飾られた空間──初めてそこに足を踏み入れた者は、感嘆の息を漏らさずにはいられない。  その絢爛な宮殿の一角に、ラシッドの後宮はあった。  イルハリムはその後宮に暮らす奴隷の一人で、今は宦官長の職務に就いている。  そもそも後宮は、皇帝から権限を与えられた女主人によって管理されるものだ。  皇帝生母である母后あるいは皇妃、もしくは筆頭寵妃がその座に就くのが通例で、現在の後宮の主はアイシェという名の女人だ。彼女は懐妊して一時離宮へと移っていたが、無事に出産を終えたため、明日後宮へ戻ってくることになっていた。  四か月ほど不在だった女主人の帰還にむけて、後宮は上を下への大騒ぎとなった。アイシェから後宮を預かる立場であったイルハリムも、少し前までは寝る時間を惜しむほど忙しい日々を送っていたが、ここ数日でようやく大方の準備が整いつつあり、安堵の息を吐いたところだ。  両手に書類を抱えて部屋を訪れた宦官長を、皇帝は長椅子にかけたまま穏やかな様子で迎えた。 「準備はどうだ。滞りなく進んでいるか」  久しぶりに顔を合わせる皇帝は、黒い毛皮に縁取りされた深紅の長衣を身に着けていた。  肩には獅子帝の名の由来ともなった金褐色の髪がたてがみのように広がり、膝に置いた手には大粒の宝石が輝いている。威風堂々たる帝王ぶりだ。  イルハリムは深々と腰を曲げ、頭を低くしたまま書類を差し出した。 「陛下のお慈悲により、準備は滞りなく整いましてございます」  新しく生まれた皇女のための調度品の目録や、部屋の手配にかかった経費の一覧を、イルハリムは皇帝に手渡した。  皇帝が十分な予算を用意してくれたので、街の商人や宮殿専属の職人たちとの交渉も円滑に進められた。皇女の身分に相応しい格式ある品を部屋に運び込んであるから、アイシェも満足するに違いない。 「側女や乳母の手配も問題ないか」 「はい。お妃様のお部屋に、本日より待機させております」 「祝いの食事は」 「それぞれのお部屋に手配しております。明日ご到着のお妃様よりお許しがあれば、後宮でも皆に祝いの菓子を配るよう、料理長に申し伝えております」  常は厳格で知られる皇帝も、数か月離れていた寵妃が新たな子を抱いて戻ってくるとなると、心浮き立つものらしい。事細かに確認してくる主に、イルハリムはあらかじめ用意してあった書類を提出し、あるいは口頭で丁寧に答えた。準備は万端のはずだった。 「──では、あとは何が残っている」  すべて確認し終えた後、目を通した書類を脇に置いて、皇帝が問いかけた。  イルハリムは微笑を浮かべて答えた。 「何もございません。後はお妃様のご帰還をお待ちするだけにございます」  そう答えた瞬間、獅子の名を冠する皇帝は口元に笑みを零した。獲物を前にした獣のように、獰猛な笑みを。 「ならば、お前にも時間があるはずだな」  獅子帝が立ち上がる。  豪奢な長衣を翻して、皇帝はイルハリムの目の前に立った。  西方の血を引くこの皇帝は、厚みのある見事な体躯をしている。  大きく金刺繍された深紅の長衣は、滅多にないほどの長身を引き立たせると同時に、息が詰まるほどの威厳と威圧感をイルハリムに与えた。  思わず一歩下がりかけたイルハリムの顎が、皇帝の指に捕らわれる。 「お前に今宵の夜伽を命ずる」  真正面から伝えられた命令に、イルハリムは睫毛を震わせて獅子帝を見上げた。  金色にも見える褐色の瞳が情欲でぎらぎらと光り、射貫くようにイルハリムを見ていた。  ──最後に呼ばれたのはいつだったか。  足首の鈴をシャラシャラと鳴らして後宮への廊下を歩きながら、イルハリムは思い返していた。  もう一か月ほど前になる。  いつものように側女の不手際を叱責され、そのまま代わりに夜伽を務めた夜だ。  ちょうど仕事が立て込んでまともに眠れない日が続いていた時期で、翌朝イルハリムは皇帝の前で意識を失ってしまった。──あの日が最後だ。  口には出さないものの、皇帝はイルハリムが目の前で倒れたことをいたく心配した様子だった。  その後の数日間は次官のデメルが宦官長代理を命じられ、イルハリムは仕事を取り上げられて休養を命じられたほどだ。雑務を担当する書記官も二名ほど増やされたので、あれ以来イルハリムの負担はずいぶんと軽くなっていた。  そして──夜の寝所に呼び出されることもなくなった。  そもそも側女がいるのに、成人した宦官に夜伽を務めさせること自体がおかしかったのだ。一時の戯れがやっと終わったと、胸を撫で下ろしていたところだ。  それだけに、今日の皇帝の命令はまったく予想しないことだった。  明日には皇女を抱いた寵妃が戻ってくる。なのに、一体なぜ──。  そこまで考えたところで、イルハリムは皇帝の肉体の剛健さを思い出した。  人並外れた巨躯に相応しい、隆々とした怒張。力強く肉を抉り、一晩中相手を啼かせても尽きぬ精力。出産を終えたばかりの女人に、あの皇帝との交合は確かに荷が重かろう。  かといって今の後宮には、他に皇帝の夜伽を務められる側女がいない。妙齢の女人はアイシェが一人残らず追い出してしまったため、側女とは名ばかりの幼すぎる少女しか居ないのだ。  偉大なる帝国の支配者でありながら、ここには皇帝ラシッドが思うまま欲望を吐き出すための器がない。  本意ではないだろうが、今は宦官であるイルハリムの体以外に選択肢がないのが現状だった。  人目を忍んで準備を終え、イルハリムは日が暮れると同時に皇帝の部屋を訪れた。夜伽に訪れるには早すぎるが、他の宦官や側女に不審に思われないよう、明日の出迎えについて報告していたと偽れる時刻を選んだ。  いっそ皇帝の気が変わっていないものかと願ったが、部屋を訪れたイルハリムを、皇帝は待ちかねていたようにガウン姿で出迎えた。  床に跪き、ガウンの裾を両手で掬い取って口づける。夜伽を受けるときの作法だ。 「あれから体の調子はどうだ」  イルハリムを立たせた皇帝は、腰に手を回して寝台へと導きながら尋ねた。 「先日は不調法をいたしました。すっかり良くなりましてございます」  やはり心配させていたらしい。夕刻に仕事の状況を報告させたのもそのためだろう。  促されるまま並んで寝台に腰かけると、皇帝はイルハリムの頭布を取り上げて床に落とした。息がかかるほど間近に顔を寄せ、目を覗き込んでくる。  鋭い金の目に見据えられ、何か無作法でもしてしまっただろうかと、心臓が早鐘を打ちかけたが──。 「お前の目は黒曜石のようだな。夜の闇より、なお深い黒だ」  単に目の色が珍しかったらしい。皇帝の率直な物言いにイルハリムは少し笑った。  言葉の通り、イルハリムの目は夜空よりも濃い闇色をしている。背の中ほどまで伸ばした髪も射干玉の黒だ。滅多と外に出ないので、日焼けを知らない肌は象牙の色に似ている。  生まれ故郷では皆同じような目と髪の色だったが、ここ帝国では確かにあまり見ない。  ここへ連れて来られた当初は帝国人の明るい髪色と目が見慣れなくて、まるで怪物のように感じたものだ。 「どこの生まれだ」 「帝都からずっと東にある、小さな海辺の村です。幼かったので村の名前も憶えていないのですが、何十日も船に乗って帝都にやってきたと聞いています」  この国へ来た時のことを話すと、忘れかけていた悲しみが胸に甦る。  イルハリムが暮らしていた小さな村は、海からやってきた兵士たちに襲われた。村は焼かれ、大人たちは殺され、イルハリムのような幼い子どもは、奴隷として売るために船へと積み込まれた。  今はもう遠い昔の話だ。 「いつか自由の身分になれば、帰りたいと思っているか?」  イルハリムの足首に視線を落として、皇帝が尋ねた。  左の足首に嵌まる環は奴隷の印。  宮殿に仕える奴隷は鉄ではなく、細い金の環に鈴を連ねた瀟洒な足環を用いられるが、留め金を潰されて外せぬようになっているのは同じだ。歩くだけで鈴が鳴り、逃げ出せばすぐに追われる。  宮殿では職位が上がるほど足首の鈴が増えていく。見た目には優美に映るが、つまるところは逃亡を困難にするための措置だ。  宦官長であるイルハリムの鈴は七つ。今の地位に就いた時に古い鈴はすべて外され、小振りで軽やかな音を出す金の鈴が足首を飾っている。 「故郷の家族に会いたいと願うか?」  今夜の皇帝は奇妙なほど饒舌だった。  イルハリムが知る皇帝は無口で、いつも眉間に深い皺を刻んで不機嫌そうだった。部屋を訪れるときは大抵側女の不始末のせいなので、怒鳴られて準備もなくいきなり挿入されるのが常だった。  こんな風に穏やかに話されると、どんな顔をしていればいいのかと、却って戸惑う。  イルハリムは困ったように目を瞬かせた。 「……どうでしょう……なにせ村の名前も憶えておらぬものですから」  帰りたいと願っても、故郷がどこにあるのかさえわからない。それに今はもう、家族の顔も思い出せないのだ。  帰る場所も、出ていく先も、イルハリムにはない。  奴隷として買われた先が宮殿であったことを、イルハリムは幸運だったと思っている。ここでの暮らしは決して悪いものではない。  寝る場所や食べるものに困ることはなく、真面目に働けば給金が貰えて、出入りの商人を通せば欲しいものを買うこともできる。ただ、どこにも行けないだけだ。  給金の銀貨を貯めれば、自由民の身分を贖うこともできると聞いた。だがその噂が本当かどうかは誰も知らない。第一、皇帝が手放すと言ってくれなければどうにもならない。  宮殿の外に出たところで、暮らしていく当てもない。ずっと後宮暮らしで、普通の民の生活がどのようなものかは見当もつかない。  結局のところ、イルハリムには他に生きる場所などないのだ。 「──お許しある限り、皇帝陛下に忠誠を捧げたく存じます」  そう答えると、皇帝はイルハリムとの問答にようやく満足したようだった。  顔が近づいてくるのに気づいた時には、唇を奪われていた。  弾力のある唇がイルハリムの唇を吸い、顔を傾けて小さな音を立てる。イルハリムは両眼を閉じた。 「ん……ぅ……」  舌が滑り込んできた時に、無意識のうちに身体を引いてしまったようだ。頭の後ろに大きな手が回りこみ、引き寄せられるのを感じる。  イルハリムはそれには逆らわず、口を開いて皇帝の舌を受け入れた。 「……ん…………んん……ん……」  ちゅ、ちゅぷ、と舌と舌が絡む音がする。皇帝の口づけは情熱的で、どこか優しい。角度を変えながら何度も口を吸い、高い鼻梁が時折頬を掠める。  獅子帝の息が当たるのを感じた途端、イルハリムは動揺した。  皇帝の息を感じるのだから、自分の吐息も皇帝の肌に触れているはずだ。  口づけ一つでもう息が上がっている。それを知られていると思うと恥ずかしくて、いつ息を継げばいいのかわからなくなってしまった。  叱責を受けるためにこの部屋を訪れ、何度悦びに啼いただろうか。  皇帝の怒りを鎮めるために身を捧げたはずなのに、我を忘れて啼き狂った夜が思い出される。体の芯に熱が灯り、顔が赤くなっていくのがわかった。  いっそ口での奉仕を命じてくださればいいのにと思う。そうすれば、自分が主人の欲望に仕えるだけの奴隷であることを、忘れずにいられるからだ。  夜伽に呼ばれたのだから、せめて手で奉仕すべきだろうか。  そう思って足の間にそろそろと伸ばした手は、皇帝に掴み取られて寝間着の背に導かれた。しがみついておけということらしい。  皇帝の背に両手を回し、絹の寝間着を両手に握りしめた、次の瞬間──。体がふわりと宙に浮き、イルハリムは寝台の上に押し倒されていた。  のしかかった皇帝が、長衣の襟元を開く。 「あ──」  首筋に噛まれたような痛みが走った。襟で隠れる部分だが、跡を残されたようだ。  そのまま皇帝の唇は、長衣の襟を開きながら下へと降りていく。首筋に、鎖骨の上の薄い皮膚に、そして痩せた胸に吐息がかかったかと思うと、緊張に硬く凝った部分が唇に包まれた。 「……ッ……」  イルハリムは思わず、声を漏らさぬように手で口を覆った。  皇帝の濡れた舌が、イルハリムの乳首を柔らかく圧し潰している。  肉厚の舌は敏感な肉の粒をコリコリと嬲る。乳輪を吸われ、時折歯を宛がわれると、下腹が甘く疼いて竦みあがった。──閨の中でこんな風に愛撫されるのは初めてのことだ。  いつもは顔を見ることもなく、服の裾だけを捲り上げて道具のように使われるのに。これではまるで夜伽に呼ばれた寵妃ではないか。  そう考えかけて、イルハリムは緩く首を振った。  そんなおこがましいことを考えてはならない。同じ足環をつけた奴隷と言っても、寵妃と宦官ではまるで立場が違う。  自分は寵妃どころか、側女ですらない。彼女たちの世話をする卑しい宦官に過ぎないのだから。  それに、明日にはアイシェが帰ってくる。これはただの戯れだ。 「陛下……どうか、口でのご奉仕をお許しください……」  愛撫を受けるのに耐えかねて、イルハリムは皇帝に願い出た。  皇帝を満足させるために呼ばれたのだ。ならば皇帝の欲望に仕えることこそが、果たすべき役目というものだろう。  それに、明日の準備はすべて終えたつもりだが、何か問題が見つかった時には対処が必要になる。次官のデメルや他の者に要らぬ詮索をされるのも避けたい。今夜はあまり遅くならないうちに自室に戻っていたかった。  イルハリムの懇願に、獅子帝は胸元から顔をあげて唾液に濡れた口元をべろりと舐めた。 「許す。ただし、服はすべて脱げ」  意外な命令だった。  今までは常に着衣のままだった。長衣の裾を捲り上げ、尻だけを露出させて身を捧げる。  ことが終われば速やかに部屋から出すためであり、抱いている肉体を宦官のものだと意識しないためでもあると思っていた。  実際、宦官の体などは見て楽しいものでもない。男とも女ともつかぬ不自然な体つき。下腹には性器を切り取られたときの醜い傷が残っている。  裸体を晒せば、皇帝を興醒めさせるだけではないか。  そう案じたが、命令とあらば従うしかない。イルハリムは長衣を脱いで、下着とともに寝台の下に落とした。  床に降りて跪こうとしたイルハリムを、皇帝が寝台の上へと引き戻す。 「逆さになって、余を跨ぐのだ」 「え?」  言われた意味がわからなかった。  戸惑うイルハリムを皇帝は太い腕で軽々と抱え上げて、仰向けに寝た胸の上に後ろ向きに跨がらせる。 「さぁ、いたせ」 「あ……」  一瞬で、頭が真っ白になった。  尊き皇帝の体に乗り上げ、あまつさえ顔の前に尻を向けている。不敬罪で首を落とされてもおかしくない状況だ。  思わず逃げようとした腿を押さえられ、早くしろと軽く尻を叩かれる。頭が真っ白になったまま、イルハリムは身を屈めて聳え立つ肉棒に唇を寄せた。  両手で捧げ持って口づけをするのに、手が震えてうまくできない。口づけというより先端をしゃぶるような感じになったが、そのままイルハリムは喉を開いて深く呑み込んだ。  皇帝が背後で満足そうな息をつくのが聞こえる。  今日も、皇帝の牡は大きかった。  張りつめた傘の部分は、口をいっぱいに開かなくては歯を当ててしまいそうだ。  舐めて湿らせた唇で包みこみ、舌を絡ませながら奥まで一気に顔を埋める。──きつい。  いつもと向きが逆で、先端が舌の根をぐいぐいと押してくる。吐き気で腹が痙攣し、抑えきれない涙がぽろぽろと零れた。 「おい、無理をするな」 「もうし……ッ、ゴホッ……ゴ、ホッ……」  皇帝の手で腕を引かれた時には、正直なところ限界だった。もう一瞬遅ければとんでもない粗相をしてしまっていたかもしれない。  口元を押さえて吐き気を逃がすイルハリムに、皇帝は言った。 「もうよい。その代わり、これを使って余に見えるように準備せよ」  片手を引かれて、イルハリムは棒状のものを握らされた。張型だ。本物そっくりに作られた性具からは、生々しい凹凸までもが指先に感じ取れる。  皇帝を跨いで尻を向けたまま、これで自慰めいた前戯をしてみせよと言われたのだ。 「ぁ……」  恥ずかしさで顔が熱を持ったが、やるしかない。  イルハリムはそれを一度口に咥えて全体を湿らせると、足の間から手を伸ばし、自らの後孔にゆっくりと埋めていった。 「あ……あ……あ…………ぁあ」  浴室で丹念に準備した体は、張型を根元まで呑み込んだ。  決して小さくはない道具だが、皇帝の持ち物に比べれば長さも太さもおとなしいものだ。官能が背筋をゾクゾクと這い上がり、イルハリムは下腹を震わせた。  夜伽の側女を送り込むたび呼び出されては叱責され、皇帝の逞しい牡を何度も受け入れた。  串刺しにされるかと思うほど巨大な怒張が身を穿つ。根元まで受け入れれば、力強い手で四つん這いになった体を掴まれて、突き上げが始まる。初めは小刻みに、徐々に動きは大きくなり、激しさを増していく。  皇帝との夜は、イルハリムに新たな扉を開かせた。意識を失うほどの法悦を、いったい何度味わったことだろう。あんな凄まじい快楽は、毎日のように物陰で犯されていた少年時代にさえ知らなかったものだ。  腹の奥に熱い迸りを受けて一度目の交合が終わりを迎えると、二度目以降は戯れの度合いが濃厚になる。  浅い場所に先端の雁の部分だけを収めさせ、小刻みに揺さぶって啼かせるのも、皇帝が好むやり方だ。肉環を開かれそうで開かれない、奥に行きそうで行かないもどかしさが、たとえようもない焦燥感となってイルハリムを昂らせる。  このままずっと嬲られるのかと覚悟を決めかけた途端、それを見極めたかのように、太い肉棒は突き進んでくる。甘えるような悲鳴が零れ出て、羞恥に顔が熱くなるが止めようがない。  振動を響かせるように突かれると、後は追い上げられるだけだ。  熱が高まり、内側から絞りだされるように快楽の蜜が溢れ出る。失ったはずの性器の根元が苦しいほど疼いて、失禁するかと思うほど心地いい。  そうやって浅い快楽で高められたのちに、あの太い幹を一番奥まで埋め込まれるのだ。痺れるような恍惚に包まれて、頭の中が真っ白になる。  身の内いっぱいに埋まった皇帝の怒張が、イルハリムの深い場所を突き上げる。大きく逞しい、これ以上ないほど強い雄の象徴だ。  声を抑えることなどできなくなって、ひっきりなしに叫んでしまう。  下腹がドンと重くなり、その重量感だけで頭の芯まで突き抜けそうな陶酔が──。 「わかった。もういい」 「ぁ……!」  手を添えて、張型が抜かれた。  いつのまにか状況を忘れて、自らを慰める行為にすっかり溺れてしまっていた。  皇帝との交わりを思い出すといつもこうだ。ここまで好き者だったのかと恥じ入るほど、快楽に流されやすくなった。  自慰の余韻に息を荒らげるイルハリムを、皇帝は仰向けに寝かせた。膝に手をかけて、柔軟な身体を二つ折りにする。  開いた膝の間から、凶器のような怒張がイルハリムの目に映った。  思わずそれを見つめたイルハリムに、皇帝は尊大に命じた。 「そのまま目を開けて見ておけ」  何を、と問う前に先端が宛がわれた。息を吐く暇もなく、熱く脈打つ怒張が肉を割って入ってくる。  思わず目を閉じそうになったが、皇帝の言葉を思い出して瞼を持ち上げた。筋を浮かせた逸物が足の間に沈んでいくのを、イルハリムは震えながら見つめた。  拡げておいたはずの肉環が限界まで張りつめる。押し入ってくる質量に体の内側が悲鳴をあげる。 「あ……ぁ……っ」  皇帝の逸物が並外れて逞しいことは知っていた。だが、いつも犬のように這った姿勢で犯されていたので、これほど大きいという実感がなかったのだ。  凶器としか呼びようのない猛々しいものが、自分の脚の間に埋められていく。  内股が震え、下腹が不規則に竦みあがるのも見える。無意識のうちに逃れようと腰が揺れ、それでも否応なしに怒張を呑み込まされていくさまも。  ──これほど立派なものを受け止めてきたのか。  信じられない思いで、イルハリムは沈み込んでくる皇帝を見つめた。  今はまだほんの先端が入っただけだ。これが根元まで押し込まれるかと思うと、今まで何度も交わってきたはずなのに、怖くて堪らなくなってしまった。 「……ッ、く……ッ、ッ……」  苦しさに体を強張らせれば、皇帝は進むのを待ってくれた。だが力が緩めば動きは再開される。  下腹はもうどっしりと重い。とっくに奥まで到達したのではないかと思うのに、まだ肌は触れ合わない。  庇うように腹に置いた掌には、体内を進んでくる異物の膨らみが感じ取れる。イルハリムの意思に関わりなく、中を侵略していく雄々しい怒張の感触が。 「あ……ああぁ……!」 「そら、全部入ったぞ」  泣き出しそうになった時、感情を押し殺した声で皇帝が宣言した。  深く身を埋めた皇帝が、大きく息を吐いて覆い被さってきた。緊張で冷えた肌に皇帝の体の熱さが心地いい。  イルハリムは両腕を皇帝の首に回してしがみついた。体内に居座る圧迫感と、覆い被さる巨躯の重みで息苦しいが、組み敷かれているとどこか安堵も感じる。  抱き合う形で密着すると、今までは気づかなかった仄かな匂いが鼻に届いた。帝国貴族の間で好まれる、乳香の香りだ。  香料と皇帝自身の僅かな体臭が混じり合い、ぞくりとするほど蠱惑的な匂いを放つ。 「苦しいか……?」  イルハリムを両腕に抱いたまま耳元に顔を寄せ、皇帝が問うた。 「……少し……」  とイルハリムは答える。  本当は少しなどという生易しいものではなかったが、皇帝が自分の体を気遣ってくれているのがわかったから、そう答えた。  皇帝ラシッドは体が大きい。  そのつもりがなくとも、巨大な獅子が猫に戯れるのと同じで、抱き合うだけで相手を傷つけてしまう。  彼にできることは、自分の欲望を耐えるか、相手の苦痛から目を背けるか、そのどちらかだけだ。  常に苛立って怒りっぽかったのも、考えてみれば当然のことかもしれない。  皇帝という至高の地位にありながら、イルハリムたちが思うよりずっと、いろいろなことに我慢を強いられているのだろうから。 「……お前はいつも余を受け止めてくれるな」  イルハリムの耳元に顔を突っ伏したまま、静かな口調で皇帝が呟いた。 「この体に、余の大きさは苦しいであろうに」  人も羨む堂々たる体躯。しかしそれは本人にとっては、必ずしもいいことばかりではないのかもしれない。  普通の人間なら難なく得られるはずの喜びを、獅子帝はその手に得ることができない。  何十人もの側女がいても欲求は満たされない。娘たちは怯え、恐怖に泣き出しそうになりながら部屋を訪れる。その体を無理矢理に引き裂いて欲望を満たせるほど、非情にもなりきれない。  その怒りと孤独はどれほどのものだろうか。  イルハリムは皇帝の首に回した腕に力を込めた。 「陛下にご奉仕できるのは……私の喜びです……」  イルハリムがそう言うと、皇帝は顔をあげて、真偽を確かめるかのように瞳を覗き込んできた。イルハリムはそれを見つめ返す。     口にした言葉は本心だ。  確かにつらくて苦しいが、自分にしか務まらぬ役目を命じられるのは喜びでもある。それは生きる意味と居場所を与えられるということに他ならないからだ。  イルハリムは皇帝の金の目を見つめて、安心させるようにいたずらっぽく微笑んだ。 「私が……いつも悦びをもってお仕えしていることは……陛下もご存じでは……?」  思い切って言ってみたが、慎みのない言葉を口に出したせいで顔が赤くなるのがわかった。  皇帝の視線が和らぎ、軽やかな笑いが口から漏れる。  つられてイルハリムも浅く笑った。  イルハリムは最下層の宦官奴隷として宮殿に入り、衛兵たちの慰み者になった。  だがそのおかげで、生娘たちが泣いて逃げ出す皇帝の巨躯を、こうして受け入れることもできる。太く逞しい皇帝を根元まで収めて、快楽に溺れることもできた。  皇帝への奉仕を苦痛などとは思わない。それでこの孤独な皇帝が少しの安らぎを得られるのなら、イルハリムは自分が生きる意味を見出せる。  ひとしきり笑った後、皇帝は口の端を皮肉そうに持ち上げた。 「いつも最後には、許せ許せと泣く癖に……!」 「あっ!」  笑いを収めた皇帝が動き始めた。  ゆるゆると穏やかに揺さぶる動きは、大きさに馴染んだイルハリムの肉体に官能の波をもたらす。だが今日はそれだけではなかった。  張型を使って自慰させることで、皇帝はイルハリムの感じやすい深さと動きを把握したようだ。 「ア! アアア、アアゥ…………アッ、やぁ────ッ!」  まださほど激しい動きでもないのに、イルハリムは両脚で皇帝の胴をギュッと挟み込み、あっけなく昇天した。性器のない下腹の孔から透明な蜜が溢れ出る。  仰け反って絶頂を味わうイルハリムを、獅子帝は上から押さえつけて、なおも追いあげた。 「──へいかッ……ぁ、ア──ッ……や、ぁ、いまいって、いってま、す……あああぁ──ッ……!」 「悦べ。何度でも果てて見せよ」  皇帝はイルハリムの抗議を軽く受け流した。徐々に動きを大きくしながら、喘ぐイルハリムの官能を責め続ける。  ──この皇帝が絶倫ともいうほどの精力に溢れていることを、今更ながらにイルハリムは思い出した。  前に部屋で倒れた日は何度交わって、その間に何度自分が昇天したのだったか。  少なくとも、回数など数えられないほどだったことは確かだ。 「おく、は……ッ、やッ……ッ……やっ、やぁああッ……!」  イルハリムの訴えなど聞きもせず、怒張は深い場所を責め立てる。  襞の間に先端を潜り込ませ、奥にがっちりと食い込んだ状態で揺さぶりをかける。  悲鳴のような善がり声は獅子の興奮を掻き立てただけだ。巨躯を揺らして、皇帝もまた自らの快楽を追い始めた。  その動きを少しでも緩めようと、イルハリムは必死で獅子帝の首にしがみつく。しかし皇帝は、痩せた宦官の重みなど何ほどのこともないと言わんばかりに、背に回した手で軽々とイルハリムを抱き支えた。 「どうかぁッ……どうか、お手柔らかに、ぃいいッ……ヒッ、イイ──ッ!」  よい場所を狙い打ちにされて、泣き濡れた声が懇願する。  だが、皇帝にはそれを聞き入れる気は微塵もないようだ。明るい金褐色の瞳が、血の気を昇らせて濃い黄金に変わっていく。欲情の徴だ。  肉厚な唇を舐めて濡らし、皇帝は好色な笑みを浮かべて一蹴した。 「駄目だ。余が満足するまで、今宵は寝かさぬ」  イルハリムの悲嘆の声は、食らいついた獅子の口に飲まれて消えた。  あとは肌を打つ音と足環の鈴が鳴る音が、広い寝所に響くばかりだった。

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