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【2】-1

「聞いたか? 昨夜も(しょう)(かん)に入っていくところ、見たやつがいるってよ。ほぼ毎日じゃねぇか」 「いつまで経ってもお盛んだねぇ、副団長様は。そんなだから、くる縁談もこないってのに」 「ハッ、貴族に婿入りだと不倫なんてできねぇし、一人に絞るのも面倒って話だろ。身の丈に合わねぇ地位に縋りついてるくせしやがって」 「まぁ、それで何不自由なく暮らせるってんだから、うらやましい限りだな」  騎士団の食堂は昼になれば(おお)(にぎ)わいで、数多く設置されているテーブルも隙間なく兵士たちで埋められていた。日々厳しい規律と訓練で縛られている団員たちが、唯一くつろげる時間であり、交わされるのはほとんどが下世話な話だ。  兵士二人が罵りの言葉を連ねていると、相席していた小柄な青年が突如ものすごい勢いで食事を平らげはじめた。上位貴族のような所作ながらぼさぼさの赤茶髪をした見習い兵。そのなんともちぐはぐな見習い兵こそ、騎士団本部に侵入を果たしたマリリスだった。  まずは行動と、正規の方法で騎士団へ乗り込もうとしたのだが、個人的な事由では入構許可が下りず、侵入という方法を選ばざるを得なかったのだ。  もちろん騎士団本部には幾重にも防護結界が張られている。しかし、マリリス自身が作った魔法であり部分的に解除することなど朝飯前。姿を見られないようカビ臭い地下水路を通ることにはなったが、フーゴの情報を得るためなら困難などあってないようなものだ。  途中、大ネズミのしっぽを踏んでしまい、大群に追いかけられたという不運も、マリリスの中ではなかったことになっていた。  そして、地上に出てからしばらく敷地内を彷徨い、香ばしい薫りにつられて行きついたのがこの食堂だった。だが、相席した兵士からこのような話を聞く羽目になるとは、マリリスも全く予想していなかった。 「すみませんが! 少しお話よろしいでしょうか!」  マリリスは最後の一口を飲み込み口周りを綺麗に拭うと、向かいの兵士二人に威勢よく声を掛けた。澄んだ声は近くにいた兵士たちを振り向かせるには充分なもので、なんだなんだ(けん)()か、とどよめきが起こる。周りに(あお)られるように、向かいに座る兵がいやらしい笑みを浮かべた。 「ほぉ、俺も食べ終わったところだ。場所を変えてゆっくり話そうぜ?」  ついて来いとでもいうように顎で指示を出す。それにマリリスは意を決したようにコクリと頷いて返した。立ち上がると大人と子供の差ほどある体格で、周囲の者は食堂から出ていく三人を「大丈夫か、あれ」と言いつつ眺めていた。  兵がマリリスを連れ出したのは騎士団の敷地の端。ちょっとした花壇とベンチが設置された庭だった。垣根の向こうの訓練場では昼食を終えた者がまばらに運動を始めており時折笑い声が響いている。だが、そんな和やかな雰囲気とは裏腹に、その庭からはすすり泣く声が聞こえていた。 「……うっ、うっ、ひどいっ……」  マリリスは泣き崩れ、目を真っ赤にしながら地面に座り込んでいた。その華奢(きゃしゃ)な肩には筋肉の浮き出た腕が回っており、兵の顔面もこれでもかと近づいている。脅迫でもされているのかと思いきや、兵は困り果てた様子で汗を垂らしていた。 「俺が悪かったから泣き止めって! ほら、(あめ)やるから、な? ──おい、見てないでおまえも何とかしろ!」 「いやいや、意気揚々と副団長の悪癖を並べ立てたのおまえだし」 「くっそ、おまえだって楽しんでただろうが!」  喚きつつも、兵は「うまいから早く食え」と包みを開けて、口許に飴を差し出してくる。マリリスは甘い香りに誘われて反射的に口を開いて迎え入れた。  マリリスが聞かされたのは、最盛期において不倫相手が同時に十人以上いたこと、いつでもようにそれ用の相手が複数いたこと、そしてここ最近は娼館に通い詰めている、という信じがたい女性遍歴だった。  純粋な恋心を抱いていたマリリスは崖から突き落とされたような感覚に陥り、耐えきれずに泣き出してしまった。それに気をよくした兵は、次から次へとフーゴの過去のを語ったのだ。  だが、()(えつ)の合間にマリリスが命を救われてと漏らすと一転、ただの憧れでないことを悟ったのか、兵は腫れものを扱うようにマリリスを(なだ)めはじめた。  もう一人の兵は、オレ知ぃらね、と距離を置くが、その状況が面白いのか立ち去るつもりはないようだ。宥めていた兵が舌打ちすると、泣いている自分に向けられたものだと勘違いし、マリリスは一層嗚咽をひどくした。その様子に兵士が天を仰いで頭を抱える。 「そのな? フーゴ様は平民だろ?」 「へいみん……」 「貴族に後ろ盾についてもらうのには、その、いろいろなことがだな、必要なんだ、わかるか?」  貴族夫人のお気に入りになり、武器防具の資金を得たのち、家紋をつけて戦で名声を上げると、夫である当主が育てたとして(はく)が付く。夫人が平民に投資し、当主がその利益を得るという仕組みなのだ。対等な互助関係とは異なるが、成功すれば平民にも多大なる恩恵がある。その最たるものが今のフーゴだった。 「夫人が喜ぶことをするってのが常なんだ。その中に体の関係ってのもある。ほら、フーゴ様は魅力的だからな?」 「魅力的……」  飴を舌の上で転がすマリリスの脳裏に浮かんだのは半裸のフーゴ。あの洗練された肉体に触れたいと思う者が多いのも頷ける。貴族の夫人さえ競うようにして彼を手に入れたいと願うのだろう。  顔を上げたマリリスの下瞼にたまる涙。白藍色の瞳が溶けでたような雫がほろりとこぼれるのを見て、兵が「ぐぅ」と喉を鳴らした。 「……でもな、おまえも命を助けられたんなら、下半身だけの男じゃないってことはわかるだろ?」 「で、でも娼館に毎日通ってるって……」 「そっ、それはだな、戦地に赴くと血の気が盛んになるというか、感情の制御が利きにくくなるから発散するっていう意味で行くことも多い。副団長ともなれば冷静に対応することも大事なんだ、わかるよな?」 「責任があるから……?」 「そう、それだ!」  なんで俺がこんなこと、と小声で愚痴りながらも、マリリスを励ましてくれるあたり悪い人間ではないようだ。マリリスの涙腺もようやく落ち着きを取り戻す。同時に自分が人前で大泣きしていたことに気づいて、慌てて袖で涙を拭った。 「……恥ずかし……すみません」  やっと泣き止んだかぁ、と飴をくれた兵士が脱力しながら大きくため息をつく。その横で傍観していた兵士が声を上げて笑った。 「新人は知らないだろうが、こいつは副団長を妬んでるって隠しもしないやつでな、おまえはとんだ人選間違いをやらかしたってわけだ。まぁそんな聖人君主なんていないってことが知れてよかっただろ」 「そうそう、(だま)されなくてよかったってもんよ」  飴の兵士はあっけらかんとそう言ってみせる。妬んでいると表明しているのはなかなかに潔くて好感が持てる。だが、(僕の気持ちはそんなのじゃ変わらないけどね!)とマリリスはしっかりと心の内で反抗していた。  ところが、 「おまえら何しとるんじゃぁあ!」  と唐突にしわがれた怒声が浴びせられ、三人はビクッと体を跳ねさせた。兵士二人が同時に振り返って「げっ」と顔を引き攣らせる。視線の先で仁王立ちしていたのは、恰幅(かっぷく)のいい髭おやじ。(ほうき)を振り上げると、鬼のような形相でこちらへ向かってきた。  そう、今の状況はよってたかって見習い兵を虐めているようにしか見えないのだから。 「ジジイ! 誤解だって、何もしてねぇから!」 「誰がジジイじゃ!」 「とにかく! とにかく違うんだってー!」  悲痛の叫びもむなしく、兵士二人はその箒の餌食になったのだった。 「ほう、それで、フーゴのことを調べておるのか」  マリリスは、頭に大きなたんこぶを作り地面に正座させられている二人の前で、一線を退いて庭の管理をしているという老騎士に事情を話していた。 「そうなんです。お礼を言おうにも機会がなくて……お屋敷にも全然いないから」 「そうじゃな、最近は王都と辺境を行ったり来たり忙しくしておるからな。もし(わし)が知っているあやつの話を聞きたいというなら、聞かせてやらんこともないが」 「本当に!?」 「これがあればな」  そう言って老騎士は二本指を立て、口許に近づけた。そしてマリリスの瞳を覗き込み、試すような視線を向けてくる。なんのことかとマリリスが首を傾げると、飴の兵士が助け舟を出してくれる。 「葉巻だ、葉巻。ったくジジイの悪い癖が出たな」 「葉巻? それがあればいいの?」  マリリスは、えっと、と腰鞄に手を突っ込み、「葉巻どこかなぁ」と探る。鞄の中から一瞬光が漏れたが、マリリスは素知らぬ顔をして(つか)んだものをすぽんと取り出した。手の中には茶色い紙に巻かれた細長い棒状のものが握られている。 「葉巻、ってこれであってますか?」 「おお、これじゃこれじゃ、じゃのぉ」  老騎士が垂れた瞼で細くなった目を見開いて喜びを表す。マリリスは「良かったぁ」と葉巻を手渡した。二人の兵士は驚きを隠せない表情でマリリスの顔を見つめ、声を発しようとしたが、老騎士にキッと(にら)まれて口を(つぐ)んだ。 「最近の話はフーゴと同期入団のこやつらに任せて、儂は昔話といこうか」 「え、フーゴ様と同期だったの!? だから妬み……」 「そうじゃ、あと試験一つが受からず、上級騎士手前で止まっているからのう」 「おいジジイ! そこに触れんなよ!」 「はっはっはっ、まぁまぁ、フーゴが飛び抜けているというだけで、おまえたちもよくやっとる。──さて坊主、まずはフーゴが『(ぎん)()()』と呼ばれるようになった話なんてどうかの?」  老騎士は受け取った葉巻をスルスルと指で弄りながらマリリスに提案する。 「銀獅子!? それでお願いします!」  その二つ名の響きは、勇ましい物語を予感させる。  マリリスはやっと求めていたものを得られると胸を躍らせた。そして老騎士はそんなマリリスの期待に応えるように、十年前に発生した魔物の氾濫(スタンピード)での出来事を語りはじめた。  深淵(アビス)は常時瘴気を垂れ流しているが、十三年に一度、まるでたまった(うみ)を吐き出すように大量の瘴気を放出し、魔物の氾濫を引き起こす。  国は魔物の氾濫(スタンピード)の対抗策として、瘴気に満ちた地(ホラステッド)と名付けられた深淵(アビス)の森を囲うように障壁を設け、攻撃の起点および最終防衛線としていた。砦はその障壁に前線基地として併設されており、深淵(アビス)の八方に置かれている。その北側にあるものがアレイア砦であり、当時十六だったフーゴが配置された場所だ。入団直後ながら異例の辞令だったという。  飴の兵士が横で「俺たちは王都で待機だったからな」と相槌を打った。 「出る(くい)は打たれる。盾にでもなればいいと思われとったんだろうな」  平民出身の兵士は、所属部隊長の戦果を稼ぐために在るようなものなのだ。斥候とは名ばかりで、少しでも敵の戦力を削いでこいとでもいうように差し向けられ、そのまま命を落とすことも多々ある。  だが、フーゴの上げた功績はそんな計略を消し飛ばすほど強烈なものだった。  魔物の氾濫(スタンピード)の最たる脅威は、高濃度の瘴気により厄災級と呼ばれる魔物が複数生じることだ。その厄災級は周囲の魔物へ支援()魔法()をかけて強力な軍を作り出し、命令を埋め込まれているかのように人間を襲う。しかし、先陣を切ったフーゴは疾風の如く駆け巡り、防護壁のように厄災級を囲っていた魔物たちを()ぎ払った。  そして鈍い銀色を靡かせ、丸裸になった大敵に(たい)()する。その黄金の目には(おび)えも委縮もなかった。まとっている戦闘服が見習い兵のものであることに誰も気づかないほど威風堂々としていたのだ。 「その姿に鼓舞される者。歯()みする者。さまざまな思惑が渦巻いておったが、目指すところは同じ。集中砲火を浴びせて砦を守りきったんじゃ。幸いにもアレイアの防衛域には厄災級の出現が一体のみで済み、最も被害が少なかった。ただ他の方面は随分と荒れてな、多くの兵を失ったのだ」 「そうなんだ……」 「だからこそ昇進しやすかったというのもある。じゃが、フーゴの実力は団長が認めておるし、若い者はどんな噂が流れていても気にしておらんようだ。尊敬している者のほうが多い。坊主もそうなんじゃろう?」 「はい!」 「うむ、もし話を聞きたいというなら、また来たらいい」 「いいの!?」 「ああ、葉巻を忘れんようにな?」 「もちろん! 百本でも千本でも用意させていただきます!」  マリリスが前のめりで鼻息荒く答えると、老騎士は豪快に笑った。彼の眼差しは優しく、マリリスは(いい人でよかった!)と内心喜びつつ、えへへと微笑んだ。  すると、「そうじゃ」と老騎士が膝を打った。 「おまえさんが見るのにぴったりな技術大会がある」 「技術大会?」 「皆の士気を高めるための祭りのようなものだ。大会は剣技部門と魔法部門に分かれておって、フーゴは剣技部門で審判をする予定なんじゃ」 「フーゴ様が審判!? 見たい見たい!」 「大会は三日後。その時にまた来るといい」 「三日後ね! ありがとう、おじいさん!」  ぱぁと顔を明るくするマリリスに対して、老騎士は「葉巻分の仕事じゃよ」と言いながらもどこか(まぶ)しそうに目を細めた。  そして三日後、マリリスは言われた通り騎士団を訪れていた。大会が行われているという演習場に入ると、音が迫ってくるかのような歓声が鼓膜を揺らす。団内だけで行われる催しなのだろう、即席で設けられた観客席が埋まるほど兵士が集まっており、無礼講といった賑わいだった。 「いっぱいだ。ちゃんと空いてるかな……」  老騎士から渡された整理券。そこには座席番号が書かれていた。マリリスは場の興奮に背中を押されるように早足で席を探す。そして、「ここだ」と立ち止まった。  そこは最前列で審判が立つ斜め後ろの位置だ。ちょうど視界の端に従兵と話をする騎士の姿が映り、あれがフーゴ様だったらいいのに、とマリリスは視線を向けた。直後、目に入った見覚えのある銀髪に、ぶわりと鳥肌が立つ。 「え、ま、待って……ほ、本当にフーゴ様だ……!」  久しぶりに陽の下で見る神々しい姿に感動し、マリリスは体を震わせた。そしてフーゴがまとっているものに狂喜乱舞する。オリーブ色を基調とした、袖や襟の縁に赤い装飾が施された騎士服。そう、この服は式典や格式ばった場所でしかお目に掛かれない代物なのだ。  その立て襟を詰めた端然とした姿を見た瞬間、マリリスはあまりの尊さに眩暈(めまい)を覚えた。 「本当にこんなところで見ていいの?」  極上の席を確保してくれるなど、なんという思慮深さだろう。マリリスは老騎士を心の中で崇めながら、ありがたくその席に腰を落ち着けた。それから、こんな素晴らしい機会を逃してはならない、と目を皿のようにしてフーゴを観察しはじめた。  (とどろ)くよう歓声の中、試合はテンポよく行われ、あっという間に時間が過ぎていく。剣を交えていた上級騎士たちが互いに礼をして試合場から下りると、観衆はもう終わりかと不服を漏らした。どうやら最終試合だったらしい。もちろんマリリスももっとフーゴを見ていたいという思いから、うんうんと相槌(あいづち)を打った。 (年に一度とかなのかも)  そうなると彼らが落胆するのも頷ける。  すると、並行して行われていた隣の試合場から褐色肌に赤茶の髪をした人物がやってきて、なにやらフーゴに耳打ちした。途端に端正な顔が渋く(ゆが)む。首を振って何かを拒んでいるようだが、目を糸のようにして微笑む人物に折れ、断念したようにフーゴが頷いた。 (あ、あの人が団長なんだ)  ギーレン侯爵という名前だけは知っていたが、やっと名前と顔が一致する。マリリスがなるほどと納得していると、なにやら観衆がざわめきはじめ、何事かと周りを見渡した瞬間、喧騒は歓声に変わった。  フーゴが騎士服の襟元を緩め、従兵から剣を受け取ったのち試合場内に踏み入ったのだ。それに複数の上級騎士が続く。 (えっ、戦ってるところが見られるの!?)  マリリスは興奮のあまり祈るように指を組んで前のめりに身を乗り出した。  フーゴが剣を構えると観衆が一瞬で静まり返る。その長躯(ちょうく)から溢れる、肌を刺すような緊張感が波紋のように広がっていた。  そして、 「始まるか?」  と誰かの呟きがマリリスの耳に届いた。  それが合図のように、数名の上級騎士が間合いを取りつつ彼を取り囲む。一対多の手合わせが開始されたのだ。一人、また一人と地を蹴りはじめると、周囲の視線は吸い寄せられるようにフーゴに集中した。  振り下ろされた模擬剣を剣先で弾き、流れるように懐に入る。その勢いのままに柄を相手の胸元に叩き込んで突き飛ばし、すぐさま身を翻して背後に迫っていた一人の太刀を剣身で受け流した。彼の体格からして身軽ではないというのに、まるで計算し尽くされたような正確さで足が踏み込まれ、剣が風を切る。  マリリスは呼吸も忘れ、武神のような男をひたすら白藍色の瞳に焼きつけていた。  最初は余興ではじめたはずが、上級騎士たちのほうが躍起になりはじめ、模擬剣が欠けるほどに打ち込まれる。フーゴに軽々と受け止められ、躱され、その駆け引きに騎士たちも必死に食い下がる。その中で最も粘っていたのは紺色の髪をした騎士だった。 「ザムエル隊長、本気じゃねぇ?」 「次期副団長って(うた)われつつも副団長から一本も取れたことないんだ、本気にもなる」 「アレだろ、平民出身には負けてられないってやつ」 「それもあるが、隊長の場合、色好みの不誠実なやつが出世してるのが許せないんだろ」 「相変わらず正義感が強いこった。いつもはそこそこ仲が良いように見えて、こういうときに反抗心が出るよな」  熱戦に水を差すような噂にマリリスはむくれるが、兵士相手にどうこうできるわけがなく、大人しく紺髪騎士とさしで打ち合いをはじめたフーゴを見つめていた。  騎士団で一般兵から騎士に昇格すると国王から士爵を授かる。もちろん平民出身とはいえフーゴも今は準貴族の爵位を持っているのだが、血筋を重んじる貴族も多く存在するため、難癖をつけられることが常なのだ。賢者ラインも出自の曖昧さから平民出身だと噂されており、時折そのような思考を持つ貴族に目の敵にされることがあった。 (仕方ないとはいえ……一方的に恨まれるのは怖いよね)  そんなことを考えていると、わっと歓声が上がり、マリリスは慌てて意識を試合に戻した。フーゴがかの騎士を場外に吹き飛ばしたようだ。団長から制止の合図はなく、試合は続行。 (思い(ふけ)ってる場合じゃなかった!)  マリリスは試合に集中すると、食い入るようにその成り行きを見守り、時に観衆に混じり声援を送った。  最終的に副団長と紺髪の騎士の戦いは、模擬剣が折れることで決着がつき、フーゴの圧勝で終わりを迎えた。技術大会は皆が興奮する中お開きとなり、観客は三々五々と散っていく。それに流されながらもマリリスは満ち足りた笑顔を浮かべ、激闘の余韻に浸っていた。

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