3 / 14
第3話
昼休みのチャイムが鳴る。
田嶋が机を叩き、「行くこう!」と短く言った。
もうすっかり習慣になった“焼きそばパン・ダッシュ”。
まひろも当然のように立ち上がる。
「なあ田嶋、今日も買えるといいな。」
「本当だよ!あいつら腹減るとマジ怖ぇんだから。」
「……知ってる。」
二人で笑い合いながら階段を駆け下りる。
まひろは息を切らしながら思う。
(どうして、俺まで一緒に走ってるんだろ。)
だけど止まる理由もなかった。
いつも田嶋の後ろにいて、ただ一緒に動くのが自然だった。
──それが、今までは“眼中にすらなかった”だけで。
⸻
購買は今日も混んでいた。
やっと、順番が来たのに、残りニつで焼きそばパンの札が裏返る。
「っ……終わった……!」
田嶋が小さく頭を抱える。
「もう一回焼いてくれねぇかな……」
「無理そう。」
「……だよな。」
二人でため息をつきながら戻る途中、
まひろの頭の中にはもう、昼の教室の空気が浮かんでいた。
⸻
教室に戻ると、黒瀬たちはもういた。
黒瀬は窓際に腰をかけ、
久遠はスマホを見て、一ノ瀬は暇そうにペンを回している。
田嶋が、焼きそばパンを二つだけ差し出す。
「ご、ごめん……今日は二つしか買えなかった……」
黒瀬は視線を上げる。
一ノ瀬が先に笑った。
「また売り切れ? 人気だなー焼きそばパン。」
久遠が静かに言う。
「そんなビビるなよ。危害加えるわけじゃねぇし。腹が減るだけだ。」
その一言にまひろが少しだけ肩の力を抜く。
だが次の瞬間、一ノ瀬の視線がこちらを向いた。
「……あれ?後ろにいたんだ、成瀬。」
「……あ?」と、黒瀬が見てくる。
一ノ瀬がまひろの手元を見て、にやっと笑った。
「じゃあ、これで勘弁してやるか。」
「え……?」
反応する間もなく、弁当箱が一ノ瀬の手にあった。
「お、おい一ノ瀬。」久遠がため息をつく。
「いいじゃん、黒瀬、な?」
「……勝手にしろ。」
黒瀬は窓の外を見たまま。
けれど、その声はどこか曖昧だった。
まひろの喉が詰まる。
田嶋も何も言えずに立ち尽くす。
黒瀬の視線がふと、まひろに向いた。
短く、ただ一度。
目が合った。
その目は、怒ってもいないし、笑ってもいなかった。
ただ、真っすぐだった。
「……行くぞ。」
黒瀬の声に合わせて、三人は屋上へ向かった。
教室を出る間際、一ノ瀬が余計に持ってたパンを投げて渡してくれたが、目の前で起きた事の意味を理解するまでに数分かかり、田嶋といつもの場所へ向かったのだった。
⸻
屋上では風が吹いていた。
昼の光がまぶしく、空が高い。
一ノ瀬が弁当の蓋を開ける。
「おー、やっぱうまそう! なんか安心する匂いするよな。」
久遠が小さく笑う。
「この出汁の香り……落ち着くな。」
「だろ? こういうの、家庭の味ってやつ?」
黒瀬は無言で見ていた。
風がシャツの裾を揺らし、弁当の中の卵焼きが陽に照らされて光る。
一ノ瀬が箸を持って笑う。
「ほら、黒瀬も食えって。この前も食ってたじゃん。」
「……うるせぇ。」
「ほらほら、一口!」
一ノ瀬が箸を差し出す。
黒瀬は舌打ちをひとつして、それを受け取った。
……柔らかい。
味は優しくて、なんの変哲もないのに、なぜか忘れられない。
「どう? な?」一ノ瀬が笑う。
「別に。」
「またそれ! もう素直になれって。」
久遠が笑う。
「口では否定しても、箸止まってねぇぞ。」
黒瀬は一瞬だけ視線を落とし、何も言わずに、弁当の最後のひと口を食べた。
⸻
午後のチャイムが鳴る少し前。
教室の扉が静かに開く。
空の弁当箱が放物線を描いて飛んでくる。
まひろは両手でキャッチした。
おそらく中はきれいに空で、箸まできちんと戻してあった。
無言で見ていると、黒瀬は一瞬だけ、こちらを見て目を逸らした。
その後ろで一ノ瀬が声を上げる。
「うまかったぞー!」
久遠が苦笑する。
「俺の分、少なかったけどな。」
まひろは弁当箱を抱えたまま、なんて返していいのか分からなかった。
怒ってない。
でも、何かが変わった気がした。
――たぶん、もう二度と、
俺は“田嶋の後ろの空気”ではいられない。
⸻
誰かの視界に入る。
それだけのことが、こんなにもざわつくなんて思わなかった。
ともだちにシェアしよう!

