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第8話

お弁当を持ってくるのは、もう当たり前になっていた。 あの日、怖がりながら差し出した弁当がきっかけで、 今では5人で昼を食べるのが日課になっている。 机をくっつけて、一ノ瀬がパンの袋を破り、久遠が牛乳パックを開ける音。 田嶋はお菓子を配って、黒瀬は無言で箸を動かしている。 その真ん中で、まひろはいつものように弁当のフタを開けた。 「お、今日も唐揚げ入ってる!」 一ノ瀬がすぐに箸を伸ばす。 「あ!また!」 「へへ、パンと交換!」 袋ごと押しつけられて、苦笑いする。 「……まあ、いいですけど。パン半分でいいよ。そんなに食べられないから」 「優しいなー成瀬!」 久遠が静かに笑いながら言う。 「すっかり“昼係”だな。」 「それ絶対、からかってるよね。」 笑い声。 ほんの少し、心が温かくなる。 ⸻ 放課後。 成瀬は一人で教室に残っていた。 プリントをまとめていたとき、背後から声がした。 「……調子乗んなよ。」 一瞬で心臓が跳ねる。 「前まで教室の隅にいたくせに。  黒瀬とつるんで、いい気なもんだな。」 声の主を見なくても分かった。 数日前に、購買の列で背中越しに聞いたあの声。 振り向けない。 声が出ない。 「……別に、そういうんじゃない。」 やっと絞り出した言葉は、誰にも届かない。 机が軽く蹴られた音がして、靴音が遠ざかっていった。 ⸻ 次の日。 いつもの昼。 同じ机、同じ笑い声。 一ノ瀬がまひろの弁当を覗き込む。 「なあ、唐揚げ昨日よりデカくね?」 「そう?」 「俺のも作って〜」 「今度ね。」 笑いながら返したけど、手のひらが汗ばんでいた。 (……昨日のこと、言ったら、きっと空気が変わる。) (やだな。せっかく、やっと仲良くなれたのに。) 黒瀬が箸を止めて、ふと顔を上げた。 「お前、寝てねぇだろ。」 「え?」 「目の下、クマできてる。」 「ああ……ちょっと、夜更かしして。」 黒瀬はそれ以上何も言わなかった。 ただ、静かに「ふーん」とだけ呟いて、またパンをかじった。 その沈黙が、なぜか優しかった。 ⸻ 放課後。 カバンを肩にかけて帰る途中、まひろは小さく息を吐いた。 (大丈夫。俺が平気なら、壊れない。) そう言い聞かせながら、田嶋と帰った。

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