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第11話
昼休み。
「黒瀬、さっき斉藤たちと一緒に歩いてたぞ。」
一ノ瀬の言葉が、まひろの背筋を冷たくした。
(やばい……)
胸が痛くなるほど、心臓が速く打っていた。
「ごめん、ちょっと職員室。」
言い終わるより早く教室を出た。
廊下、階段、屋上。
頭の中は“止めなきゃ”の一点だけ。
⸻
屋上に着いた瞬間、扉の向こうから声が聞こえた。
「……お前か。」
黒瀬の低い声。
まひろが息を呑んでドアを開けると、フェンスの前で黒瀬が斉藤の胸ぐらを掴んでいた。
「や、やめろって! ただの冗談だって!」
斉藤の声が震える。
黒瀬の拳が、宙で震えていた。
殴る。
このままだと——本当に。
「黒瀬!」
駆け寄って、その腕を掴んだ。
全力で引き止める。
力が強すぎて、手が痛い。
「やめろって……! お願いだから……!」
黒瀬が歯を食いしばったまま、拳を下ろせずにいる。
「離せ」
「ダメだって 殴ったら。全部終わっちゃう!」
まひろの声が震えた。
その隙に斉藤は、黒瀬の手を振りほどいて逃げていった。
屋上の扉が音を立てて閉まる。
残ったのは、荒い息と、風の音だけだった。
「……なんで止めんだよ。」
黒瀬の声が低く響いた。
「お前、あいつらにやられてたんだろ。」
「……そうだけど…平気だから。」
「平気なわけあるかよ。」
黒瀬の目が、怒りと悲しみで揺れていた。
「いつからだ?」
「黒瀬たちと仲良くなって、しばらくしてから。」
「他に何かされたのか?」
「いや…最初は、調子に乗るな。黒瀬たちといるようになって、いい気になってる。って言われてた。そのうち、あの線を書かれるようになって…」
「なんで隠した。」
「……」
「俺たちはそんなに頼りにならねぇか?」
まひろは首を振る。
涙が滲んで、視界が揺れる。
「違う!
みんなといるのが、楽しかったから。
俺のせいで壊したくなかった。」
「壊したくなかった?」
黒瀬が吐き捨てるように言った。
「お前が傷ついてんのに、俺ら何も知らねぇでバカみてぇーに笑ってたんだぞ。
そんなの、ありえねぇーだろ。ダチなのに…」
「だけど!どうしていいかわからなかった…ただ、俺が我慢すれば、このまま、みんなでいられると思ったから…」
拳がまた震える。
殴る代わりに、壁を強く叩いた。
金属音が響いた。
「ごめん。結局こんな…」
「……お前…俺らと一緒にいない方がいいよ」
黒瀬はそのまま背を向けた。
いつからいたのだろう、一ノ瀬、久遠、田嶋が立っていた。
すべてを聞いていた顔だった。
黒瀬が通り過ぎざまに言う。
「悪ぃ。ちょっと頭冷やす。」
扉が閉まる。
静寂。
一ノ瀬がため息をつき、まひろのそばにしゃがみこんだ。
「……なあ、俺らこう見えて仲間のこと、大事にしてんだぞ。」
久遠が続ける。
「しかも、俺らと一緒にいるせいでお前が傷ついたんだったら、黒瀬がキレるのも当然だ。」
一ノ瀬がまひろの頭をぐしゃぐしゃとかき回す。
「……じゃあな。」
二人が屋上を出ていく。
⸻
残ったのは、田嶋だけ。
何も言わず、ポケットからハンカチを取り出して差し出した。
まひろは受け取って、小さく笑った。
「みんなでいるのが楽しくて言えなかった。」
涙が落ちて、白い布に染みを作った。
「楽しいもんな。あいつらといるの。」
「うん。ごめんな…」
「気にすんなよ。」
それ以上、田嶋は何も言わず、ただ隣に立っていた。
二人の影が夕日の中で長く伸びていった。
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