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第13話 足りない

屋上。 昼の光が眩しい。 風が吹いて、パンの袋がカサリと鳴った。 「黒瀬ー、あんぱんいる?」 一ノ瀬がパンを投げてくる。 黒瀬は片手で受け取って、 「またそれかよ」と呟いた。 久遠が寝転びながら笑う。 「結局、毎日同じもん食ってんじゃねぇか。」 「うるせぇ。」 そう言いながらも、黒瀬の声には少し力がなかった。 一ノ瀬がパンを口にくわえたまま、にやりと笑う。 「なー黒瀬、寝不足だわー」 「……は?」 「いや、“成瀬不足”だわ!」 久遠が吹き出した。 「お前、それ言う?」 「だってそうだろ? 明らかにテンション低いじゃん。」 黒瀬は眉をしかめる。 「殺すぞ。」 「出たー! それそれ!」 久遠も、つられて笑う。 「俺には、どうしてやることもできねぇな。」 「うるせぇ。」黒瀬はパンをちぎって口に放り込んだ。 しばらく、風の音だけが流れた。 「……あいつがさ、」 黒瀬がぽつりと言う。 「俺らのせいで何かあっても、言わねぇなら。  守ってもやれねぇだろ。 一緒にいない方がいいんだよ。」 静寂。 風が吹いて、ビニール袋が転がった。 一ノ瀬がその音の合間に、 ゆっくりと笑いながら言った。 「なに、カッコつけてんだよ。」 黒瀬が顔を上げる。 一ノ瀬はパンを指でつまみながら、 「一緒にいたいなら、いたいって言わねぇと伝わんねぇだろ。  俺らはさ、お前が何も言わなくても、  俺らのこと大好きって分かってっけどな。」 久遠が鼻で笑う。 「一ノ瀬……お前、よくそんな恥ずかしいこと言えるな。」 「だろ?」 「ほんと、バカだなお前ら。」 笑い声が広がる。 でも、黒瀬の笑いだけは少しだけ遅れた。 ⸻ そのあと、屋上を出るとき、黒瀬は一瞬だけ振り返った。 風が吹いて、フェンスが小さく鳴った。 (……やっぱ、足りねぇな。) 胸の奥で呟いた言葉は、風の中に消えていった。

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