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第14話 助けて

昼休み。 空はよく晴れていて、風がやわらかかった。 成瀬と田嶋は、いつものように弁当を持って廊下を歩いていた。 「今日の卵焼き、ちょっと成功したかも。」 「お、期待していいな。」 そんな他愛もない会話。 笑っていた、その時だった。 廊下の曲がり角に、上級生が3人。 その空気が一瞬で変わった。 「よぉ、お前が成瀬だよな。ちょっと来いよ。」 「……なんですか?」 「最近、黒瀬たちとつるんでるらしいな。おとりになってくれよ。あいつらには、やられっぱなしで立場ってもんがねーんだわ」 田嶋の表情が固まる。 「やめてください!」 「うるせぇ!お前も来い!」 腕が掴まれ、田嶋は弾かれるように倒れた。 成瀬は振り返る暇もなく、そのまま引きずられていった。 ⸻ 数十秒の沈黙のあと、田嶋は立ち上がって走り出した。 肺が焼けるように痛い。 足音が廊下に響く。 頭の中で“黒瀬”の名前しか浮かばなかった。 屋上への階段を駆け上がる。 扉を乱暴に開け放つと、風と一緒に声が漏れた。 「黒瀬!!」 黒瀬、一ノ瀬、久遠。 三人が振り向く。 その瞬間、田嶋の喉が震えた。 「成瀬が——上級生に、連れていかれた……!」 黒瀬の表情が一瞬で変わる。 「どこだ。」 「分からない……!」 黒瀬はポケットからスマホを取り出し、 すぐに発信ボタンを押した。 呼び出し音。 数回のあと、繋がった。 だが、聞こえたのは知らない男の声だった。 「おい黒瀬。返してほしかったら、体育館裏に来い。」 黒瀬の眉がわずかに動く。 「お前ら……成瀬に代われ。」 「黒瀬くん!来なくていい!来たら3人とも酷いことされる!」 必死で言う成瀬。 すると、向こうで上級生の声が笑った。 「おい、黙れよ!」 乱暴な音が響く。 黒瀬の息が一瞬止まる。 そのまま、電話越しに静かに言った。 「……成瀬。」 「……」 「言え。」 「え……」 「助けてって言え。 お前が言わなきゃ、届かねぇんだよ。」 静寂。 呼吸の音だけが続く。 「……でも…黒瀬……みんなが…」 「言え」 「…黒瀬…助けて」 その言葉が、全てを貫いた。 黒瀬は短く息を吐き、低く言った。 「分かった。待ってろ。」 電話を切り、立ち上がる。 「行くぞ。」 一ノ瀬が肩を回す。 「ようやく、出番か。」 久遠が無言で頷く。 三人が走り出す。 屋上の扉が閉まる音が、風にかき消された。 ⸻ 体育館裏。 成瀬は壁際で押さえつけられていた。 誰かが笑い、靴音が近づく。 「あいつら来るかな」 ニヤニヤしながら言う上級生。 「………」 返事の代わりに、鉄の扉が爆ぜた。 黒瀬が立っていた。 息を荒げ、目は真っ直ぐ前を射抜いていた。 「……来るに決まってんだろ。」 拳が一閃。 音が途切れ、風だけが吹き抜けた。 成瀬の腕を掴んで引き寄せる。 その手の熱に、成瀬の身体が小さく震えた。 「……ちゃんと、言えたな。」 「……うん。」 「よく頑張った。」 一ノ瀬と久遠が背後の連中を黙らせ、 田嶋が息を切らせて駆け寄る。 「田嶋、ありがとう」 田嶋は目に涙を溜めて首を左右に振った。 ⸻ 昼休みの終わりを告げるチャイムが、遠くで鳴った。 「助けて、って言えてよかったな。」 一ノ瀬が笑いながら言う。 「お礼は卵焼きで勘弁してやる」 久遠も「そうだな、それがいい」 みんなで、笑いながら同じ空間に入れることが、こんなに心地いいなんて。もう絶対に、手放したくないと思った。

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