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第17話 おやすみの温度

夜。 黒瀬の部屋には、昼間の笑い声の余韻がまだ残っていた。 散らかったプリンの容器、空になったペットボトル。 窓の外では、夏の終わりの風がゆっくり吹いている。 ベッドに横になりながら、黒瀬はぼんやりと天井を見つめていた。 傷はまだ少し痛む。 でも――その痛みの奥に、妙に心地のいい“温度”が残っていた。 昼間、成瀬の指が頬に触れた感触。 タオル越しに伝わった体温。 自分でも気づかないうちに、そこに意識が引っかかっている。 (……あいつ、顔、近かったよな。) 不意に思い出して、息を止めた。 胸が少しだけ跳ねる。 「……バカか、俺。」 ひとりごとのように呟いて、目を閉じた。 けど、眠れない。 カーテンの隙間から入る街灯の光が、部屋を淡く照らす。 静けさが逆にうるさい。 結局、枕元のスマホに手を伸ばした。 画面には“成瀬”の名前。 数秒、見つめたあと、指がためらいながらメッセージ画面を開いた。 打ちかけては消す。 「おやすみ。」の五文字が、何度も浮かんでは消える。 (……なんだよ、ただの“おやすみ”だろ。) そう思って、やっと送信ボタンを押した。 “既読”は、すぐについた。 ⸻ その頃。 成瀬はベッドに座っていた。 部屋の電気は消して、スマホの光だけが顔を照らす。 「黒瀬」からの“おやすみ”を見つめて、ほんの少しだけ笑った。 (あの人、絶対無理してるくせに……) 指が動く。 打ち込んだ文字は、短くて、まっすぐだった。 「おやすみ、黒瀬。」 送信。 すぐに“既読”がつく。 成瀬はスマホを胸の上に置き、 静かに目を閉じた。 今日までの痛みも、怖さも、全部がやっと溶けていくような気がした。 ⸻ 黒瀬のスマホが、ベッドの上で光った。 画面には「おやすみ、黒瀬。」 短い文字なのに、胸の奥にじんわりと広がる温度。 「……あーあ。」 思わず笑って、天井を見上げた。 もう一度だけスマホを見て、小さく呟く。 「おやすみ、成瀬。」 その言葉が、部屋の静けさに溶けて消えた。 夜風がカーテンを揺らす。 ふたりの距離はまだ遠い。 でも――その夜、確かに心だけは、同じ温度で眠っていた。

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