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第18話 知らないふたりの朝

翌朝。 校門の前で、黒瀬は立ち止まって伸びをした。 まだ身体のあちこちが痛いし重い。 けれど、どこか軽かった。 スマホの通知欄に残る、昨夜の“おやすみ、黒瀬。” その五文字が、まだ胸の奥に小さく灯っている。 (……変な夢でも見た気分だ。) そう思って校舎に入った瞬間。 「おーい、黒瀬っ!」 一ノ瀬の大声が飛ぶ。 振り返ると、いつもの四人がいた。 一ノ瀬、久遠、田嶋、そして——成瀬。 いつも通り、のはずだった。 けど。 (……目、合わせづれぇ。) 成瀬も同じように視線を泳がせていた。 微妙な空気を、一ノ瀬がすぐ嗅ぎ取る。 「お? なんだお前ら、妙な空気流れてね?」 「えっ!? そ、そんなことない!」 成瀬が反射的に声を上げる。 黒瀬が顔を背けて「うるせぇ」と小さく言った。 久遠が溜め息をつく。 「……お前、ほんと観察眼だけは鋭いよな。」 「な、なにそれ!?」 一ノ瀬が肩をすくめて笑う。 「まぁ、いいや。黒瀬、もう平気そうじゃん。  じゃあ今日、屋上な?」 黒瀬は無言で頷いた。 成瀬の方を見る。 その目が一瞬だけ合う。 「……ああ。」 「うん。」 ほんのそれだけのやり取りなのに、田嶋が小声で 「……なんか雰囲気違う」と呟いた。 一ノ瀬と久遠は顔を見合わせて、にやり、と笑う。 ⸻ 昼休み。 屋上の風は涼しくなっていた。 一ノ瀬がパンをかじりながら言う。 「おい、黒瀬。ちゃんと寝たか?」 「寝た。」 「へぇ〜、夢に成瀬出てきた?」 「殴られたいのか?」 「冗談だって!!」 久遠と田嶋が笑う。 成瀬は顔を真っ赤にして、弁当箱を見つめたまま小さく言った。 「……出てきてない。」 黒瀬の手が止まる。 「……俺も、出てきてねぇ。」 一瞬の静寂のあと、一ノ瀬が「なにその会話」と吹き出した。 ⸻ 放課後。 昇降口の光の中で、成瀬が靴を履き替えていた。 黒瀬が隣に来て、ポケットに手を入れたまま言う。 「……送ってく。」 「え?」 「いいから。」 「え、俺が送るよ。黒瀬怪我してるし、包帯とか変えたいでしょ?」 二人で外に出る。 校門を出た途端、風がふわりと吹いた。 沈黙の中、成瀬がスマホを取り出して言う。 「昨日の“おやすみ”、ありがと。」 黒瀬が目を逸らして言う。 「別に。ただ言っとかねぇと、寝れねぇ気がしただけ。」 「ふふ……」 成瀬が笑う。 その笑い声が風に混ざる。 (——ああ、やっぱり。) 黒瀬の胸の奥で、何かが確かに“動き出していた”。 ⸻ 二人の影が並んで長く伸びる。 まだ誰にも言葉にできない気持ちが、そっとその間に落ちていた。

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