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第19話 帰り道の距離

夕方。 包帯を替え、片付けも終わった頃。 窓の外はすっかりオレンジ色に染まっていた。 「そろそろ帰るね。」 成瀬が鞄を持ち上げる。 黒瀬は、ほんの少しだけ間を置いて立ち上がった。 「……送ってく。」 「え、いいよ!」 「歩ける。」 「でも、無理しなくていいよ?」 「うるせぇ。行くっつってんだろ。」 成瀬は呆れたように笑って、 「じゃあ、お願い」と小さく言った。 ⸻ 外に出ると、 風が気持ちよかった。 沈みかけの太陽が、街を柔らかく染めている。 並んで歩く。 ほんの数センチの距離なのに、やけに近く感じた。 黒瀬は無言でポケットに手を突っ込み、ちらりと横目で成瀬を見る。 その横顔が、光に照らされて少し眩しかった。 (……近い。なんでこんな近ぇんだよ。) 沈黙が続くのが気まずくて、黒瀬がぽつりと口を開く。 「今日の飯、悪くなかった。」 「え? あ、うん、ありがと。」 「……お前、料理得意なの?」 「得意ってほどじゃないけど、好きかな。」 「ふーん。」 それだけ。 でも、成瀬の声の響きが、耳に残って離れない。 歩道の影が二人分、長く伸びて重なっていく。 ⸻ 信号の前で立ち止まったとき、成瀬が小さく息をついた。 「黒瀬、怪我してからずっと思ってたんだけど……」 「ん?」 「無茶しないでよ。」 「誰に言ってんだ。」 「ほんとに。俺、ああいうの、もう見たくない。」 成瀬はまっすぐな目をしていた。 黒瀬は何も言えなくて、視線を逸らして髪をかいた。 「……気をつける。」 「うん。」 信号が青に変わる。 二人で歩き出す。 ほんの一歩分の距離が、さっきより近い。 ⸻ 家の前に着いた。 成瀬が立ち止まり、 「ありがと。送ってくれて。」と笑う。 黒瀬は短く頷いて、そのまま背を向けようとして、 ふと振り返った。 「……また、明日も来るよな?」 「え?」 「包帯とか、まだ自分でうまく巻けねぇし。」 「……うん。」 成瀬の顔が少し赤くなる。 黒瀬は目を逸らして言った。 「転ばねぇように、気をつけろ。」 「黒瀬こそ。」 小さな笑いがこぼれる。 そのまま、成瀬が玄関の扉を開ける音だけが静かに響いた。 ⸻ 帰り道。 黒瀬はポケットの中で拳を握ったまま、ぽつりと呟いた。 「……バカ、あんな顔すんなよ。」 それでも、口元はかすかに笑っていた。 風が頬を撫でて、あの時の体温を思い出させた。

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