19 / 20
第19話 帰り道の距離
夕方。
包帯を替え、片付けも終わった頃。
窓の外はすっかりオレンジ色に染まっていた。
「そろそろ帰るね。」
成瀬が鞄を持ち上げる。
黒瀬は、ほんの少しだけ間を置いて立ち上がった。
「……送ってく。」
「え、いいよ!」
「歩ける。」
「でも、無理しなくていいよ?」
「うるせぇ。行くっつってんだろ。」
成瀬は呆れたように笑って、
「じゃあ、お願い」と小さく言った。
⸻
外に出ると、
風が気持ちよかった。
沈みかけの太陽が、街を柔らかく染めている。
並んで歩く。
ほんの数センチの距離なのに、やけに近く感じた。
黒瀬は無言でポケットに手を突っ込み、ちらりと横目で成瀬を見る。
その横顔が、光に照らされて少し眩しかった。
(……近い。なんでこんな近ぇんだよ。)
沈黙が続くのが気まずくて、黒瀬がぽつりと口を開く。
「今日の飯、悪くなかった。」
「え? あ、うん、ありがと。」
「……お前、料理得意なの?」
「得意ってほどじゃないけど、好きかな。」
「ふーん。」
それだけ。
でも、成瀬の声の響きが、耳に残って離れない。
歩道の影が二人分、長く伸びて重なっていく。
⸻
信号の前で立ち止まったとき、成瀬が小さく息をついた。
「黒瀬、怪我してからずっと思ってたんだけど……」
「ん?」
「無茶しないでよ。」
「誰に言ってんだ。」
「ほんとに。俺、ああいうの、もう見たくない。」
成瀬はまっすぐな目をしていた。
黒瀬は何も言えなくて、視線を逸らして髪をかいた。
「……気をつける。」
「うん。」
信号が青に変わる。
二人で歩き出す。
ほんの一歩分の距離が、さっきより近い。
⸻
家の前に着いた。
成瀬が立ち止まり、
「ありがと。送ってくれて。」と笑う。
黒瀬は短く頷いて、そのまま背を向けようとして、
ふと振り返った。
「……また、明日も来るよな?」
「え?」
「包帯とか、まだ自分でうまく巻けねぇし。」
「……うん。」
成瀬の顔が少し赤くなる。
黒瀬は目を逸らして言った。
「転ばねぇように、気をつけろ。」
「黒瀬こそ。」
小さな笑いがこぼれる。
そのまま、成瀬が玄関の扉を開ける音だけが静かに響いた。
⸻
帰り道。
黒瀬はポケットの中で拳を握ったまま、ぽつりと呟いた。
「……バカ、あんな顔すんなよ。」
それでも、口元はかすかに笑っていた。
風が頬を撫でて、あの時の体温を思い出させた。
ともだちにシェアしよう!

