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第2話
「白菜と、ネギと…何鍋にしようか」
「寒いですから、なんでも美味しいでしょうね」
「そうだね。なんかオススメの具材とかないかな」
「そうですね…水餃子とか、よく入れますけど」
「え、何それ、めっちゃ美味そう」
休日の人が多いスーパーで、晶と宮本は肩を並べ商品を見やる
何気にこんな風に一緒に買い物するのは初めてで、どこかぎこちなさを感じながらも、互いにリラックスした状態だった
しばらく具材を考えていると、宮本はぽつりとこぼす
「2人きりにして、大丈夫だったかな…」
「どうでしょう…兄さんは嫌そうにはしてなさそうでしたけど」
「本当に?よくわかるね」
「まあ、ずっと一緒にいますから」
2人、と言うと、この場にいない奏斗と美風のことだが、彼らは買い物には付き合わず家で留守番をするとのことで、2人を置いてきたのだ
宮本が心配しているのは、いきなり会った見ず知らずの美風の存在が、奏斗のストレスにならないか心配なのだろう
たしかに晶もそこは心配だし、美風も気にしてくれていた
「大丈夫?僕よかったら宮本さんの部屋で待ってるよ。邪魔にならない?」
美風が心配そうに言った言葉に、意外にも奏斗は首を振ったのだ
宮本も晶もそうした方がいいのではと感じたが、奏斗なりにコミュニケーションを取ろうとしているのだろう
本人の意思を尊重して、2人を留守番させたというわけだ
「ミカさんって、どんな人なんですか?」
「見たまんまさ。我儘で子供っぽい。彼にはいつも振り回されてたよ」
「自由な人なんですね」
「…そうだね。そこが、彼の良いところなんだろうね」
失礼とも取れる晶の言葉を、宮本は苦笑いで頷いた
その横顔は愛おしそうに綻んでいて、今まさに、ミカのことを思い出しているんだろうと見てとれた
「あんなに泣いてるところ、初めて見ました」
「う、恥ずかしい。本当に久しぶりだったから、感極まって」
「好きなんですね。ミカさんのこと」
「好きだよ、すごく。でも向こうは興味ないみたいでさ、昔はよく鬱陶しがられてた」
そう言った宮本の嬉しそうな顔が、少しだけ曇る
寂しそうに下がった眉を見て、晶は慌てて宮本の意識を食材に移した
「あ、白菜、安いですよ」
「ほんとだ、これにしようか」
「早く選んで帰りましょうか」
「そうだね。2人が心配だ」
うまく気が逸れた宮本は、食材を素早くかごに入れていく
宮本の言う通り、初対面なのに2人きりにするのは、些か不安であったので、晶も宮本と一緒に足早にスーパー内を歩く
何も問題がなければいいが…
晶と宮本は少々の不安を感じながらも、鍋に入れる食材を探すのだった
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チクタクと、時計の音だけが部屋の中に響く
美風はそんな静かな部屋で居た堪れず、もじもじと足を揺らした
目の前に座る奏斗は微動だにせず、もう冷め切ったマグカップをカリカリとイジっていた
やっぱり、自分が宮本と行った方がよかっただろうか
買い出しに行く前、当たり前のように宮本とともに身支度を整えていると、晶がすかさず
「長旅でお疲れでしょうから、俺が行きますよ」
もちろん断ろうとした美風に、突然奏斗が横から声を出した
「…別にいい。2人で、待ってる」
いや、いやいや、この状況でそんなわけないだろう
その時はNOとは言えず引き受けてしまったが、いかんせんそんな雰囲気ではない
黙り込む奏斗を前にして話して良いのか、ていうか、自分がここにいていいのかわからなくなった美風は、おずおずと彼に聞いてみた
「あのさ、よかったら僕、2人が帰って来るまで響さんの家で待ってようか?鍵もらったし、なんだか気使っちゃうかなぁて」
「…おかしたべる…?」
「えお菓子?あー、うん、食べよう…かな?」
もし奏斗が頷いたら潔くこの部屋から出て行こうと思ったが、奏斗から出てきた言葉は予想外のものだった
なんの脈絡もない返しに困惑しながらも、小腹が空いていたのを思い出してつい頷いてしまった
奏斗はそんな美風の返事を聞くと、立ち上がってキッチンへ向かう
どうやら菓子は高い棚にあるようで、側にあった台に乗ると、奏斗は背伸びをして、棚に手を伸ばした
「手伝おうか?」
「だい、じょうぶ」
少し無理して取った菓子は様々で、甘いものやしょっぱいものも、たくさんあった
奏斗に菓子が詰まったカゴを差し出された美風は、その中から無難なクッキーを選んだ
「ん、美味しい。ありがと」
「…飲み物は…?」
クッキーを頬張る美風を見て、奏斗は次にコップを指差し言った
確かに中身は残りわずかとなったが、それほど喉が渇いているわけでもない
だが美風が断りを言う前に、すでに奏斗は冷蔵庫の中から紙パックのジュースを取り出して、押し付けるように渡された
「だいじょ、あ…」
「あげる」
「あ、ありがと」
困惑しながらも、美風はそれを受け取ると、奏斗は少しホッとしたような顔をしていた
その一連を見て美風は気づく
もしかして、僕が出て行こうとしたから…?
先ほどの奏斗の様子を思い出す
宮本から聞いてた話では、人を寄せ付けない性格と聞いていたのに、先ほどから出て行こうとすると、まるで止めるように。
もしかしたら本当に、美風と打ち解けたいと思っているのだろうか
もしそうならば、もちろん美風も嬉しい
だって美風自身も、彼と話したいことはたくさんあるのだから
「…すごく前に、宮本さんにおすすめしてくれた本あったよね。あれ、読んだよ」
「どうだった…?」
紙パックのジュースにストローを刺しながら、美風はそんなふうに話題を振った
座り直した奏斗は、ちょうどその話に興味があったのか、少し控えめながらも話を聞こうとしてくれる
そんな健気な様子を見ては、美風も我慢できなくなったように、いつもの調子で話し始めた
「うーん、なんと言うか、奏斗くんの言う通り僕には難しかったよ」
「あれ、ラノベ読んでる人、向いてない」
「そうかも。なーんか主人公が気に入らなくて。言動と行動が理にかなってなくてさ」
美風の正直な感想に、奏斗もお菓子を摘みながら苦笑いを浮かべた
ここに来てから奏斗の顔は人形のように固まっていたが、話題を振ってからかなり柔らかくなったように思える
奏斗も菓子を咀嚼し飲み込むと、たどたどしくもゆっくりと話し出す
「俺も、そう思った…主人公は結局、ヒロインをどうしたいのか、わからなかった」
「そう!それなんだよ。助けようとしないのが余計に腹が立って…どうして彼はあんな事をしたんだろう?」
「もう一度、読んでみて。主人公の、気持ちを意識して」
「どういう意味?」
美風は奏斗の言葉に首を傾げると、奏斗は今度は気恥ずかしそうに、伏せ目がちに続けた
「あの本は、一冊で一つの物語じゃなくて、短編の物語を、一章ごとに繋げてる」
「そうなの?…だから、あんな意味不明だったのか」
「全体的には、繋がらなくもない。でも、章ごとに主人公の、性格が変わる。名前や、待ち合わせた記憶は一緒でも、まるで別人みたいに」
「確かにそう言われるとしっくりくる。なんだか気になってきた。帰ったらまた読んでみるよ」
奏斗の説明に美風は興味津々で、何度も相槌ながら話を聞いた
その様子に奏斗も調子を取り戻したようで、少し遠慮がちに口角を上げる
無口だと思っていたが、初対面の美風に遠慮がちになっていただけらしい
今や2人は、最初の雰囲気に比べて、ずっと和やかになっていた
「詳しいね。解説とかネットにもないでしょ?どうやってわかったの?」
「何度も読み返した…それくらいしか、することないし…」
奏斗はまた俯きがちになる
それを見て美風もまた、何も言えず固まってしまった
「…あんたの手紙を読んでる時、すごく自由な気分だった。どこでも行けて、いろんなことして。俺はもう、何をするにも、億劫になっちゃったから…あんたの手紙を読んで、俺も旅した気持ちになる」
鬱を発症してから部屋に籠っていて、外に出る機会も少ない
たしかにそれだとやることもなく退屈だろう
美風は何か慰めの言葉を言ってあげるべきなのに、それらの言葉は奏斗にとって、ただの同情にしかならない
それではダメなのだ。
でも上手く言葉がまとまらなくて、美風もモゴモゴと言葉を詰まらせながら言うしかなかった
「そんな、大それたもんじゃないよ…生きる意味を探すのに、必死なだけさ。」
言った後に美風は後悔した
いやいや、僕のどうでもいい身の上話はしなくていい
せっかく2人きりなのに、こんな暗い話、勿体無いだろう
思い出したようにハッとした美風は、何やら荷物を漁り始めた
「そういえばね、奏斗くんにお土産があるよ。英語は読める?」
「それなりに。でも、得意じゃない」
「じゃあちょうどいい。僕が気に入ってる本なんだけど、日本語訳のメモもあるから、よかったら使ってね」
「…え」
ドスンッと、大きな風が生まれるほど山積みにされた本が机に置かれる
こんなもの、いったいどこに仕舞っていたのだろうか
あまりの量に困惑しながらも、奏斗は一冊手に取り眺める
外国の本らしい、オシャレな表紙をめくると、びっしりと詰まった英語が現れる
高校で習った英語力で、ギリギリ読めるか読めないかだが、挟まっていたメモを見れば、なんとか理解できるだろう
「あとこれ、はい」
「…なにこれ」
「クマの置き物。クマが好きって響さんから聞いたけど」
「かわいくない」
そんなこと、宮本に言ったことあっただろうか
それよりも渡された手のひらほどのクマの置き物が、絶妙に不細工な顔をしていたのだ
顔が歪んでると言うか、目が離れていると言うか、とにかく不細工だ
夜中に見たら飛び上がりそうなくらい、見れば見るほど、不細工を超えて不気味にすら思える
奏斗は一度受け取りはしたが、そのクマに触れているのが恐ろしくなり、机に置き直した
「特徴的な方がいいでしょ?はい、これ飾っていつでも僕を思い出してね」
「いい、いらない、本だけでいい」
「またまたぁ、遠慮しないでよ〜」
「曰く付き、呪われる」
「ちょちょ、そんなに言う?いやほら見て、可愛いじゃん。マヌケそうで」
そう言って美風はもう一度クマの置き物を、奏斗の手に握らせようとしてくる
奏斗はそんな美風に対抗しようと、立ち上がり距離を取る
だが美風も諦める気はないようで、逃げ回る奏斗を追って、部屋中のあちこちを歩き回った
リビング、寝室、風呂場、トイレ、どこに行っても美風は遠慮なくズカズカと入ってきて、クマを突き出してくる
最初こそ遠慮がちにしていた奏斗だったが、ニヤニヤと嫌な表情を浮かべて追いかけてくる美風に、奏斗はついには走って逃げ始めた
もはや鬼ごっこと化したその行為の中で、美風はクマを手に握り奏斗を追いかけ、奏斗も嫌だ嫌だと言う割にはその顔は楽しそうに笑っていた
「観念して受け取れ!僕の気持ちだ!」
「やだっ、いやだあ」
ついに追い詰められた奏斗は、ソファに押し倒されるように寝転がる
美風は隙を逃すまいと、奏斗の上によじ登り動きを封じると、無理矢理奏斗の手にクマをねじ込んだ
「はい触った〜。最後に触った人が責任持って貰うべきですぅ〜」
「マジでいらない。返す」
「返すとかなしでぇす。僕バリアぁ」
奏斗の手にクマが渡った瞬間、立場が一気に逆転する
子供のような調子で逃げ出す美風を、今度は奏斗が追いかけた
あちこちまた同じところを追いかけ回して、クマを押し付け合う
そんなくだらないじゃれ合いがしばらく続いたが、やはり2人は笑っていた
小学生のころからずっと友達がいなかった奏斗にとって、こんなくだらない遊びをする相手もいなかったが、子供の頃はやはり羨ましく思っていた
それが大人になって、それも初対面の相手とすることになるとは思ってもいなかった
まるで幼少期に戻ったように、無邪気に笑えるのは、本当に久しぶりだった
美風には他人の心を絆す不思議な力でもあるのか、奏斗は今までの暗い印象がまるで嘘のように美風と走り回る
きっと晶や宮本が見たら驚いて、目から鱗を出してしまうだろう
それくらい人が変わったように、本人も無意識のうちに笑っていたのだ
「追い詰めた」
「ねぇずるいっ!ちゃんと10秒数えて」
「意味ないよ」
「じゃあタンマ!ねぇタンマー!」
ついに玄関先まで美風を追い詰めた奏斗は、逃げないよう両壁に手をついて道を完全に塞ぐ
その手にはしっかりと不細工なクマが握られていた
美風は子供じみた仕草で、タンマやバリアなどと叫んでいたが、奏斗は構わず美風の手にクマを渡そうとした
が、あと少し、と言うところで突然、玄関の扉が開いた
「ぇ…っ」
「うわっ!?」
完全に扉に寄りかかっていた2人は、いきなりのことに対応できず、そのまま外へ体が傾いた
「兄さん!?」「美風!!」
倒れる
そう思ったが外側から伸ばされた2人の手によって、美風と奏斗は受け止められた
頭上から2人の声が同時に聞こえて、そちらを見やる
驚いた表情の晶と宮本が、買い物袋を持って立っていた
まさか扉を開けた先に人がいるなどと思いもしなかったのだろう
同様に、今帰ってくると思わなかった美風と奏斗も、目を見開いて固まった
「何してるの?こんなところで」
晶と宮本は、2人を立ち直させると、不思議そうに聞いてくる
美風は楽しそうに顔を綻ばせて一度口を開くが、少し考えて言わんとしていたあれこれを全て呑み込んだ
代わりに美風はイタズラな表情を浮かべると、人差し指を唇に当てて短く言った
「なーいしょっ」
それだけ言い残すと、美風は奏斗の手を取って再び部屋の中に駆け出した
訳がわからないまま、その場に取り残された2人はポカンとしたまま立ち尽くしていた
「…見ました?今の…」
「…うん」
「兄が、笑ってました」
「うん、笑ってた」
「あんな楽しそうな顔、数年ぶりです…」
「俺は初めて見たよ…」
扉が開いたあの一瞬
すぐに羞恥の表情に変わってしまったが、確かに奏斗が笑っていたのを、2人は見逃さなかった
そして、美風に手を握られ戻る時も、どこか口角が柔らかく、顔が綻んで見えた
あんな顔は優也と話していた時以来、宮本は優也と一緒にいるところを見たことがないので、事実初めてとなる
基本表情が固く、人形のように動かなかった奏斗の顔が、ついに違う表情を見せたのだ
あまりに驚愕な出来事に、嬉しさからか驚きからか、しばらく2人は立ち尽くしていたが、中から美風の笑い声を聞いて慌てて中に入った
晶も宮本も、もっと奏斗の笑った様子が見たいと、その時ばかりは必死になっていたのだった
「できました」
「やったー!鍋だー」
野菜やらなんやらたっぷり入った鍋を、晶が電熱コンロに置くと、よほど楽しみだったのか美風は両手を上げて喜んだ
美風に連れられ、くつろいでいた奏斗や宮本もみんなで席に座る
先ほどは、晶の隣に奏斗。宮本の隣に美風と言った順に座っていたが、すでに美風の隣には奏斗が座っていた
買い出しに行っている間に、随分と仲が縮まったようだ
あまりにスムーズに座ろうとしていた居場所を取られて、宮本は仕方なく晶の隣に座る
それは晶も同じで、当たり前のように思っていた奏斗の隣が空いていないため、嬉しいような、悔しいような複雑な気持ちだった
準備万端の美風は、鍋が湯立つのを今か今かと待っている
その様子を真似るように奏斗も鍋の中をじっと見つめていた
今まで食にあまり関心を持たなかった奏斗が、これほどまでに食欲があるのは珍しかった
「ね、もう食べていい?もう、待ちきれない」
「うん、いいですよ。どうぞ召し上がれ」
美風は晶の言葉を聞いて、待ってましたと言わんばかりに自分の取り皿に取り分ける
自分の盛り付けが終わると、次に奏斗の分も取り分けた
「お皿ちょうだい」
「ん」
「何食べたい?」
「…ぎょうざ」
「え?餃子?」
「底に沈んでますね。ちょっと掻き分けて見て下さい」
「うそ、ほんとだ!何これめっちゃ美味しそう。僕も食べる!」
水餃子が入った鍋は初めてなのか、美風は興奮気味に奏斗の分と、自分の皿に水餃子を取り分ける
それが終わると、今度は手前にいた晶と宮本の分も手際よくよそってくれた
「じゃ、いただきまーす」
美風は元気よく手を合わせると、ふーっ、ふーっと吹いて冷ました後、勢いよく食べ始めた
そんな美風を隣に、奏斗もパクパクと食べ始める
今までに比べて特に食べるペースが早い
そこに気づいた晶と宮本は、嬉しく思うが、そんなこと知らない美風は、奏斗の皿が空いたらまたすぐよそってしまい、焦った奏斗を見てつい吹き出してしまった
「締めは米かうどんか」
「僕うどん派!うどんがいいっ!」
よほど腹が減っていたのか、宮本の言葉に強く反応する美風
その時には少し多めに入れたはずの鍋はものの数十分で空になっていた
美風がたくさん食べたのもあるが、奏斗が思いの外よく食べた
いつも暗い顔で面倒くさそうに咀嚼する彼は、今日だけは純粋に食事を楽しんでいるようだった
とは言え締めに行く時にはすでに腹がいっぱいだったのか、うどんは一口二口で終わってしまったが、その分美風がよく食べたおかげで、汁まで綺麗さっぱり食べ切ることができた
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