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23 真心(3)
自分よりも一回りたくましい犀星の体は、温かく力強い。それでいて信じられないほどに柔らかく、滑らかだった。肌の間に優しい熱が生まれ、互いの境界線がゆっくりと溶けてゆく。
玲陽はそっと手を動かした。甘く指を絡め、二人を重ねて一緒に握り込む。慣れていない犀星の体が、遅れてそれを追う。
「陽……」
低い息が、困惑を含んで玲陽を呼んだ。
「なんだか……おかしい」
戸惑いながら、犀星の腰がゆっくりと動く。
「ふ……あ……」
波打つように、揺れ始める。呼吸とともに、大きく、ゆっくりと動いていく。
「いい。そのままで……」
犀星に合わせ、玲陽もまた優しく撫でる。指で、自分自身で、犀星に触れて。感じ、慰めるように。
唇は常に犀星の顔のあたりに優しく遊び、もう一方の手でそっと立てられた膝に触れる。膝から太股を丁寧に撫でると、肌の下の筋肉の震えまでが伝わって来る。
体をよじり、緩やかに浮き沈みしながら、犀星の全身が慣れていない感覚に飲み込まれていく。玲陽がもたらす、甘美な刺激。ゆっくりと、確実に、犀星を昂らせていく。
心の苦渋は胸に残る。孤独の残渣と、身に負った罪。救えなかった命への懺悔。
だが、すべてが玲陽と共にある。恐れることはない。
心の重なりが、体へとつながる。お互いに触れ合う腰が、強く、優しく、相手を求めて一定の動きで揺れ始める。
それに身を任せる犀星の呼吸に、かすかに音が混じり始める。緩んだ喉から、意図せぬ声が甘やかな喘ぎとなって、暗い室内に響く。
「あっ……」
玲陽が思わず犀星の肩にしがみついた。ぐっと堪える声が、犀星の耳元に落ちる。息が絡む。触れ合うものが脈動し、互いの熱が敏感になった一点に集まる。
切羽詰まった玲陽は、犀星の二の腕を強く握った。二人を絡め取っている手は、その動きを早め、力を強める。
「ふっ……はっ……あ……」
犀星は、呼吸を整えようと精一杯だ。
だが、そうしようとすればするほど、制御できない。声が喉から溢れ出る。玲陽の動きが変わる。犀星の下腹部がそれを受けて、今までと違った感覚を全身に伝えてくる。
「あ……陽……っ」
切ない声が、玲陽をまた一段高みへと押し上げる。犀星が玲陽を押し上げ、玲陽が犀星を引き上げる。その繰り返しで、二人は確実に一つに溶けあい、同じ場所へ、共に行く。
優しさと、渇きと、悦びと。
すべて混じり合い、その感情に締め付けられ、二人はしっかりと結ばれていた。
無意識に、犀星の脚が、玲陽の腰に絡んだ。擦れ合う感覚が、次第にその強さを増し、短く呼吸が切れ、断続的に漏れる。もう声を止めることもできずに、互いに相手の動きに合わせ、昇り詰める。
ひときわ強く、玲陽が腰を押し付けた。犀星の喉から大きな呻きが上がる。構わず、玲陽は動きを極めた。
自分からこんなことをするのは初めてだった。それでも止まらなかった。直接触れる犀星の体が、どこまでも玲陽を大胆にさせる。
「陽っ……」
乱れた呼吸の間で、犀星は呼びかけた。
「……いい。ついていけるから」
犀星は腕を回し、玲陽の頭を抱えた。
玲陽は指を滑らせ、犀星の先端を執拗なほどに優しく撫でた。犀星の体が何度も跳ねて、甘い声が喉を突く。それは犀星自身を高ぶらせると同時に、玲陽に最後の一片の配慮を捨てさせた。
頭の中に白い靄がかかって、思考がすべてしびれたように遠のいていく。一気に押し寄せてくる感覚に、玲陽は喘ぎ、さらに大きく動いた。
月の明かりの中、二人の体にじんわりと汗がにじむ。まるで全身が光っているように、白く浮かび上がる。
「はっ……星っ……」
高い声を上げて、玲陽が背中をのけぞらせた。遅れて、犀星の全身が痙攣する。こらえようとしたが、声は抑えられなかった。
長く震え、やがて互いに脱力して、ぐったりと四肢を絡めた。
二人の間で弾けた二人分の熱が、全身の呼吸で伸縮する犀星の脇腹へ、一筋、流れて落ちていく。
呼吸をゆっくりと合わせ、余韻の中で、どちらからともなく、くすくすと笑い声を漏らした。体をずらして、玲陽は犀星の横に寝転んだ。押し潰していた重みを失い、犀星の胸が空気を楽に迎え入れる。
「大丈夫……ですか」
玲陽が、今さらのように言った。
「何が?」
犀星は少し体を捻って、玲陽のほうに顔を向ける。月に照らされた体の流線が、玲陽の目に飛び込んでくる。
こんなに美しい人を自分が抱いていたのかと思うと、すぐにまた全身の血が熱くなってしまう。
「怖く、なかったですか」
「少し。こんなこと、初めてだから」
犀星の言い方は、あまりにも真っ直ぐで、玲陽は思わず声を立てて笑った。
「初めて、ですか」
「そうだ。不器用だな、俺は」
玲陽は嬉しそうに笑って、
「私も、初めてです」
優しく言う。
傷つけることしか、傷つけられることしか知らない玲陽の、初めての夜。
暗がりでも、声だけで、二人には相手の表情が想像できた。
「星、可愛かったです」
どう返答していいかわからず、犀星は思わず黙り込む。それから、ふいに、悪戯っぽく、
「凛と、どっちが可愛い?」
「あなたに決まってます」
「凛が聞いたら悲しむな」
「意地悪」
玲陽の声はとろけるように甘い。
「こういう時は、目の前の相手のことだけ考えてください」
「おまえは?」
「私は、とっくにあなたしか見ていない」
小さな嫉妬だったのだろうか。
犀星は、どこかに感じていた胸のつかえが、すっと消えていった。
自分はいつも玲陽のことばかりだ。
見返りを求めるわけではないが、やはり同じように思ってもらえることが嬉しかった。
犀星は玲陽と向き合い、顔の前に手を置いた。黙って、玲陽が指を絡める。優しく握りあう。犀星はその繋ぎに唇を寄せた。
見えずとも、互いに見つめ合う。
「子どもの頃、よく、こうしていた」
犀星は、余韻の残る声で言った。
「気づけば手を繋いで、眠っていたっけ」
「最初、あなたから来たんですよ」
玲陽は懐かしそうに、
「歌仙には珍しい寒い夜。足が冷えて眠れない、と言って、夜中にいきなり、私の牀に潜り込んで来て」
「そうだったか?」
「そうです。十二歳の冬」
「よく覚えているな」
玲陽は少し体を縮めた。
「だって……」
「うん?」
「……いえ、いいです」
玲陽は首を振った。自分に抱きつくようにして眠る犀星に感じ入って、玲陽はあの夜、精通を迎えた。驚いて、泣きながら犀遠の部屋に駆け込んだことを思い出す。犀星は何も知らず、朝まで玲陽の牀で眠っていたのだ。
「こうしていると、昔のことを思い出すな」
「余計なことまで、掘り起こさないでください」
「陽との思い出に、余計なものなんてない」
「……ずるいです、あなた」
「そうか?」
「そうです。いつだって」
玲陽はつないだ指の力を強弱させ、犀星の反応を楽しむ。
「いつだって、あなたは私を試すみたいにからかって」
「そんなこと、した覚えがない」
犀星は首をすくめた。
「俺はそんなに器用じゃない」
「無自覚にやるから、たちが悪いんです」
玲陽は少し、体を寄せた。
「私が、あなたのことを、名前で呼ぶようになった時のこと、覚えていますか?」
「ああ。それなら。俺の十三の誕生日だ。祝いに何が欲しいか、と聞かれて……」
「自分のことを、名で呼べ、とあなたは言った」
「それの、どこが悪い?」
「断れないじゃないですか」
玲陽は手を握りしめて、
「まるで、一生を誓わされた気分でしたよ」
「それは良かった」
「どこが?」
「ちゃんと、真意が通じてた」
「……星っ!」
玲陽の指が犀星の手に食い込む。負けじと、犀星も握り返した。
「痛いです」
「痛くしている」
犀星は玲陽の背中に反対の腕を添え、顔を引き寄せた。
「……近いです」
「わざと」
「……照れるので……」
「今さらか?」
「それは……」
犀星の息を感じて、玲陽は体をこわばらせた。
「陽、一つ、約束が欲しい」
「何です、唐突に……」
犀星は、繋いだ玲陽の手に口付けた。
「約束、してくれるか?」
「……内容によります」
「それなら、言わない」
「何ですか、その理屈は」
「断わられたくない」
「子どもじゃないんですから……」
犀星は玲陽の機嫌をとるように、何度も、唇で指に触れ、甘く噛む。
「なぁ、約束、して」
「ですから、中身を聞いて判断を……」
「陽……」
「……です……から……」
「うん」
無防備な仕草と吐息に、玲陽の理性が崩れる。
「……わかりました。約束します。だから、言ってください」
「うん」
ああ、だめだ。
玲陽は観念した。
自分にだけ向けられる犀星の甘えは、どうにも逆らいがたい。狂おしく心を乱し、すべてを投げ打ってでも手を伸ばしてしまう。それが、犀星の無自覚な手管だと知っていても、抗うことはできなかった。
「約束、な」
犀星は囁いた。
「俺が、命を終える時、そばにいて欲しい」
「……え?」
思いもしないことだった。何を言われたのか、とっさに、理解できない。
「そばにいて、口付けて」
「…………」
「俺の魂がどこかへ消えてしまう前に、陽が奪って」
「…………」
「そうしたら、ずっと一緒にいられるだろう?」
絡めた手が震えていた。
「……私が、先にいなくなるかも……」
「その時は、そばにいる。だから、俺を、連れて行け」
ぞくり、として、玲陽は唇を噛んだ。犀星が静かに囁く。
「傀儡喰らいは、呪われた力なのかもしれない。けれど、それは同時に、俺たちを結びつけてくれると思う」
そんなふうに、考えたこともなかった。
玲陽は犀星に体を傾けた。
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