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Ⅰ 後宮-2

「今年の春赤月は、ネバル国王女との婚礼から始まります」  夜空には、真っ赤な丸い月が浮かんでいた。  多くの人間がこの時期に妊娠し、出産する。世の中のほとんどが、赤月の生まれだ。今ちまたでは、婚礼の宴と、赤ん坊の誕生の声があふれている。  かつて人間のほとんどが獣人だった頃は、赤月に発情したという。今でも獣人族はそうなのかもしれないが、純血種の人間であるジグルトは別段赤月によって性欲が促されることはない。 「結局、ネバル国王の孫娘は何歳だったんだ? 死んだ長男の遺児一人しかいないから嫁入りさせられないと散々突っぱねたが」  宰相・ダリオンの質問が飛んでくる。余計なことを言ってくるんじゃねえとジグルトは内心唾を吐いた。 「……十六ですな」 「十歳未満ってのは嘘か」 「国王の孫娘ではありませんでした」 「ジーグールート」  皇帝の宮の一角にある執務室は、書記官や大臣らが出たり入ったりするにぎやかな場所である。実務的な皇帝らしく、壁は報告書が隙間なく並べられた棚が置かれ、絵画一つ置いていない。絵画どころか余計な調度品など一切なかった。  そろそろ、皇帝が後宮へ渡る準備を始める時間帯である。人の気配も次第に消えていき、今は侍従以外、皇帝・宰相・ジグルトの三人しかいなかった。  婚礼について告げても、皇帝は自身の二十一番目となる妻に対して何も興味を示さなかった。  婚礼が始まる前に服装を整えたいと考えている侍従の気持ちを知ってか知らずか、いつまでも報告書に視線を落としたまま動こうとしない。  (ろう)(そく)の灯が黄金の髪をつややかに輝かせる。緩やかな線を描いた金髪はまとめずに後方へ流している。  この二十九歳の若き皇帝は、竜王より『皇帝(シェヴァ)』の称号を許された際、『暁の皇帝(アウル・シェヴァ)』と呼ばれた。  太陽の昇る東の国の王だからではあるまい。  レスキアはアリオスの前も、その前の国王も皇帝となっている。  おそらくはその見事な黄金の髪が、滅多に人と接することのない竜王の目を引いたのだろうと噂された。竜王から別称を与えられた皇帝は少ない。皇帝アリオスの治世はそれだけで盤石となった。  いつもはきっちりと襟元を締め、首を極力見せないようにしているが、今は鎖骨あたりまで襟をはだけている。  レスキアだけでなく、どの国の王族貴族も肌を見せることを(いと)う。夏場であろうと襟を緩めることはないため、皇帝が今こうして衣装を崩しているということは、よほど気心が知れている相手という証拠だろう。ジグルトは寄せられる信頼を感じ、あたたかいものが心に滲むのを感じた。 「聞いているのか、ジグルト?」  三人だけになると、宰相・ダリオンの態度が砕けるのがジグルトは嫌で仕方なかった。皇帝が皇太子でもなかった、一介の皇子時代をどうしても思い出す。あの時、ダリオンは第一書記官、ジグルトはダリオンの個人的な召し使いでしかなかった。 「孫でなくとも構わないから王女を出せと命じられたのは宰相でしたが」 「妃腹の王女は国王にはいないが」 「やめろ、二人とも」  皇帝が首を振り、面倒そうな声が放り投げられた。 「妾腹だろうが妃腹だろうが、なんだっていい」  本当に興味がないのだろう。皇帝の退屈そうな目が、黄金の髪で隠れる。 「ネバルがバルミラに惑わされなければそれでいいのだ。あの国の求心力となっているのは、老いた国王だ。どんな腹の娘でも、国王の娘を後宮に迎え入れれば、余の声をネバル国王に届けやすくなろう。それにあの国では、母権が王位継承にかなり影響すると聞く」 「は。だからこそ、たった一人の孫娘は貴重なのですな」  宰相の言葉に、皇帝は前髪をかきあげながら乾いた笑いを飛ばした。 「ネバルの王女が身ごもれば、レスキアが王位継承に口出しできる」  それゆえにネバル側は王女の出し惜しみをしてきたのだ。  後宮の本当の外交とは、ここにある。従属国の血を引く子どもを掲げ、皇帝は堂々と各国の王位継承にもの申すことができる。  目の前で交わされる皇帝と宰相の外交話に、次第にジグルトは不安を覚えた。  安易な考えで、王女が王子であると告げずに皇帝を閨へ通す算段をしたが、本当にこれで良かったのか。  子を身ごもる身体ならば、男であろうが何だろうが構うまいとネバルは王子をよこした。  だが、相手の思惑に、これは簡単に乗っていいものだったのだろうか。  本当に、惹香嚢は、子を孕むのか? 「どうした、ジグルト。もう定刻ではないか」  皇帝の方から促され、ジグルトは夢から覚めたように顔を上げた。  ジグルトの様子に、常日頃滅多に感情を表に出さない皇帝がふと、笑みをこぼした。 「何だ。お前のそんな顔は珍しいな」  ジグルトは、もうすぐ三十歳を迎える皇帝の男盛りの姿を、思わずまじまじと見つめた。  すぐに我に返り、不躾な視線を向けたことを謝罪するように、深く頭を下げる。  頭を下げながら、ジグルトは思った。  これから自分が行おうとしていることは、レスキアに何をもたらすのだろう?       ◆・◆・◆  セナが性欲に目覚めたのは十三歳ごろだった。だがその前に、惹香が匂いを完全に発する前から、セナは父王より、分泌抑制薬を服用するように命じられた。  王族、しかも王子の身で誰かに陵辱でもされたらと、十二歳のころから赤月になると一カ月間牢に閉じ込められてきた。  赤月に入る前、流月が終わる頃から赤月の発情期七日間を含め十日ほど分泌抑制薬を服用するように言われてきたが、薬のおかげか、苦しむほどの発情を知らない。  相手を惑わすと言われているだけで、自分側は何もないのではないかと思っていたくらいである。  レスキア皇帝との初夜は、セナの様子を見て発情が始まったことを確認し、発情初日を初夜日とすることになった。そしてセナは、後宮入りした翌日から、分泌抑制薬の使用を禁じられた。 「陛下は、同性に興味をもたれたことはありません。あなた様が他の男性と違うのは、惹香を放たれる希有なお身体のみ。なぜご懐妊なさる確率があがる春赤月にお輿(こし)入れされたのか、お考えください。惹香の力を、薬で抑制する意味はありません」  後宮侍従長の言葉にセナは従うしかなかった。  赤月が夜空に浮いても、身体に変化はなかった。  赤い月が最も大きくなり発情を促すのは、およそ十六・七日間ある赤月期間でも初日か二日目と言われている。  セナの身体に変化が生じたのは、赤月が次第に大きく、その赤を鮮やかに発してきた春赤月三日目の夜からだった。  体温が上昇し、肌に細かく汗が噴き出した。そして何よりも、身体から放たれる芳香が、衣服を通り抜けて外にあふれ出し、部屋を満たすほどになったのである。 「こ、これが、惹香ですか」  発情したという報告を受けた後宮侍従長ハーモンは、赤月四日目の朝、緋宮を訪れた。寝椅子で身体を丸めうつ伏せるセナに感嘆したように告げる。 「なんと、芳しい香りか。世に出回る流行の香水の類など、とても及ばぬ。ああ、両性であっても、この香りのなかにずっといたいと思ってしまいます。男性や女性は、どれほど魅惑されることか」  セナは、そんな侍従長に返答できなかった。股間が次第にずくずくと(うず)いてくる。(きつ)(りつ)した股間など(さら)したくないがゆえに、ハーモンに顔すら向けず、寝椅子にうずくまっていた。体内の惹香嚢が熱を持ち、別の生き物のように活動を開始するのを、セナは困惑と嫌悪を抱きながら感じていた。  ハーモンは、そんな様子のセナに構わず言った。 「本日を、ご婚礼初夜といたしましょう。惹香が放たれるのは、確か七日と聞いております。婚礼は三日間だけですが、その間に政情が変わるかもしれませんしな。ご安心を、王子。このえもいわれぬ香りならば、陛下のご寵愛を賜れますとも」  侍従長は、体裁の整わない婚礼であっても、何とか無事行うことができそうだという安心感から、(じょう)(ぜつ)になっていた。 「初夜の立会人はもう指名している。お前は、房事の間は部屋の外で待機するがいい」  腹が熱くて気持ち悪い、と訴えるセナの背中をさすり続けるフオルに、ハーモンはそう告げた。寝椅子に横になるセナの傍らに(ひざまず)きながら、フオルが黙って頷く。 「して、王子の精はどうなっておられる」  すぐそばにセナが寝ているというのに、ハーモンはフオルに顔を近づけて訊いた。  高貴な者に直接訊くことはできないためフオルに詰問したのだろうが、フオルは言葉を失っていた。同様にセナも熱が冷める心地がした。 「発情なさり、精を抜かれてしまってはならぬ。精が放たれれば、お身体がお疲れになり、ひいては初夜に陛下を満足させられなくなってしまわれる」  だから一人にはするな、しっかり見張っていろと言いたいのだろう。この時まだセナは、人前で処理するなど死んでも行うかと内心吐き捨てた。  ハーモンが去り、皇帝を迎え入れるために侍従らが次々と訪れ部屋を飾り立て始めた時はまだ我慢できた。食欲などなかったため昼食に続いて夕食も拒否したが、外が薄闇に覆われ赤月が夜空に浮かんだ頃から、限界が見えてきた。  男根だけでなく、太ももまでが引きつって痛くてたまらない。抜きたい、楽になりたいという考えだけで頭はいっぱいになり、余計な思考が入ってくる余地はなくなっていった。  もう、わずかに身体を動かすだけで達しそうである。立ち上がろうとするだけで足が震え、身体が傾いた。それでも、この場で精を放つまねはしたくない。手洗い場で抜こうとしたセナは寝椅子からやっとの思いで立ち上がった。フオルは慌てて止める。 「い、一度だけだ」 「なりません」 「夜までまだ時間がある!」 「両性の私には、発情の苦しみはわかりませんが、耐えてください」 「わからんなら、口を出すな!」  精を放ちたい欲望に、セナの理性は砕けた。 「お前ら両性になど! 何もわからんくせに! こんな、こんな、体内に惹香嚢など飼うばかりに、淫売な獣となる屈辱が、お前にわかるものか! 淫らな身体と、蔑んでいるのだろう!」  フオルは冷めた目のままだった。 「蔑んでなどおりません。私には性欲がありませんので、そもそも理解できません。淫らともなんとも思いません。ただ」  王族の方とは、なんと哀れなのかと思いました。  その言葉は、理性の飛んだセナの頭に、静かに染み渡った。  その時、ハーモンが身体の改めに、初夜の立会人とともに入ってきた。  ハーモンはセナの状態を見て、すぐに立会人とフオルに、セナの身体を風呂場で磨くように命じた。自分でできるとセナは叫んだが、許されなかった。精を抜かれると困るからだろう。  発情する獣が手を縛り上げられ、身体を無理やり洗われるような有様に、セナは羞恥と屈辱で発狂しそうになった。だがそれを越える欲情の凄まじさに、()みしめた歯から呻き声が漏れる。  淡々と、黙々と、作業をこなすフオルの小さな身体が目に入る。  蔑んでなどいない。淫らとも思わない。  哀れだと、思うだけだ。  脳内に染み込んだ言葉を、(はん)(すう)する。  同情に縋ることで、保たれるものがあるのを、セナは知った。  身体を清められたセナは、両手の自由を奪われ、寝台の上に寝かされた。  逃げ出さないようにするためか、精を抜き続ける恐れがあるからかはわからない。  身体中の血という血が、沸騰しているようだった。  汗が噴き出て、自然、息が荒くなる。屹立した股間は限界だった。下腹と内ももが突っ張り、力が入らない。  皇帝を迎え入れる初夜、後宮侍従長の検分を受け、薄衣一つ(まと)うだけの格好にさせられたが、そんなものは、何の役にも立たなくなっている。  疼く身体に、股間から精液が自然と溢れ出て、薄衣はもう汚れている。セナは寝台の上で身をよじらせながら、天幕の後ろに控える侍従に叫んだ。 「手の縄を解け!!」  立会人の侍従は、天幕の後ろで身動き一つしない。声もなく、影の姿しか見せない。  初夜に性交が成されたかどうか確認するためにここに居る者である。それ以外の行為は、何も許されていない。セナが叫んだところで、何もしないのは当然だった。 「フオル」  セナは、母国から連れてきた唯一の侍従を呼んだ。 「フオル、頼む、抑制薬を、抑制薬を持ってきてくれ!」  天蓋つきの寝台は、セナがどれほど暴れても、びくともしなかった。寝台の周囲を覆う、白い薄衣の向こう側に立つ侍従は一人。部屋には、助けを求められる人間は居ない。フオルは寝室の向こうで、皇帝の訪れを待っている。  わずかに残った理性が、何という有様かと叫ぶ。  全てを覆い尽くす欲望が、誰でもいいから、股間に触れて、精を解き放ってくれと頼む。  もう、誰でも良い。  この苦痛から解放されるのであれば、誰でも良かった。淫売と罵られようが、売女と唾を吐かれようが、これを鎮めてくれるのであれば、誰が身体にのしかかってこようが、構わない。 「……何だ……この匂いは……?」  ……男。  いや、違う。  雄の声だ。 「侍従! 何をしている!? 一体これは、何の香を焚きしめている!」  雄だ。雄だ。雄だ。雄だ。  身体の中の惹香嚢が、疼き、(もだ)え、騒ぎ立てるのをセナは感じた。  ああ、来る。来る。  ようやく、この身体を貪る雄がやってきた。  侍従の返答はなかった。匂いに導かれた雄が、震える手で天蓋の布を払うのを、セナは見た。  現れた雄が、手で鼻を覆いながら、血走った目で、寝台の上に縛られている自分を見つめてくる。  黄金の髪を無造作に流した美丈夫は、荒い呼吸をしながら、傍目にもわかるほどにぶるぶると身体を震わせていた。水色の瞳が真っ赤に染まり、呼吸するのが困難になったかと思われるほど、肩が、胸が、激しく上下する。 「……惹香か!!」  男は吐き捨てるように叫んだかと思うと、呻き声を上げながら、黄金の髪を()きむしった。  そして、セナは見た。  男の黄金の髪が伸び、その髪の間から、わずかに耳が現れた。  男の腕の筋肉が盛り上がり、体毛が金色に輝き始める。指先から鋭い爪が生える。顔の中心が伸び、歯茎から牙が浮き出る。  顔の周りを、黄金のたてがみが覆う。  ……(きん)()()獣人族。  (うな)り声を出し、己を(にら)み据えてくる金獅子の獣人の姿を、最後に残った理性で、セナは捉えた。       ◆・◆・◆  赤月に入った後宮をざっと見回ったジグルトは、緋宮へと向かった。  ちょうど、後宮侍従長のハーモンが、召し使いを伴って詰め所に戻ってくるところだった。 「陛下は無事、ネバルの方がお待ちになる緋宮へ入られました」  ジグルトは頷いた。あとはどうなろうと、立会人に任せるだけである。 「じゃあ、あとは俺が待機する」 「書記官殿自ら?」 「惹香嚢体の男性ということを最後まで報告しなかった。無事婚礼が済んでも、叱責を受けるかもしれんからな」 「私も最初は案じましたが、大丈夫だと思いますよ」  ハーモンはにこやかに答えた。 「私もこの歳まで惹香の香りを知りませんでしたが、あれはもう、人を虜にいたします。発情しない私でさえ、魅入られそうになったのです。女性であれ男性であれ、あの香に惑わされない者はおりますまい」 「そんなにすごいのか」 「調香師が、どんな香木を発見したとて、惹香の匂いだけは再現できないと言うわけです。本当に、ネバルの王子を後宮にお通ししなくて良かった。春赤月で気が(たかぶ)られている妃様方を、(たぶら)かしてしまったかもしれませんよ」  ハーモンの言葉に、ジグルトはいささか鼻白んだ。 「異能種獣人族ならともかく、純血種の人間がそこまで影響を受けるはずあるまい」 「獣人は惹香の匂いに逆らえぬと申しますからな」  狂ったように発情する、ということはジグルトも知っている。 「我が国では貴族や高官に獣人族は完全にいなくなったが、ネバル国のような勇猛さで武功を誇示するような国では、まだ獣人が厚遇されているのだろう?」 「異能種は辺境民族に多いですからな。しかしネバルでも、獣人は将軍にまではなれないと思いますよ。貴族でも、完全に獣人化する異能種がいるのかどうか……」  かつて世界は、異能種獣人族が数の上で勝っていた。  人間よりもはるかに身体能力が高く、獣人化すると、力も能力も、倍になると言われている。  絶えず部族間や領土争いで戦ってきた時代、戦闘能力の高さで獣人族は優遇されてきたが、国家が落ち着き、剣よりも知性が求められるようになると、次第にその地位は低くなっていった。  しかも、人間との交配では、生まれてくる子の数は圧倒的に人間の方が多かった。ゆえに獣人族は、同族間での交配を勧めてきたが、ある一つの問題に気がついた。  同族間交配を繰り返すうちに、短命になっていったのである。 「獣人族は、獣人化する際に活力を消耗するせいか、人間より短命と言われているではありませんか」  ハーモンの言葉に、ジグルトは首を傾げた。 「そうなのか?」 「惹香嚢を持つ身体は、獣人を発情させる他に、彼らに精力活力を与え、生命力を補うと言われているのです。つまり、命をつなぎ止める。獣人なら誰しも、惹香嚢持ちを欲しますよ」  獣人族のことになど興味のないジグルトは、ハーモンの言葉を片耳で聞いていたが、気になる単語に視線を泳がせた。  精力活力を、与える? 「純血種の陛下に、惹香嚢の力が、どれだけ働くのかはわかりませんが……」       ◆・◆・◆  黄金のたてがみを揺らしながら、金獅子は狂ったように、股間に顔を埋めてきた。  長く熱い舌が、男根を一舐めしただけで、()まりに溜まったセナの精は、解放された。 「あっ……あぁっ、あっ……ああ……」  わずかな刺激でも、喜んで陰茎は震え、腹に白濁した液をまき散らした。金獅子の獣人は、それがまるで餌であるかのように、舌で舐め回してくる。  精を放ったばかりだというのに、その刺激を受け、股間はむくりと頭を起こす。それに反応した獣人は、またも陰茎を長い舌でざりざりと舐め上げる。止まらぬ快感に、セナは完全に理性を飛ばしながら、腰を突き上げた。 「ああ、もっと、もっと、ああ、そこ、もっと……もっと舐めて」  獣人の熱い息が下半身を覆う。  ああ、だがまだ足りない。両手首を頭の上で縛られた格好で、セナは足を高々と上げた。金獅子のたてがみが足にまとわりつく。  欲望に染まった意識の中で、セナはあることに気づいていた。  (こう)(がん)の下、後孔から、惹香嚢から分泌される愛液があふれ出ている。  この匂いの原因も、全てそれだ。動物を惑わせる匂いが、液が、精液と混じり合ったそれが、足の間を濡らしている。  ここを舐め回して。貪って。  体内の惹香嚢が、熱く(たぎ)りながら、そう訴えているようだった。  金獅子は、唸りながらその箇所に顔を埋めた。睾丸から会陰まで長い舌が絡み、てろてろとあふれる愛液を(すく)い取り、すすり上げる。  長い舌はやがて、分泌する後孔に埋まってきた。舌が孔の中を貪る刺激に、たまらずセナは激しく腰を振った。 「あっ、あぁんっ! ああっ!」  ああ、もっと。もっとだ。  惹香嚢が叫ぶ。  ここまで。ここまで入ってきて。  奥まで、辿り着いて。  頭がしびれるほどの快感が続いているというのに、もっと激しい刺激を、強烈な快楽を脳が欲している。身体の中心に直接届く刺激が欲しい。舌では足りない、という気持ちが膨れ上がる。  それを見越したように、金獅子は舌での愛撫を止めた。セナは、上半身を起こした金獅子の姿を捉えた。  いつの間にか、獣人は上半身を覆う衣装を脱ぎ捨てていた。おそらく破けたのだろう。  全ての獣人がそうであるように、首から下は人間の身体である。ただ、筋肉は獣人化すると異様に発達し、人間の姿の時よりも倍以上の筋力になる。首も肩も、続く胸や腕も包んでいた衣服に収まらなかったのだろう。  獣人は変化することを予測して通常よりもゆとりのある服に身を包む。極力肌を隠す王族貴族は、上着はゆったりとしているがその下に着るものは全て体に合ったものにする。首元の立ち襟などは真っ先に破けただろう。  破れた上着が、金獅子の腰まわりにまとわりついている。上着は羽織るだけで、固い帯で結んでいる。この帯は高貴な人間ほど刺繍や織が細かい。金獅子の獣人化にも負けぬほど固かったのだろう。その下の足を覆う薄い布地は破れ、隆々とした太ももを覗かせていた。  金獅子は、下半身にまとわりつく布地をうっとおしそうに払った。手は人間のままだが倍は大きくなっており、指先は獣の爪と化している。その鋭い鉤爪は、固い帯もなんなく引き裂いた。  獅子の顔を覆う黄金のたてがみはふさふさとして見事なほどだが、体毛は胸から下にかけて少しずつ少なくなっていた。獣人化した際の体毛には人それぞれ差がある。  この金獅子は、獣人の血が薄いのかもしれない。  そんなことを考えたセナは、全裸になった金獅子の身体の中心に釘付けになった。  金獅子の男根が、目の前にそそり立っている。あり得ぬほど太くて大きいそれを、セナは(よだれ)を垂らしながら見つめた。  ああ、それだ。それを、求めていた。  後孔は、初めて異物を迎え入れるというのに、全く恐れずに自らを解放する。  入ってきた雄を抱きしめるように、惹香嚢に続く道へ導く。  身体が(くい)で貫かれ、半分に裂かれるようだった。なのに、脳天まで突き抜けるのは、快感だけだった。雄の男根が体内に収まった時、セナは激しく身を震わせて射精した。 「あっ、あああ、はぁっ、は、ぁあ、あ……」  獣人が指先で、胸まで飛び散ったセナの精液を掬い取る。一滴でも惜しいというように、指についたそれを舐める。  弛緩した身体でそれを眺めていたセナは、いきなり始まった律動に、思わず叫んだ。 「あ、ああうっ!」  獣人は容赦なく腰を打ちつけてくる。突かれ、そのたびにせり上がってくるのは、またも快感だった。激しい動きを受け止める惹香嚢が歓喜の声を上げているようだった。  男根を滑らかに動かす愛液がこれ以上ないほど溢れ、ぐちゅっ、くちゅっ、と()(わい)な音が響く。 「あふっ、んぅっ、ふうう、あう、いぃ、あっ、いいっ」  何も考えずとも、身体は勝手に欲望を乗せ、快楽の果てに向かっていた。足を摑まれ、揺らされ、セナは躊躇なく、絶頂へと飛んだ。 「っ、あぁんんっ、いいぃっ、いくうう、うううっ」  ただの射精以上の、脳天まで(しび)れるような快感は、びくびくと身体を(けい)(れん)させた。最後の瞬間までこの信じられぬ快感を逃すまいと後孔がきつく締まる。 「うっ……ううっ……っ」  金獅子のたてがみが揺れる。肩が、腕が、盛り上がった筋肉に走る血管が、びくびくと震える。セナは、己の中に放たれた獣人の精液を、最後の快感とともに受け止めた。  セナも同じだったが、獣人も、まるで性交というよりも剣を交わらせた後のように、肩を上下させていた。  荒々しく息を吐き、吸い、呼吸を整える金獅子のたてがみが、次第に少なくなっていく。  (たくま)しく盛り上がった異常なほどの筋肉は、鍛え上げた人間のそれに収まり、牙を剥いていた口は小さくなり、獅子の顔は、人間の顔になった。  レスキア皇帝の、顔となった。  レスキア皇帝は、荒い呼吸のまま、ゆっくりと顔を上げた。  セナは、己を睨み据えてくる皇帝の、激しく燃える水色の瞳を、静かに見つめた。  見事な金髪の中から、獅子の耳がまだ収まらずに残っていた。間違いない。  この男は、レスキア皇帝は、異能種獣人族だ。  だが、セナの理性はそこまでだった。  金獅子はまだ、セナの中から出ていかなかった。興奮が収まらない陰茎がびくびくと中で震えている。その刺激にセナは無意識に腰を動かした。 「あぁ……あ……はぁ……あっ……」  陰茎の大きさが次第に人間のそれへと変わり、ゆっくりと中から出ていこうとする。排出する感覚にセナは震えた。与えられる刺激全てが快楽につながる。 「……惹香嚢か」  皇帝の呟きが降ってきたかと思うと、いきなりずん、と身体を突かれた。再び硬さを取り戻した陰茎が、激しさを増して突き上げてくる。 「あっ、あぁっ、あっ! あんっ、あう、あぁんっ」  腰を抱え上げられ、律動とともに足が人形のようにぶらぶらと動く。  休む間も与えぬほどの皇帝の動きに、セナは早くも訪れた絶頂とともに精液を己の胸にまでまき散らした。それでも皇帝は動きを止めなかった。セナの両足首を肩に乗せ、激しく腰を打ち付ける。  セナはもう、全身で快感を求めるのを止められなかった。精を放ったばかりだというのに、またしても急激な快感が背筋を這う。あっという間に脳を痺れさせ、絶頂をつかもうとする。どれほど達すれば、この快楽は果てるのか。 「ああ、いくっ、いく、いくううっっっ!」  皇帝も達したのが、下腹部に広がる熱さからわかった。びく、びくと生き物のように震え、奥で広がる刺激にセナは身体を震わせた。  今度はずるり、とすぐに皇帝は身体の中から出ていった。それに伴って惹香嚢が受け止めきれなかった皇帝の精液が排出される。  身をよじりながらその刺激を受け止めたセナの足を、皇帝はまたしても抱えた。陰茎が後孔を軽く突いて刺激する。  ぬるり、と難なく亀頭が後孔に収まる。入り込んだだけで達しそうになる。  もっと、もっと奥へ。  セナは腰を動かし、皇帝を奥へと導こうとした。  その時セナの耳に届いたのは、皇帝の、熱に浮かされたうわごとのような言葉だった。 「これが……惹香嚢持ちの身体か。精が全く収まらぬ。どうしたら、収まるのだ」  再び皇帝の身体は筋肉が盛り上がり、爪の生えた手は、天蓋に縛り付けられているセナの手首の縄を、簡単に引きちぎった。  身体を起こされたセナは、皇帝の男根をくわえ込んだまま、膝の上に人形のように抱え上げられた。 「ひっ、んあぁっ、んっんっ!」  再び奥まで満たしてきたものに、身体が自然と喜び始める。淫靡な匂いが天蓋の上にまでむせかえり、内壁を擦り上げる卑猥な音は、二つの身体の間からこぼれ落ちた。 「お前……答えろ。どうやったら、これは、収まるんだ。どうしたら、止めることができるんだ……」  金獅子の掠れる声が、舌で(なぶ)られる耳に響く。  セナに、答えられるわけがなかった。  ただひたすら、金獅子のたてがみを握りしめながら、絶えない快感に、身を委ねていた。

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